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【五】青羽―消毒①
「すいません、お先に失礼します」
「お疲れさま」
「お疲れさん」
ベッドメイクのバイトも一週間が過ぎ、馴染んだAチームのメンバーに暇を告げた。時刻は午前零時十五分。今日は一度目の給料日だ。
「ほら、日野君。これあげるよ」
渡されたのは出張風俗のチラシと、このホテルの割引券だった。
「要りませんよ。俺、遊ぶ余裕ないです」
「いいから、いいから。アズちゃんを指名してみろよ。人生明るくなるぜ」
「俺、そんなに暗い顔してますか」
「幸せそうには見えないねえ」
「鈴木さん、ひと言余計よ!」
山本のおばちゃんが、子だくさん鈴木さんを咎める。
恋人ができて幸せなはずが、問題が山積みだった。奈々は俺がゲイだと知っていた。そして、奈々の母親が友人に俺を誘惑させたことも……。妹は俺の質問をさらりと躱してしまった。会ってみないと結婚相手がどんな人か分からない。汗だくの身体をタオルで拭き、リュックから替えのTシャツとトレーナーを身につけると、給料を貰いに社長室へと向かった。
コンコン。ガチャリ。
十二畳ほどの社長室にはお決まりの大きなデスクにパソコン、オフィス用戸棚、来客用のソファーセットにテーブルが置かれていた。
「失礼します」
「やあ、青羽。ここに座って」
勧められた茶色のソファーに腰を下ろすと、水上社長がデスクから封筒を取り出してきた。
「中に明細と現金が入ってるから、確認してサインしてくれ」
「はい」
一週間分の給料は、三万円弱。あと十二万円だ。
「明日は休んだらどうだ」
向かいのソファーから手を伸ばして俺の頬を撫で始める社長の風貌は、赤毛が艶を放ち今夜もイケメンだ。
「あと二週間は続けるよ」
「金を貸すよ」
「気持ちだけで充分だよ」
「顔色が悪い、疲れが溜まってるんだよ。一日だけでもゆっくり休むべきだ。そうだ、ジャグジーに浸かっていくといい」
「明日は結婚相手が来るんだよ」
朝から掃除しなくては。ボロアパートでも、せめて小綺麗にしておきたい。
「結婚相手!」
大男が飛びかかってきて押しつぶされた。まるで俊敏な大型牧羊犬だ。
「むぐう~」
く、くるひぃ。
「青羽、俺は君の恋人になったはずだが思い違いだったのかな。そのあばず……女に押し倒されて結婚を承諾したのか?」
がじっ。
「ぎゃっ」
鼻面に噛みつかれたぞ! 重くてちっとも動けない。翡翠の瞳から噴き出す怒りに首を締め付けられて、息が詰まった。
「ち、違う、結婚するのは妹。押し倒されたのはずっと昔だよ!」
「妹……。私の家でじっくり教えてくれよ」
笑顔なんだけど、いまにも牙が生えてきそうなのはなんでかな〜。
「ぎょわわわわわ~」
ヴァイキングが宝箱さながらに俺を肩に担いだ。デスクで何かを操作し、部屋の奥へと歩いて行く。おーい、ドアはあっちだぞー。
本棚の側で下ろされて気まずい沈黙が流れた。
「しゃ、社長……」
「透だ」
ポーン。
突然壁がスライドし、小部屋が現れた。彼に肩を抱かれて中へと入って行く。
「あれ、これって……?」
見覚えのある壁、一、二、六だけのボタン。昨日駐車場の車庫から乗ったエレベーターだ。返事がもらえないまま上昇していく。
これ、反対側も開くタイプのエレベーターなんだな。
ポーン。
広い背中を追って辿り着いたのは、ゴージャスな浴室だった。
「お湯を溜めるから、脱いでいなさい」
おとなしく入るべきだろうな。ホテルでは涼しげな態度しか見せない癖に、いまは髪の毛が逆立ってるよ……。宥めるには身体中を撫でないとダメかもしれない。洗面所の鏡には鼻先に歯形が付いた自分がにやけて映し出されていた。指示通りパッパと脱ぐと、ガラス戸を引いてシャワーの前に立った。
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