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【七】水上―龍神と子犬②

 帰宅すると、ペントハウスのキッチンから食欲のそそる匂いが立ち込めていた。なんだ、ここは食堂か。ダイニングテーブルには黄金色の餃子、回鍋肉、炒飯がセッティングされている。 「これは……青羽が作ったのか?」 「ラーメンもあるよ。食べる?」  これは夢だろうか。ニコニコ顔の青羽が眩しい。 「あ、ああ」  ピンポーン。 「……チッ」  玄関チャイムを押せる人間は、我々以外は彼らだけだ。  つまり、彼らに非常事態が発動した――。  ガチャリ。 「やあ、こんばんは」 「どうぞ……」  ダークスーツの面々は、まだ数度しか此処を訪れていない。彼らの唯一の美点は、外面(そとづら)がとても良いことだ。むしろ、鋪道でゲロを吐いて暴れる教職者より礼儀正しい。どうやら組長はご多忙の様子で、今夜は右腕の登場だった。  キッチンでは両手に麺を持ったままの青羽が立っていた。 「やあ、日野君じゃないか」 「あれ、この前の……」 「茂山だよ。こんばんは。それはラーメンかい」 「はい」 「うまそうだなあ、水上社長」 「よろしかったら召し上がりませんか。青羽、五人前あるかな」 「うん」 「ビールも頼む」 「了解」  青羽はまるでラーメン屋の店主さながらに、手際よくラーメンを作ってしまった。俺の向かいに座る茂山は、この街を守る『龍(りゅう)青(せい)会(かい)』組長の右腕だ。肩書きは『ブルーレンファンド株式会社』副社長。いわゆる頭脳派ヤ○(ク)ザだ。両隣に座る若者は副社長付の護衛だが名前は知らない。そしてもうひとり。ジーンズ姿のテツが、俺の隣でとんこつラーメンをすすっている。 「ズルルルルル。うまい!」 「スープにコクがあるな~」 「これ、日野君が作ったのかい?」 「はい!」 「マジか。すごいね、君」  護衛の言葉に嬉しそうに微笑む青羽。おい、俺はまだ褒めてないぞ! 「ズルルルルルルル……。なんだか懐かしい味だな。これは……『虎横飯店』のとんこつラーメンにそっくりだ」  テツが感慨深げに呟く。分町(ぶんちょう)と一番街商店街を交差する虎横町(とらよこちょう)通りの人気中華料理店は、数年前に閉店していた。 「うん。そこの虎爺さんが教えてくれたんだ。俺、高校の頃そこでバイトしていたから」 「「何!?」」 「あ、餃子も同じ味だな」 「透、分かるの?」 「ああ。俺やテツは小学生の頃から親父と食べに行ってたからな」 「俺もそうだ」 「茂山さんも?」 「でも日野君は見たことないな……」 「昼間だけ働いてました」 「そうか。なぜ料理人にならなかったんだい?」  五目チャーハンを無我夢中で掻き込む護衛を横目に、強面副社長が青羽に問う。 「虎爺さんが引退するから店を継がないかって言ってくれたけど、俺は未成年だったから断わりました。資金もなかったので」 「よし、俺が資金を出そう。タワービルに空き店舗が出たんだ。店長にならないか」  内ポケットから名刺を出して青羽に渡してしまった。 「茂山さん!」  ガタッ。  ギョッとして俺が叫んだら、護衛が立ち上がり身構えた。 「まあまあ、水上社長。恋人を取ったりはしないよ。純粋にビジネスの話だ」  嘘くさい発言だな。きっとグループ企業にして、俺のように青羽をこき使うに違いない。  青羽は名刺ではなく、俺を見つめていた。 「ごめんなさい。しばらくは透の健康管理が優先事項なので、お断りします」  ペコリ。青羽が頭を下げてキッパリ断った。 「気が変わったら、いつでも連絡してくれ」 「ありがとうございます」  すげえな。街を歩けば人が引いていく面の男に、ニコニコしてビールまで注いでるぞ。しかも恋人を否定せず、透呼びを気づいてるのか、いないのか……。 「まだチャーハンとスープがありますよ」 「いただきます!」 「俺も!」  護衛達はアルコールが飲めないので、食い気に走っている。俺も釣られて、おかわりをしてしまった。 「でも朝は納豆とご飯と味噌汁な」  青羽は諭すような口調で俺に皿を渡してきた。 「はい……」 「水上社長が素直過ぎて怖いな……」 「テツ、それは正しい」  ヤクザの幹部がニヤリと笑う。俺だって少しも怖くはない。怖い人間は心に寄生虫を飼っている。 「失礼な」 「ははははは」  和やかな雰囲気で食事を終えた。 「青羽、俺たちは書斎に行くから」 「ご馳走さま」 「「ごちそうさまでした」」 「ありがとうございました〜。じゃなくて、お粗末さまでした!」  えへへ、と笑う青羽は、目の隈も消えて嬉しそうに映った。

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