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【七】水上―龍神と子犬①

 失職、義妹の妊娠と引っ越しで茫然自失の青羽を、まんまと家へ連れ込んだ。これはキューピッドが起こしたハプニングに他ならない。  後ろ髪を引かれながらビジネスホテル『水上』に出勤すると、女性フロントが声をかけてきた。 「社長、なんだか楽しそうですね」 「ペットを飼い始めたんだ」 「あら、犬ですか、猫?」 「子犬だよ」 「お名前は?」 「アオだよ。凄く素直で、可愛いんだ」 「犬種は?」 「オスの豆柴だよ」  イメージのまま答える。 「オスはやんちゃですからね。一緒に遊んで運動しないと、欲求不満で家具をかじりますよ」 「そうか。じゃあ、たくさん構ってやらないとな」  寝室での運動は大歓迎だ。時間も出来たことだし、子犬が働けないくらいに抱き潰してやろう。  それにしても有能な女性の勘は鋭い。俺は自然とにやけた顔を晒していたのだろうか。 「いまどきは首にICチップを埋め込んで、飼い主や住所、予防接種のデータを管理するそうですよ」 「なるほど」  だがうちの子犬は人間だ。他の方法を探そう。 「一番街商店街に腕のいいトリマーがいるんです。友人なんですよ。予約を入れましょうか?」 「いや、まだいいよ。それより、求人の応募は?」 「ありません」 「うーん。じゃあ、スカウトしてくるよ」 「心当たりがあるんですか?」 「ああ」  パートの中には、正社員を希望する人間もたまにいる。『ルキア』のBチームの女性リーダーだ。こちらのビジホなら雇うと打診してみようか。俺に秋波を送ってくるが、メイクの仕事は的確だった。    ネオン街に明かりが灯り始めた頃、ニット帽を目深に被り分町通りから一本西側の道を南へ向かった。一七時に『ルキア』でアルバイトの面接がある。青羽の代わりになりそうな働き者だといいが。  現れたのは、ガタイのいい大学生だった。 「高木君も君と同じ大学だよ。四年生で学部は違うけど」 「そうですか」 「若くて体力のある人間は大歓迎だよ。いつから来れるかな」 「明日から入れます」 「じゃあ、この誓約書に記入してもらえるかな……」  無事補充要員も決まった。よし、なんだか調子がいいぞ。   「休憩してくる」 「わかりました」  フロントへ声をかけてから厨房を覗くと、レストランのコック経験者がフライパンでオムライスを作っていた。彼は三十代だが股関節が弱く、フルタイムでは働けない。毎日一八時からの五時間パート勤務者だ。バイトを助っ人に使っているが、厨房希望者はなかなか見つからない。 「佐川さん、足の調子はどうだい?」 「社長、おはようございます。はい、大丈夫です」  従業員通用口から高木君達が出勤してきた。 「おはようございます」 「君と同じ大学の三年生を採用したよ」 「日野君のようには期待しないでください」  バイトリーダーは、突然青羽が辞めたと聞いてひどく驚いていた。  鈴木さんや山本さんもしかり。ほんの二週間しかいなかったのに、青羽は皆に好かれていた。 「凄く働き者で、良い子だったのよ。転職が上手くいってよかったわね」 「彼ならきっと、どこへ行っても活躍するさ」 「山本さんも、鈴木さんも、随分と日野君を褒めますね」 「彼くらいだよ。俺ら中年の身体を気遣ってくれたのは」  亡くなった青羽の父親は、鈴木さんと同年代だったな。 「なんだ~、せっかく割引券を渡したのに」 「あんた、まだ巨乳を勧めてたのかい」  鈴木さんが呆れた様子でゴマ塩頭を掻いた。 「おはよう、今泉さん。休憩室でポン引きは禁止だよ」 「社長は人聞きが悪いなあ。童貞青年への援助ですよ~」  チャラ泉め、余計なことを。やはり首にしてやろうか。

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