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【一】水上―新しい生活③

「おはようございます。あ!」 「おはよう。どうしたんだ?」  ホテルのカウンター越しに叫ばれて、脱いだ帽子とマスクを落としてしまった。事務所にいたベッドメイクのパート達も顔を覗かせた。 「うわっ!」 「きゃー!」 「ぎょえ」 「うそ~」 「……だから何なんだ」 「髭がない!」 「なぜ!?」 「わかった。恋人ができたな!」 「うそー?」 「なぜあんたがショック受けるんだよ?」 「ファンとしてショックなだけ」 「そうそう!」  アラフィフのパート連中がドアを開けて詰め寄ってきた。 「社長、恋人はどんな人ですか?」 「恋人じゃない。子犬がじゃれるから剃ったんだ」 「子犬?」 「犬種は?」 「豆柴だそうですよ」  阿部さん、余計なことを!  睨んだが女性フロント社員は涼しい顔をしている。 「名前は?」 「アオちゃんですよね」 「アオちゃん!」 「オス? メス?」 「オスですよね」 「みなさん、仕事が終わったら帰りましょう。阿部さん、フロント社員を明日から出勤させるから指導をお願いするよ」 「見つかったんですか?」 「うん。ルキアのBチームのリーダーに断られたから、バイトをスカウトした」 「Bチームのリーダー!」 「阿部さん、知ってるのか?」 「え、まぁ……」  言葉を濁して目をそらされた。嫌な予感しかしない。 「その人って、若い女や気に入らないババアを虐めて辞めさせてる性悪女でしょ?」 「田中さん!」  フロント社員がパートの口を塞いだ。 「阿部さん、田中さん。俺に詳しく教えてくれるかな?」 「うわ……。怖いけど写真に撮りたいイケメンスマイルでた~」 「氷の微笑」 「エロがないやつ」 「上手い、座布団一枚!」 「さあ、二人以外は帰りましょう。お疲れさまでした」 「はぁい。お先に失礼します」 「「お先しま~す」」  パタン。幸いチェックインまではまだ三十分ほど余裕があるので、事務所でコーヒーを飲みながら話を聞かせてもらおう。 「さて、なぜ君たちが『ルキア』の人間関係を把握しているのかな?」 「社長、あたし達は別に面白おかしく噂してた訳じゃないですよ。Aチームの山本さんとあたしは、以前駅前のホテルで一緒に働いていたんです。彼女、最初Bチームに配属されましたよね。その時に酷い嫌がらせをされたんです。辞めようとした矢先に、Aチームに移れて救われたって言ってました」  同世代の田中さんは、山本さんの良き相談役なのだろう。 「私も二人と飲みに行く仲です。『ルキア』ですぐ人が辞めるのは、その般若のせいだと思いますよ」 「一応彼女にも名前はありますよ、阿部さん」 「社長はどうするおつもりですか」 「……他のBチームのメンバーに聞いてみよう」 「バレないようにお願いしますね。山本さんが危ないから」 「慎重に行うと約束しよう」 「ありがとうございます」 尊敬していると話していた女性が嫌がらせで辞めたら、青羽は悲しむだろう。 「田中さん、話してくれてありがとう。お疲れさまでした」 「お先に失礼します」  パートは神妙な面持ちで去って行った。  「社長、スカウトしたバイトはどんな人ですか?」 「明日連れてくるよ。今日は早めに『ルキア』へ行く」 「わかりました」  パソコンで経営状況を確認後、十七時前にはペントハウスへ着いた。

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