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【七】水上―龍神と子犬③
リビングから書斎に移動して、ソファーでコーヒーを飲みながら相手の言葉を待った。
「日野君が『虎横飯店』の伝承者だって知らなかったのか」
「ええ、まったく」
彼には専門学校や資格なんて必要なかった。だが何で料理人にならなかったのだろう。
「テツに五十嵐総合病院を探らせた理由は?」
隣に座る探偵屋は、無表情で俺を見返した。龍の使い魔である幼馴染に依頼すれば、幹部に筒抜けなのは計算済みだ。無論、青羽を内緒で囲う方がリスクが高いと判断したためだ。だが、彼らが気になったのは子犬より病院のようだ。
「テツからお聞きになったでしょう。跡取り息子が、青羽の養っていた義妹の婚約者なんですよ。ただの身上調査です」
「地方紙に載って騒がれたから君も知っているだろうが、あの病院は未だに麻薬横流しの噂が絶えないんだ。どうやら北から流れてきたチンピラと仲が良いらしい。下っ端の名前も上がってきている。デカがそろそろ動くから、君は関わらない方がいい」
龍の姿が浮き出る名刺を持つ男達は、警察内にも仲間がいるのか。
「テツ、跡取りも関わっているのか?」
探偵屋が茂山に目で許可をもらい、俺の疑問に答えた。
「恐らく。日野君の義妹は、マンションをでたほうがいいでしょう。容疑者になりかねない」
「義妹じゃない、赤の他人だ。もう青羽には関わらせない。医者と結婚でもなんでもすればいいんだ」
青羽の生き血を吸ってきた女なんか知るか。
「それは無理です。跡取り息子は妻帯者です」
「なに!?」
「政略結婚ですよ。妻の実家は、婚姻を機に五十嵐総合病院の系列病院になりました。だが、なかなか妊娠せず不妊治療をしています」
「下田奈々は妊娠二ヶ月だ。五十嵐は青羽に結婚の承諾を得に来て、女子高生を掻っさらっていった」
茂山が眉を上げて驚いたポーズをとる。塵ほども心が動いていないくせに、わざとらしい。
「日野君を見下してるなぁ。やりたい放題だ。君の真意はわかった。その娘を決して此処へ入れないで欲しい。少しでもあちらと関わりのある人間に、組長が寝首を掻かれてはかなわない」
「青羽は無関係です」
「わかってる。だが、妻帯者の件は黙っていろ。その方が一挙両得だろ」
「……わかりました」
無論、俺だって不倫の子を身ごもった女なんか、まっぴらごめんだ。
「あんたが賢くて助かるよ。今後も同居人の身上調査は必ず行ってくれ。でないとシェルターの意味が無い」
「……」
「なんだ、不満か?」
「いいえ。ただ、青羽の次は考えていません」
「それなら、奥の部屋の存在を彼に明かしておくといい。あんたが不在の時は彼に世話を頼むだろうからね」
「わかりました」
「そんな顔をするな。何か困ったことがあれば、力になるよ」
「これ以上、迷惑はかけませんよ」
力を借りたら、何を差し出せば良いかは見当がつく。この土地は、繁華街のど真ん中だ。
「お邪魔したね」
「大学社長によろしくお伝えください」
「日野君の件は心配するな。俺も彼が気に入っている。君が猫を飼い始めたと話しておこう」
「子犬です。豆柴ですよ」
「君は犬派か。若頭補佐は猫派だ」
そんな、どうでもいい情報は要らない。
現組長の護衛兼学友とは繁華街で時折すれ違ったが、殺伐としたオーラを放つ男だった。あの、『影の猟犬』と呼ばれる猛者が猫を膝に乗せているのか。似合わなすぎる……。
集団が去った後、テツから渡された追加報告書に目を通した。それにしても、テツは俺がゲイだと知って顔色ひとつ変えなかったな。黒ずくめ集団もだ。敵じゃなきゃ性別は気にしない人種なのか?
おっと、そろそろホテルに戻る時間だ。Bチームのリーダーに正社員の話を打診してみよう。三十手前の彼女は三ヶ月ほど前に働き始めたが、手際の良さとリーダー的資質を感じてBチームを任せていた。とはいえ所詮は短時間の夜間パートだ。正社員としてビジホでの手腕を期待していた。
「ルキアじゃなきゃ嫌です」
黒眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、Bチームのリーダーが即答した。
「そうか。なら、この話は白紙にしよう」
「なぜこっちじゃダメなんですか。私の仕事は完璧のはずです」
「こちらは夜中のトラブルに対処できる男性を探しているんだ」
「性差別です!」
「じゃあ、君は酔った女性を連れ込もうとする男性三人にどう対処する?」
「警察を呼びます」
「それでは遅い。模範解答は違う。逆に、なぜビジホじゃ嫌なんだ?」
「あなたがいるからよ」
「俺は毎日半分ずつ『水上』と『ルキア』に出勤してるが」
「……」
「以上だ。仕事に戻ってくれ」
彼女の恨めしげな視線を無視して話を切り上げた。恋愛と仕事を混同されては困る。さて、他にめぼしい人物はいただろうか……。
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