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【六】青羽―ヴァイキングに囲われて③
「青羽、俺は小学生の頃からビジネスホテルの手伝いをしてきたんだよ。当たり前のことさ。ホテル業務の全てを把握できなきゃ経営は出来ない」
「偉いな。さすが社長だな。ラブホも手伝ってたの?」
「『ルキア』は五年前に始めたんだよ。それまではここもビジホだった」
「そうなんだ」
洗い物を終えて、透の入れたドリップコーヒーを手にソファーへ腰掛けた。
「ありがとう。今度は俺がおごるよ」
「青羽に食べさせたかったんだ。気にするな。ところで、相手はどんな奴だった?」
「……やっぱり妊娠二ヶ月だって。相手はこの人」
名刺を受け取ったヴァイキングは、赤い眉をつり上げた。
「五十嵐総合病院。そこの跡取りか。歳は?」
「三十前後かな。妊娠と引っ越しで動揺して聞くの忘れちゃったよ」
「引っ越し?」
「婚約者の買ったマンションで暮らすから奈々が家を出たんだ。高校も通信制に移るって。春になって妹が……奈々が十八歳になったらすぐ入籍することになったよ」
「引っ越しを止めなかったのか」
「止めても無駄だよ。奈々には俺が目に入ってなかった。相手は引っ越し業者を連れて来ていたんだ」
「随分と用意周到だな。青羽の気持ちは無視か」
「血は繋がってないからね。まだ挨拶に来ただけマシさ」
クズ野郎なら、俺へ挨拶にすら来ないだろう。
「とりあえず探偵屋に調べさせよう。引っ越し先はどこだ?」
「スマホに送るって言ってた。……これだ」
アプリに送られて来た住所は、隣市の地下鉄近隣のマンションだった。
「俺のスマホに送ってくれ」
「うん」
「画面にヒビが入ってるじゃないか」
「ちゃんと動くから大丈夫!」
「青羽、アパートを引き払ってここに住まないか。家賃が浮けば支払いも楽だろう?」
それって同棲って事か?
「有り難いけど、迷惑はかけられないよ」
「俺達は勤務時間が違うだろう。だから一緒に住んだ方が安心なんだよ」
「なんで安心なんだ?」
「今日は俺も休みなんだよ。寝室で説明してやるよ」
およ。突然、誘惑の笑みを投げてきたぞ。
「あ、バイトに行く時間だ。着替え持ってきてないや。このスエット借りていい?」
サンダルはロッカーに置いてあるから、スエットの裾をまくればなんとかなりそうだ。とにかく借金を返さないことには、結婚祝いも渡せない。急いで玄関にむかうと、透がついてきた。
「青羽、待て。身体が持たないぞ」
「若いから大丈夫だよ!」
「ぐっ。痛いとこ付いたな」
「透だって若いだろ」
「二十八歳だ」
「若い、若い!」
「そんなふうに聞こえないぞ」
エレベーターのボタンを押しても、動かなかった。
「これは虹彩認証と指紋認証の二重セキュリティなんだ。住人以外は使用できない。従業員が間違えて自宅へ来ないようにしているんだよ」
「女性にストーカーされたんだろ。バイトの連中が噂してた。イケメンは大変だね」
チュ。
「ありがとう。青羽がそう思ってるなら嬉しいな」
自然にキスするこの人を押し倒す時間が欲しいな、と思ったぞ。これがムラムラってやつだな。
赤毛の海賊は、壁の黒いパネルに向かって目を向けてから、呼び出しボタン横のパネルに右手をかざした。そしてボタンを押すと、すぐに扉が開いた。
「すごいな」
たくましい背中ばかり見つめていて、ちっとも気づかなかったよ。
「どうしても働くのか」
「うん。稼いで結婚祝いも渡したいんだ。ご馳走のお陰で元気になったよ。ありがとう」
チュ。
へへ、今度は俺からしてみたぞ。気恥ずかしいので髭で覆われた顎にだったけど。
「むふう……」
透に強く抱き込まれ唇を塞がれた。侵入してくる舌は、ほろ苦い味がした。この端正で逞しい男の優しさが怖い。だって、俺のどこに好かれる要素があるのか分からないんだ。六階から一階まで、わずか数十秒間のキスは激しすぎて酸欠になった。
駐車場から従業員通用口へ向かう途中、ホテルの玄関から歩いてきた客と遭遇した。まずい、隠れる場所がない。
「まこちゃん、寿司でも食べていこうか」
「スギタさん、優し~」
「あ」
「日野君……」
なんと、勤務先の社長だった――。
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