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【六】青羽―ヴァイキングに囲われて①

「じゃあ顔合わせが終わったら、すぐに連絡するんだよ、むぎゅ」  早朝七時の路上キスは、人目につきやすい。迫ってきた唇とひげを両手で塞いだ。 「誰かに見られるよ」  ガプ。手を甘噛みされたぞ。大いに不満そうだ。赤髭のヴァイキングは、しかめ面して車で去っていった。まったくもう。第一印象と違って、透は熱烈すぎるよ……。女性に素気(そっけ)ない態度でいる彼は、まさにクールガイなのにな。スタイリッシュなスーツ姿で腕組みをし、ドヤ顔で『俺にキスをしろ』と言い放ったら、アパートの大家さん(八十五歳女性)も華麗(加齢)なるジャンプを決めるに違いないよ。それよりも掃除、掃除。居間兼俺の部屋はまだしも、奈々の部屋が心配だ。  妹は家事を殆どしない。主に持病が悪化した義母の身体的な世話を担当していたから、家事全般と生活費を稼ぐのは俺の仕事だった。俺の高校生活は授業中も寝ていた記憶しかなく、クラスメイトの名前さえ覚えていない。  あれ、俺の青春はいつだったっけ?  物心ついた頃には父さんが米を炊き、インスタント味噌汁とスーパーの惣菜を買って来ていたな――。  物思いに耽りながら掃除を進めていった。よし、次は隣だ。襖を開けたら、そこには段ボールの山が出来ていた。それも十個。なんだこれは。どういうことだ? ピンポーン。ガチャリ。 「お兄ちゃん、ただいま」  妹の声に慌てて居間へ戻った。手狭な玄関で靴を脱ぐ奈々の後ろには、スーツ姿の男性が立っている。よかった、少なくともヤンキーではないようだ。  コタツを挟んで奈々の結婚相手と挨拶を交わした。 「はじめまして。五十嵐と申します。本日は奈々さんとの結婚のお許しをいただきたく、ご挨拶に参りました」  彼は眼鏡がインテリ感を醸し出した三十前後の男性だった。 「はじめまして。日野青羽です。ご存じかと思いますが、奈々とは血縁関係にありません。ですが、兄として幸せな結婚を見届けるようにと奈々の母親から頼まれました」 「奈々さんから伺っています。私の実家は隣市で医院を開業しています。私はそこで副医院長として勤務しています」  渡された名刺には見覚えのある病院の写真が載っていた。つまりは跡取り息子だ。 「奈々とはいつ知り合いに……?」 「三ヶ月ほど前に、偶然街で出会いました。それからお付き合いさせていただいています」 「まさか、妊娠させたのか?」 「お兄ちゃん、そんな言い方やめてよ!」 「妊娠したんだな……」  やはりか。でなきゃ来るはずないか。透の指摘した通りだった。 「はい。現在妊娠二ヶ月です。四月の誕生日に彼女と入籍させてください」 「お兄ちゃんお願い。あたし、赤ちゃんが産みたいの!」 「奈々……」  頭を下げる二人に反対など出来なかった。手順は違えど、こうして筋を通しに来てくれたのだ。 「学校はどうするんだ?」 「通信制の高校へ編入して、家で学びながらゆっくりと暮らして貰うつもりです。早く生活に慣れるように部屋も用意してあります」 「五十嵐さんはマンションも買ってくれたんだよ。今日からそこで暮らすね。お兄ちゃんにこれ以上負担をかけたくないんだ」 「負担だなんて……奈々」  話がめまぐるしすぎる。これでいいのか? 「間もなく引っ越し業者も到着します。ご心配なく。奈々さんと赤ちゃんは私が幸せにします」 「マキオさん……」  奈々の目が感動で潤んでいる。おーい、兄ちゃんもここにいるぞ。  ピンポーン。 「あ、来たわ!」 「はやっ!」  奈々がいそいそと玄関に向かう。  ガチャリ。 「こんにちはー。ペンギン引っ越し便でーす!」 「よろしくお願いします。こっちです」  ドタトタと作業着の若者二人が和室へ通され、ダンボール箱を運び出していく。五往復で事足りる量だった。 「では、先に転居先へ向かいます」 「我々もすぐに行きますので」 「失礼しましたー」  引っ越し業者は頭を下げて出て行った。 「それじゃ、お兄さん。奈々さんと新居に向かいます。いつでも遊びに来てください」 「スマホに住所送っておくね~」 「奈々!」 「なあに?」  お前は幸せなのか――?

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