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【四】青羽―犯人は誰だ?①

 父親が工場の夜勤にでかけると、小学生の俺には深夜のテレビが子守歌だった。隣の部屋に住む大家さんは、すごく同情してくれた。だから奈々と義母が同居するようになって最初は喜んでくれたんだ。けれど俺が第一印象で感じた違和感を大家さんも抱いていたらしく、会う度に声をかけてくれた。 「青羽君。困ったことがあれば、すぐ隣に来るんだよ」    下田親子は、ひと言で言えば『メッキの剥がれたセレブ』だった。  着古した高級ブランドの洋服に靴、高級化粧品をトランクに詰め込んで転がり込んできた女性は、朗らかな声と優美な仕草と綺麗な手をしていた。いそいそと料理を作ったのは最初の数ヶ月だけで、ある日友人を呼んで昼間からラリっていた。嗅ぎ慣れない草が燃える匂いに、下品な笑い声。早番で帰宅した俺の父親は温厚な性格に似つかわしくない怒鳴り声を上げた。 「子ども達の前で馬鹿をするな! 止められないなら出て行け!」 「……大袈裟ね。ちょっと分けてもらっただけよ。もうやらないわよ」 「子ども達の前でやったら、警察に通報するぞ」 「わかったわよ……ケチな男ね」  憤慨しながら友人(後に俺の股間を揉んだ女)とアパートを出て行った。だがトランクと奈々は置いていったから、翌日には戻ってくるのだろう。 「ごめんなさい。お願いします。お母さんとあたしを捨てないでください!」  九歳の娘に土下座させるクズな母親を持つ不幸を、世間は誰も救ってくれない――。  中学生の俺でさえ、自分の父親はマシな人間だと胸を撫で下ろしたものだ。それでも美人に弱いのか、籍も入れずにズルズルと暮らし続けた父親の真意を後に知ることになる――。     新しいリュックを買ってもらい、嬉しそうに泊まりがけの校外学習に出発した奈々は年相応の子供に戻っていた。授業を終えた俺がアパートに近づくと、父親が珍しく外でタバコを吸っていた。口元や目の下に刻まれた皺は、老年の風情さえ醸し出している。  ドア横の小窓から下卑た笑い声が廊下に響いていた。しっ、と人差し指を上げた父親は、俺に隙間から覗くように顎をしゃくった。  部屋の中には義母とその友人、そして友人の息子が下着姿で酒を飲み、違法なタバコを吸っていた。義母の手は若い男の隆起した股間へ伸び、下着の中へ手を潜らせて蠢いている。突然、学ランの詰め襟が窮屈に感じた。 「ちくしょう」  生まれて初めてついた悪態は、壁の向こうには届かなかった。親子で路地を歩き、無人の駐車場で父親に訴えた。 「父さん、あの家を出て行こうよ。あの女は化け物だよ」 「……それはできない。もう少しだけ我慢してくれ」 「なんで。奈々がかわいそうだから?」 「そうじゃない」 「じゃあなんで?」 「……あの親子は色々と役に立つんだよ」 「役に立つ……どういうこと?」 「青羽、俺は、ああいった奴らがどこで葉っぱや薬を手に入れるのか調べてるんだ」 「どうして?」 「生きるためだ」  語気は強かったけれど、父の表情は諦めに満ちていた。父が笑い声を上げたのは、いつだったろう――。  そうだ、死んだ母さんと三人で城趾から市内を眺めて散歩した時だ。駈け出して転んだ俺は痛くて泣きだし、あやすために父さんは俺を持ち上げてクルクル回った。空は青く澄み、父さんと母さんは笑っていた。嬉しくて俺も笑った。どうして忘れていたんだろう。あれが幸福の頂点だなんて認めたくなかったから?

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