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【一】水上―新しい生活②
俺は数年ぶりに頬にカミソリをあてられて、スースーする事この上ない。後ろも肩にかかる位にまで軽くして、青羽の仕上げを待った。前評判どおり、助手は青羽をお洒落な青年に変身させてしまった。
「わあ、凄いイケメンだな!」
「ありがとう」
恋人の褒め言葉は素直に嬉しい。
「青羽も益々可愛くなったな」
「自分じゃないみたいだよ」
チョコレートブラウンにアクセントのメッシュが入った髪型は、彼の大きな瞳に合っていた。まるでやんちゃな豆柴そのものだ。
「お気に召していただけてよかったです」
「うん、ありがとう」
多めのチップを渡して、来月の予約も入れた。商店街で声をかけられていたのはマスクとニット帽で武装した俺ではなく、青羽だった。
「ねえ、一緒にお茶しません~?」
「カラオケ行こうよ~」
「え、あ、俺?」
キョトンとして聞き返す青羽に、若い女性がキャッキャと喜んでいる。
「やだ~。無自覚イケメンじゃん。可愛い~」
「ねえねえ、一緒に行こうよ~」
『テメエら、どけ!』
「キャー。こわっ!」
青羽の前に立ちはだかったら、逆ナン娘達は走って逃げた。ざまあ見ろ。
「あの子達、透がマスクしてるから騙されてたな!」
「やっぱり松 越 にしよう。ゆっくり選ぶなら百貨店が落ち着く」
「松越デパートに行くのか。イケメンは大変なんだな」
問題はそこじゃないが黙っておいた。老舗デパートの紳士服フロアには、若い冷やかしの客は来ない。店員にフロア責任者を呼んでもらった。
「こんにちは、水上社長。ようこそおいでくださいました」
「池田さん、彼がすぐに着られそうなスーツはあるかな。そうだな、後は普段着も欲しいな」
「かしこまりました。入荷したばかりのお勧めがございますよ。クリスマスにぴったりかと」
「やっぱりスーツが必要なのか……」
青羽が採寸している間に池田部長とフロアを回り、若者向けのブランドを二軒ほど選び出した。店員達に各三組ほどのコーディネートを頼む。最上階のレストランでランチを取り、紳士服のフロアへ戻ると、試着した服や靴は全て包装が終わっていた。
「ひとりで来るときは池田さんに連絡するといい。若い女性店員には頼まないこと」
「それ、透の場合でしょ。デートに誘われたの?」
「試着室に突然侵入してきて、股間を揉まれたな」
「水上社長、どうかもうご容赦を。彼女は配送に配置換えしましたから……」
「首にしても良いレベルだがな」
「その……」
「どうせ誰かの縁故採用なんだろ。ここにいなきゃ構わないよ」
「寛大なお言葉、感謝します」
合計で二百万円近く散財したが、青羽には知られず会計を済ませた。明日ホテルに配達してもらうように手配を済ませ、両手に紙袋を下げてアーケードを歩いていく。二人でホテルに戻るのを警戒する青羽は、五分ほど魚町公園で時間を潰してから帰ってきた。
「交番のお巡りさんに、スマホはまだ動くのか聞かれたよ」
「なんで知ってるんだ?」
青羽は無意識に人と仲良くなる能力があるらしい。
「この前安いスーパーを教えてもらったんだ。スマホで検索しないのかっていうから、画面を見せたら大笑いされたよ」
「よし、携帯ショップに行くぞ!」
「ほら、もう出勤時間でしょ。はい、いってらっしゃい!」
チュ。髭のなくなった顎にキスされる感触も、新鮮でいい。
「いってきます。十八時に戻る」
「了解」
ビジネスホテルには遅い出勤を伝えていたので、ゆっくりと歩を進めて分町通りを北上した。夜の繁華街は、あと数時間すると着飾ったホステス達が出勤してくる。
間もなく始まる街の風物詩『光のペイジェント』が客を呼び込み、クリスマス、忘年会と水商売は稼ぎ時が続く。ホテル業も連動してカップルや終電を逃したリーマンが一夜の宿を求めて満室になる。『ルキア』は『クリスマス予約宿泊プラン』にケーキをプレゼントしてチェックインを四時間早めている。人手不足をカバーしつつ、滞在時間の延長がビールや販売機の売上げを伸ばしている。無論シェフはてんてこ舞いで、二名のフロント社員がヘルプに入る。俺はフロントでチンピラが未成年を連れ込まないように見張る担当だ。家出少女を酔わせてレイプし、動画をネットにあげて稼ぐクズが出没する。警官は道端の酔っ払いやポン引きを見回るのに忙しい。今年はテツの部下を用心棒に借りるべきだろうか――。
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