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【六】青羽―ヴァイキングに囲われて④

「解雇……?」 「そうなんだよ。親父が家族だけでやりたいって聞かなくてね。このところ受注が減ってるから日野君には辞めてもらうって」  翌朝、透が予想したケースBが事務所で発動した。 「そんな……。俺、ここが好きです」 「残念だけど親父は変に頑固だから……。これ、少しだけど退職金だよ。知り合いの工場に当たってみようか」  杉田社長の息子は俺を首にするホントの理由を知らない。生真面目な父親が、まさか見知らぬ若い女性とホテルにいたなんて夢にも思わないだろう。俺だってビックリだ。要するに浮気をバラされたくないから、お払い箱にする訳だ。『俺は社長の性生活には興味ありません、安心してください!』なんて言われてもはい、そうですかと解雇を撤回してはくれないだろうな……。  父さんと同様にリストラされてしまった。一生懸命に働いても、報われない人生を俺も辿っていくのかな。  皮肉にも、退職金はクレジット会社の支払いが相殺できる金額だった――。  退職金を受け取って家に帰宅したのは、まだ午前九時前だった。  プルルルル。 「もしもし……」 「仕事クビになった」 「……ケースBか」 「うん」 「いまから行くよ。荷造りしていてくれ」 「荷造り……」 「いい条件の仕事を探すには、焦りは禁物だ。俺も協力するから、引っ越しておいで」  プー太郎の心に染みる慈愛に満ちた声……。これに抗えるのは神様しかいないと俺は断言する。彼は二トントラックと若者をひとり伴って現れた。すごい段取りの良さだ。 「青羽、こちらは探偵屋の堀君。助っ人だ」 「はじめまして」 「はじめまして、日野です。よろしくお願いします」  作業途中で現れた大家さんは別れを惜しんでくれた。 「敷金は全額口座に振り込んでおくからね」 「十年以上住んで、たくさん汚しちゃったのにいいのかな」 「青羽君の門出だからね。頑張るんだよ」  大家さんは、俺を何かと気にかけてくれた優しいおばあちゃんなのだ。 「大家さん、ありがとう」  まさか『浮気を目撃して会社をクビになり、イケメンと同棲することになりました!』なんて言えないよ……。  さよなら、大家さん。お元気で――。  僅かな家財を一時間ほどで積み込み、『ルキア』に向かった。自動シャッターを開けて透のワゴン車の隣に駐車すると、すぐにシャッターが下ろされた。一番重い中型の冷蔵庫はヴァイキングとマッチョ探偵が台車で軽々と移動している。俺がせっせと詰めた段ボール十箱も、お昼前には八畳の部屋に収まった。  引っ越し蕎麦の出前を三人で食べると、探偵屋は奈々の結婚相手を調査しに去っていった。  リビングの青いソファーに透と腰掛けて、満腹の腹をさすりながら心地よい温もりを堪能する俺の瞼がやけに重い。 「なんだかまた眠くなってきたよ。どうしてかな……」 「ずっと気を張って生きてきたから、気が抜けたんだろう。親は時に子供が巣立った後、空虚感に襲われる。『空の巣症候群』と呼ばれているよ。馬鹿社長のせいで職も失って散々だったな。ゆっくり身体を休めて、心身が回復したら働けばいいさ」  その言葉に感動した。恋人は顔もいいけど心も寛大だ。 「ありがとう、透」  自然と肩にもたれ、額にキスを落とされると、瞼が重くなった。前髪が長すぎて、キスの時邪魔だな。 「俺、明日刈り上げにしてくるよ……」    家族を養うという気負いがなくなり訪れた空虚感が『空の巣症候群』だと教えられて、妙に合点がいく自分がいた。父親、奈々の母親を看取り、そして奈々の巣立ち。さらに雇われていた町工場の社長が浮気していたせいで解雇されたのが追い討ちをかけた。  身体がだるくって、促されるままベッドで懇々と眠り続けた。  翌朝、透はピカピカのフライパンで目玉焼きを焼いてくれた。料理なんてした事ないのに……。焼きたてのパンは、朝七時半開店の人気パン屋へ買いに行ったと聞いて、そういえば自分の為にここまでしてくれた人は父親しかいなかったなぁ、なんて考えた。 「透、好きだよ」  気持ちがポロリと出てしまった! 「俺も青羽が好きだよ」  すぐに返事が返ってきて、心がじわじわと嬉しさで染まった。 「俺、バイトはやめた方がいいかな。もしバレて女性陣に蹴られたらやだよ」  フランス産のヴァイキングイケメンを恋人にしたリスクは計り知れない。  「しばらく猫になって、ゴロゴロしてればいいさ」 「働かなきゃ」 「気力が回復してからだ。バイトは転職が決まって辞めたと話しておくよ。この機会に、青羽がやりたいことを探してみるのも良い」 「やりたいこと?」 「または、やりそびれた事をしてもいい。例えば、資格を取るとか」 「やっぱり資格が必要かぁ。考えてみるよ。そういえば、あのゴミ箱は洗えないの?」 「ゴミ箱?」 「ホテルの部屋にあるゴミ箱だよ。あれにビニール袋を被せるだろ。ゴミの入った袋を替えても、ゴミ箱が精液臭いんだよなぁ。手が何となくべたつく感じがして雑巾で拭いたら、拭かないでいいって言われて……。消臭スプレーもダメなの?」 「ちょっとごめん」  透がリビングにある固定電話の内線ボタンを押して、会話を始めた。 「……そうだ。全室のゴミ箱を全部洗うように指示してくれ。そう、昼のパート部門だ。乾くまでプラスチックのゴミ箱を使用していい……」  電話を終えた透が、再び横に座った。 「洗っちゃうんだ……」 「籐家具は水洗いできる。窓のサッシを掃除したり、手の届かない場所を掃除するのが昼部門のパート達なんだ」 「昼は利用客が少ないから?」 「そう。逆に夜はスピードを要求される。客を待たせないためだ。だが拭き掃除は手を抜かないだろう?」 「うん。それは凄いと思うよ」 「だが、ゴミ箱は全員が無視してたようだな。指示したのは誰だ?」 「チャラ泉さんだよ」 「ブッ。もしかして今泉のおっさんか」 「そう。だって俺に巨乳のお姉さんと遊べってチラシ寄越すんだよ」 「クビにしてやる」 「ええっ、ダメだよ!」 「冗談だ」  顔が冗談に見えないよ。 チュ。キスをしたら、彼の眉間から皺が消えた。 「おいで、部屋を案内するよ」

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