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【四】青羽―犯人は誰だ?④
慣れない感触に、チラチラと左手の薬指に視線がいってしまう。こそばゆいような、奇妙な幸福感が湧いてきた。透と俺が出会ったのは、ほんの三週間前だ。寝ている間に指のサイズを測る意味を突っ込めなかった……。
でも透のお母さん、俺と同じ指のサイズなのか。大柄な女性なのかな。今度写真を見せてもらおう。
調理場で着用している白いコックコートは、袖口をまくらなければ時計も隠れる。時計のボタンを一回押して、録画を始めた。音声だけでも手がかりになるのだろうか。十九時を回り、人気メニューの炒飯セットと五目焼きそばの注文が立て込んだ。透がフロントでチェックインの対応をして、皿や盛り付けのセッティングはフロント社員が助っ人してくれた。
「ちょっとBチームを呼ぶわね」
女性社員が壁掛けの内線電話で清掃中の部屋へ電話をかけた。数分後に現れたのは、透を狙っていると聞いていた女性リーダーだった。
「お待たせ~」
相変わらず化粧が濃い。肌は呼吸出来ているのかな。黒眼鏡の太いフレームが重そうだ。
「お願いします」
フロント社員が炒飯セットを二人前載せた盆を渡した。
「あれ、日野君。指輪してる。結婚したの?」
「え、あ、あれ。気づかなかった!」
女性リーダーの言葉に、フロント社員が驚きの声を上げた。
「はい。式はまだですけど……」
「わあ、おめでとう」
「おめでとう。相手はどんな子なの?」
「美形ですね。おれ、面食いなんです」
色々と突っ込まれる前に、一部だけ真実を告げた。
「うわー、日野君がのろけてる~」
「日野君が何だって?」
出勤してきたチャラ泉さんが顔を出した。
「日野君が結婚したんです。相手は美人さんですって!」
「へえ……」
「炒飯セット二人前、チョコパフェと唐揚げセットのオーダーだ」
チャラ泉さんの疑心に満ちた視線を浴びたが、注文を伝えに来た社長の登場で従業員が散っていった。ふう、このまま彼は納得してくれるだろうか。
「日野君が最近格好よくなったのは、奥さんのアドバイスだったのね」
「はい」
「そうか~。実は妹さんがいるから、日野君にアプローチするのやめた娘もいたのよ」
「……妹を養ってるからですか」
「まあ、そうね。貧乏が嫌だって女性は多いわね」
女性が男性を選ぶ基準は、外見プラス経済力なのだろうか。赤毛のヴァイキングは、むしろ身体目当てだ。俺もだから責められないけどね……。
調理場のピークを終えた頃、社長室に呼び出された。
「今夜から非常階段か、ここから自宅へ帰るといい」
「……みんなにバレないかな」
「外で馬鹿が張り込んでいるかもしれないだろう。出勤も非常階段から降りていく方が安全だ」
「うん……そうしようかな」
退勤までチャラ泉さんが調理場に現れる事はなかった。胸を撫で下ろしながらフロントデスク横のタイムカードに打刻し、従業員用の出入り口へ向かった。おっと、非常階段から帰らなきゃ。手前の白い鉄製ドアを開き、一階から駆け上る。六階の踊り場まで辿り着き、誰にも着けられていないか階下を覗き込んで確認した。
キイィ。
五階のドアが開き、慌ててしゃがみ込んだ。アルバイトが階下へ移動するのならいいが、万が一を想定してレコーダーのボタンを押し、左腕を頭上に上げた。音声を拾えるだろうか。
「……本当にやめるつもりなの?」
「ああ。俺には皆を騙して続けるなんて無理だ」
「騙すだなんてそんな……。私だけ置いていくつもりなの。なかった事になんて出来ないわ」
「……」
キイィ。
「待って!」
……今のは、子だくさん鈴木さんと、山本のおばちゃん。何を話していたんだ?
六階の鉄製扉横には、指紋と虹彩認証パネルと0から9の数字が並んだボタンが設置されている。カードキーを落とさないように、ファスナー付きポケットのスラックスを購入しておいて良かった。再び無人の気配を確認してから帰宅した。今夜はチャラ泉さんに絡まれなかったが、先ほどの二人の会話が気にかかる。腕時計には再生ボタンはないから、透に話して伝えるしかない。
書斎のパソコンを起動し、防犯カメラの録画をチェックした。確か、時刻は二十三時十分ごろだった。場所は五階非常階段踊り場。鈴木さんと山本さんが揉めている場面と、六階踊り場で俺が身を潜めている部分を探偵屋のスマホへ送信した。受け取ったテツさんは、音声と照らし合わせるはずだ。透に電話したかったが、緊急案件ではないと判断してメールで報告するに留めた。探偵屋から指示があるなら、透に電話がいくはずだ――。
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