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【二】青羽―フェアプレー①

「日野君。炒飯セット、ツーオーダー入りました~」 「了解!」    透がペントハウスに飛び込んで来てから一週間が経った。  あの日、タクシーで駆けつけた(設定の)俺が『ルキア』のキッチンでふわとろオムライスを魔法のように作った……訳はなく、炒飯と唐揚げセットの無償提供で客をなだめて乗り切った。翌日にはメニューが中華料理に一新して、佐川さんが復帰するまで代打で俺が働くことになった。  ビジホのフロント社員として雇われ『ルキア』を辞めたと聞かされたバイト仲間は、ヘルプの俺を歓迎してくれた。水上社長が炒飯を味見させて、佐川シェフや皆の不安を払拭したからだ。客が緊急事態を好意的に受けとめて、SNSに代替えメニューの感想をアップしてくれたお陰で、新メニューの注文が殺到した。  大きな唐揚げ三個に大盛り炒飯、レタスにプチトマトのワンプレートメニューが五百円。十八時から先着三十皿の限定メニューだが、チェックイン時点でフロントに注文していくカップルが急増した。ラーメンも提案したけれど、手間がかかるからと社長に却下された。バイト連中はどこで修行したのか知りたがったが、店名までは明かしていない。  透の恋人になり、防犯カメラの録画を見せられてからは従業員達を違った視点で捉えるようになっていた。  大奥の女帝よろしくのさばっているBチームのリーダーは、透の頭痛の種だ。確たる証拠がない限り、首には出来ない。要らぬ恨みを買うからだ。それに彼女は透に酷く執心だ。バツイチで三十代前半の彼女はビジネスホテルの正社員ではなく、『ルキア』での勤務を希望している。俺が嫌がらせを受けずにいるのは、男性で、単なるヘルプだからに他ならない。 彼女の視線は蛇のように冷たく俺を見据える。恋人だってバレたらシーツを口に突っ込まれてダストルームに転がされる気がする。   「はい、炒飯セット終了です!」  振り向いたら、ヘルプのフロント社員はいなかった。接客中だろうか。注文が運びきれないときは、清掃チームに内線電話をして頼む決まりだ。電話横にある配膳シフト表を確認すると、今日はAチームの当番だった。壁に設置してあるテレビは、部屋の利用状況を平面図で表示している。赤がチェックイン中、緑が利用可(空室)、青が清掃待ちだ。げ、清掃待ちが十五室もある。しかも画面下に記された待機客が五組。相変わらずの盛況ぶりだ。仕方ない、俺が部屋まで届けよう。  オーダー表は四階の三号室。八角形が特徴の部屋だ。壁に下げられた配膳用ロッカーのマスターキーを首にかけると、お盆に炒飯セットと生ビール二つを載せて従業員用エレベーターに乗った。  顔を合わせずに料理を届けるために、各室のドア横には小さなロッカーが設置してある。鍵を開けてお盆ごと置き、閉じてからドアチャイムで配達を知らせるシステムだ。客は室内から小さな扉を開けて、温かな食事を受けとれる。  ガチャ。 「え……」  消したはずの黒い記憶が、鼻孔から侵入する匂いで蘇る。急いで盆を置き、扉をロックした。震える手でチャイムを押して、その場から走り出す。  忘れろ。忘れろ。忘れろ。  俺は無関係だ。何も知らない。知らんぷりして、透にも黙っていればいい。このホテルの部屋で何が起こっているのか、従業員は知りようがないんだ。そうだよ。俺は早く優しい恋人とベッドで眠りたいんだ……。  優しくて、大きくて、イケメンで少し我が儘で甘えたな俺の恋人。  だが彼はここの経営者だ――。 『青羽に黙っているのは、フェアじゃないと思ったんだ』 鼓膜へ響く、透の声が蘇る。フェア……今の俺は、百八十度真逆の人間だ。よろめきながらキッチンの壁にキーを掛けた。  

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