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【六】青羽―ヴァイキングに囲われて②
喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。輝く瞳、上気した頬、結婚相手に向けられる笑顔が充分語り尽くしている。
ああ、妹は愛する人を見つけたのだ――。
俺に出来ることは、手を振って送り出すことだけだった。大家さんが隣の部屋から出て来て、後ろで見守っていた。
「奈々をよろしくお願いします」
「わかりました」
「青羽兄ちゃん、元気でね。今までありがとう!」
「奈々ちゃん、引っ越しかい」
「大家さん。あたし結婚するの!」
「おや、おめでとう。幸せになるんだよ」
車が見えなくなるまで手を振った。
「これで青羽君も肩の荷が下りたねぇ。あんたはよくやったよ」
「大家さん……」
旅立ちは突然だった。突然すぎて説明の出来ない空虚さが俺を襲い、アパートの畳に頬を付くと静かに目を閉じた。
「……青羽」
「ん……ふぁい」
「眠いだろうけれど、移動するよ。……からね」
え、移動する? どこへ?
「ふわふわのベッドだよ」
ああ、それ最高~。透大好きだ~。
「目を覚ましたら、もう一度聞かせてくれよ」
いいよ~。
――って、あれ?
パチリ。
室内はカーテンが光を完全に遮断して真っ暗だった。見えないけれど、ベッドの残り香から透の家で寝ているのが分かった。透と、そして自分の匂いが混在しているのがなんだか不思議だ。恋人になったけれど俺は彼に好きだと言ってない。俺も聞いたことがない。あれ、ホントに恋人でいいのか?
ベッドサイドのランプを付けて、側に畳んであるスウェットを着た。ペルシャ絨毯らしき敷物に素足を下ろし、スリッパをさがす。ふう。高級すぎて汚せないぜ。廊下へ出ると自動で照明が点灯し、無事リビングへ辿り着いた。壁の時計は十九時を差している。
「十九時!」
確か昼前にアパートで横になったはず。爆睡したままここに運ばれたのか。俺、透に連絡するのを忘れてたよ。見回したが人の気配がしない。カーテンを開けると、ビルの間だから夜空が見えた。
ガチャリ。
「起きたのか」
家主が紙袋をぶら下げて帰宅した。
「ごめん。俺、寝ちゃったんだな」
「今夜のバイトは休むといい。シフトは変更してきたから」
「ダメだよ。働かないと」
家賃が払えなくなる。奈々がいなくても、支払いは消えないのだ。
「相手は挨拶に来たのか。ほら、これを食べたら話してくれ」
キッチンテーブルの上には、解いた風呂敷から重箱が現れた。
「わぁ……すごいな」
並べられた三枚のお重には、それぞれ色とりどりの料理が詰まっていた。
「タワービルの人気日本料理屋の『スペシャル松花堂弁当』だ。苦手な食材はあるかい?」
「腐ってるの以外は食べられるぜ!」
「偶然だな、俺もそうだ」
「父さんは平気で賞味期限がひと月過ぎた豆腐食べさせるからさ。俺、食中毒になったことあるんだよね」
「……そこも後で詳しく聞きたいね」
「面白くないよ。入院した話をホントに聞きたいの?」
社長ってヒマなのかな。
「ぜひ。さあ、食べようか」
「いただきます!」
唾液腺を刺激する光景に胸を躍らせながら箸を運ぶ。牛タンの塩焼きは、遙か昔に一度だけ専門店で食べた記憶があった。
「うわぁ。牛タンおいしいな!」
隣に詰め込まれていた麦飯の俵おにぎりが、また合うんだなあ。肉厚でも楽に噛みきれる柔らかな肉だ。
「牛タンって、もっと硬いはずだったけど……」
「希少部位は柔らかいんだよ。こっちは味噌味だ」
「味噌味は食べたことないや」
「試してごらん」
赤銅色の髪を縛り、黒いタートルネックのセーターを着た透はワイルドさが増していた。咀嚼すると千代味噌の味わいと肉のうま味がしみ出し、舌が感動で痺れた。
「んー、最高!」
「ハハハハ、よかった」
天ぷらや煮物、目で楽しめる料理に舌鼓を打ち、満腹になった。
「ごちそうさまでした」
空のお重を洗うためにキッチンへ立ち、ふと気づいた。流し台がピカピカだ。
「透は几帳面なんだな……」
「いや、料理をしないだけだ」
「こんなに立派なキッチンなのに?」
「する気が起きないタイプだ」
「それ、ドヤ顔でいうセリフじゃ無いよね。食事はどうしてるの?」
「昼頃起きて、コーヒーを飲んだらまずビジネスホテルに顔を出すから、途中で買って、事務所で食べる」
「じゃあ、夕ご飯は?」
「休憩時間に近くのラーメン屋や居酒屋で食べるかな。アルコールは摂らないけどね」
社長の仕事は十二時から零時まで。休憩時間を入れてるが拘束時間は思ったより長い。
「お酒は飲まないのか?」
「飲まないよ。人手が足りないときは俺もベッドメイクをするからね」
「透が?」
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