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【三】水上―湧きでる害虫たち⑤

「新人の日野くん、両親を亡くして高校生の妹を養ってるなんて偉いですね」  女性フロント社員の佐伯はオナニー野郎が去って至極ご機嫌で、可愛い日野くんの情報を与えてくれた。旦那がキャバレーの黒服なので、佐伯はあえて夜の仕事に就いている。 「ああ……」  履歴書には扶養家族は一名と記載されていたが、理由を聞くのを忘れていた。社長室に飛び込んでスマホをタップする。  プルルルル。 「もしもし、テツ。速効で日野青羽を調べてくれ!」 「……手が離せないので、部下に調べさせます。従業員ですか?」 「バイトだ。よろしく頼む」  プッ。  履歴書の写真を送り、やっと椅子に座った。たかがバイトに、ここまで固執する自分はおかしい。  おかしさに乗じて日野君を舐めてみよう。自転車置き場で捕まえたペット候補は、しょっぱくて、甘くて純情だった。キスに不慣れで、足が疲労とショックでよろめいていたな。よし、明日はもう少し進めてみよう。  彼を監視カメラで眺めるのは、とても楽しかった。廊下やダストルームをちょこまかと動いて、流れる汗がTシャツの色を濃くしていた。二十時からは社長室に籠もりきりで日野君を観察していた。  大学生の高木君がリーダーのメイクチームは、他のチームより平均して五分も一部屋の清掃時間が短い。要するに、仕事が手早い有能なチームなのだ。転職が成功して辞めてしまったWワーカーの穴を埋める形で入ってきた日野君は真面目な青年だった。休憩を挟んだ後半戦は疲労で身体も重く、精神的にも辛いと感じる人間が多い。昼間学業やフルタイムの勤労をこなし、さらにここへ来ての肉体的労働。精液や血、たまに糞尿を始末することに心が折れてしまうのだ。新人の彼は、いつまで此処にいてくれるだろう。  モニターには、備品倉庫のカーテンから廊下へ出て来た日野君が映り、突然細い身体が飛び上がった。まるでキュウリに驚いた猫の動画そっくりだ。ああ、二メートル先に客を発見して驚いたのか。身を隠そうと回れ右……しかけて振り返り、何かを拾ってる?  そして片手を振り上げて……振り向いた客が手を差し出していた。ズームしたら、客は『龍青会(りゅうせいかい)』の幹部と女、そして護衛達だった。  一行は頭を下げた日野君に手を振ってエレベーターに乗り込んでいく。  やばい。椅子から立ち上がり、フロントまで走った。  ガチャリ。  チンチンチンチン!  フロントベルを連打かよ。このヤクザめ! 「いらっしゃいませ」 「おう、社長はいるかい?」  対応しているフロントを横目に、ドアを開けて彼らの前に立った。 「こんばんは、茂山さん。いつもご利用ありがとうございます」  俺より若いはずなのに、やたら迫力があるのは渋すぎる顔立ちのせいだ。後ろに立つ女性は組の経営するクラブの蝶だろう。遠目でも美女だとわかる。いつもは横の自動精算機で済ませるくせに、文句をいいにきたのか。 「日野君はいい子だなあ。ああいう人間は雇っておくと損はしない」 「は……?」 「もし彼が辞めるなら、うちを紹介してくれよ」 「彼が気に入ったんですか」  まさかこの人、バイなのか? 「これ、拾ってくれたんだぜ。ふつうは自分の懐にしまうよなあ」  指先に挟んだ万札をヒラヒラさせて感慨深げに喋るヤクザ。あんたにも人情があったのか。 「じゃあまたな」 「ありがとうございました」  絶対に、絶対に、絶対に、あんたに日野君はやるもんか。俺が囲ってやる。  歯ぎしりをして客室の利用状況をパソコンで確認していると、電話が鳴った。  プルルルル。 「やあ、テツ。待ってたよ」 「水上社長こんばんは。パソコンへ調査結果を送りました」 「待ってくれ」  有能な部下は一日で調べ上げたようだ。彼の指示通り、メールに添付されたデータを開いた。 「データを開いたぞ」 「日野青羽には扶養義務のある妹はいません」 「なんだって?」  我知らず声を張り上げた。 「……社長、落ち着いてください。パソコン画面の写真は、彼が同居している女子高生、下田奈々です。そして隣の写真は下田朝子。二年前に亡くなった奈々の母親です。下田親子は、日野青羽と血縁関係にありません」  それじゃ何故、娘は一緒に暮らしている? 「女子高生は日野君の女か?」  パソコンに映し出された写真は、やや目尻のつり上がった女と、その加齢版が並んでいる。世の男性なら組み敷いて鳴かせてみたいというタイプか。 「日野青羽の両親は彼が五歳の頃離婚しています。彼が中学生になった頃、アパートに下田親子が住み着いたようです。要するに、父親が事実婚をしていたんです。父親は五年前に病死。高校生だった彼は家計を支える為にほとんど学校へ行かずに働いていました。病死した下田朝子の遺言で奈々を養っているようです。アパートの大家は彼を気の毒がっていました。その朝子って女は、結婚詐欺で捕まった経歴のある女です。娘の奈々は、親戚が引き取るとの申し出を断って、日野青羽に養われています」  青羽はお人好しすぎる。とっとと追い出してしまえばいいものを。どうやらペット候補には、害虫がついているようだ。さて、どうしようか――。

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