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【五】青羽―消毒②
「荷物を取ってくる」
「ありがとう」
「……ゆっくり浸かること」
若干感情の収まった声で言い残すと、水上社長が姿を消した。ハーブソープの泡に包まれていくと、爽やかな気分になってくる。くたびれた雑巾から人間に復帰したぞ。
ボコボコボコボコボコボコ。
「ふあぁぁ、気持ちいいぃぃ~。俺、お風呂の妖精になるよ~」
ジャグジーって、こんなに人を幸せにするんだな~。
体の芯まで温まり、モコモコタオルで全身を拭いた。真新しいTシャツにボクサー、そしてスウェットがカゴに置いてある。
「これ、買ったのかな……」
サイズがMじゃ、ヴァイキングは胸筋で引きちぎりそうだ。(妄想)
「それを着て、ここに座って」
「わぁ!」
ドライヤーに問いかけてたら背後に湧いて出たぞ。スツールに座り、透に髪をわしゃわしゃと乾かしてもらった。こってりクリームを顔に塗りたくられてからリビングへ移動した。
「お腹がすいてるだろう。パンぐらいしかないが」
キッチンカウンターにくっついたテーブルには、クロワッサンやフランスパンのスライス、ハムとチーズ、サラダが置かれている。マグカップには、熱々のポタージュスープが注がれた。
ズズズズ。
「五臓六腑に染みわたる~」
「随分と古風な物言いだな」
「バイト先のお客さんが、ラーメンスープを飲むと呟いてたよ」
「これはホテルのレトルトスープだ」
「コクがあるよね。最近のレトルトって凄いんだな~」
「ラーメン屋でバイトしていたのか」
「うん。高校生の頃。就職するから辞めちゃったんだよね」
ハムやチーズを載せたパンを手渡され、かぶりついた。分厚いハムとチーズの味が混ざり合い、パリパリしたパンと至福のハーモニーを奏でた。
「おいしいぃ~」
「パンはお日さま商店街の人気パン屋だ」
「バイトさんが話してた『パンセン』のことかな。あれ、これは何パン?」
ひとくちサイズのプチパンは、焦げ茶色をしている。
「ライ麦パンだよ。酸味が特徴的で、身体にいい栄養素が豊富らしい。このレバーペーストを塗って食べてごらん」
お勧めを口に入れて、初めての味わいに舌鼓を打った。その濃厚なレバーと風変わりなパンがすっかり気に入ってしまった。ティーポットから注がれる紅茶にミルクと砂糖も追加する。真夜中の晩餐会は、心地よく腹を満たしてくれた。
「ところで、妹はいつ出産するんだ?」
「出産!」
「まだ高校二年生だろ。だから結婚するんじゃないのか?」
「結婚にビックリして、そこまで考えてなかった……。そうか、そうだよな」
妹が妊娠していたら、相手はまともな人間か疑わしい。俺ってば間抜けだよ。
「知り合いの探偵に、身元を調べさせよう」
「探偵……」
「心配はいらない。昔なじみなんだよ」
「そのほうがいいかな」
「相手を知れば対策を練りやすい。力になりたいんだよ」
頼りがいのある大人発言だ。やっぱり社会経験がものを言うのかな。尊敬するぜ。
「ありがとう」
「妹さんの名前を教えてもらえるかな」
「下田奈々……」
「苗字が違うな」
「妹は、父が事実婚をしていた相手の連れ子なんだ」
「いつから一緒に暮らしてるんだ?」
「七年前。その二年後に父が亡くなった」
「中学生の頃か。青羽のお母さんはどうしてる?」
「両親は俺が五歳の頃離婚して、母さんは他の人と再婚した。連絡は取ってない」
「じゃあ、赤の他人を養ってるのか」
「奈々は俺の妹だよ」
「青羽は優しいんだな」
「義母 さんの遺言なんだよ。それに、奈々もそれを望んでた」
「……ところで、誰にどうして、どうやって押し倒されたのかな?」
「ぶふぉー!」
まるでそっちがメインテーマのような口ぶりだ。テーブルに両肘をついて組んだ手の甲に整った顔を乗せて微笑むイケメンは、刑事ドラマの取り調べをするデカの目だぞ。
「義母さんの友人に荷物を届けたら玄関でタックルされて、股間をおっぱいで挟まれたんだ」
「なに!?」
「相手は女性だし、ゲイの俺は勃起しなかった。突き飛ばして逃げたんだよ」
「ろくでもない友人だな」
「もう縁が切れてるよ」
「ならいい」
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