46 / 58

【五】水上―それぞれの思惑①

プルルルル。 「お電話ありがとうございます。ファッションホテル『ルキア』です」 「あの、クリスマスの宿泊プランの予約がしたいんですけど」 「申し訳ございません。ひと月前に全室予約が埋まってしまいました」  クリスマスは来週だぞ。お洒落なラブホをゲットするには遅すぎだろ。彼女に蹴られるぞ!  警察とマトリ、龍青会のお抱え探偵が麻薬密売人を捕まえようと動いている。テツが今泉を尾行したが、青羽に絡んできた山田と会っている様子はなかった。  ブブブブ。 【テツ:引き続き防犯カメラの監視をお願いします。茂山さんが日野君の炒飯セットと豚骨ラーメンが食べたいそうです。明日、二十四時過ぎに伺います】  チッ。スマホのメッセージに舌打ちした。なんだって茂山副社長は青羽に執心する。奴はバイじゃないだろう?  プルルルル。 「お電話ありがとうございます。ファッションホテル『ルキア』です」 「こちらは○○市立病院の救急センターです。『日野青羽』さんはいらっしゃいますか」 「少々お待ちください」  内線電話で自宅の青羽を呼び出した。嫌な予感がする。館内点検から戻った社員にフロントを任せて、ペントハウスへと急いだ。  ガチャリ。 「青羽」 「透……奈々が切迫早産で入院した」 「切迫早産?」 「義妹は、妊娠八ヶ月だったんだ」 「!」    挨拶に来た医者と義妹の言葉を鵜呑みにして、出産は夏頃と思い込んでいた青羽。愛人生活といい、出産時期のごまかしといい、彼に事実を隠して何の得があるというのか。不信感を募らせるだけだろうに……。車の助手席の青羽は、青い顔でフロントガラスを見つめている。他人とは言え、人情に厚い彼は義妹を放っておけないのだろう。一時間弱の道のりは、無理に会話をせず物思いに耽らせておいた。憂いを帯びている青羽は出会った頃を彷彿とさせるが、寂寥感はない。彼の右手を持ち上げて甲に口づけると、頬を染めながら小さな笑みを向けてきた。全てが片付いたら、破顔へと変わるのだろうか。    コンコン。ガチャリ。 「奈々!」 「青羽兄ちゃん……。なんだかお洒落になったね」  老舗百貨店で選んだダウンコートとスリムジーンズは、若々しい青羽の魅力を最大限に引き立てている。点滴を受けて横たわる義妹は、一緒に病室に現れた俺に瞠目した。 「奈々。この人はその……」 「知ってるよ。お兄ちゃんの恋人でしょ。アパートの窓から見たことあるよ」  ノロノロと起き上がる彼女のお腹は、思ったより膨らんでいた。 「はじめまして、水上です」 「はじめまして」 「奈々、身体は大丈夫なのか?」 「あたし、愛人に狙われてるの。マンションの側で突き倒されたの」 「愛人! 誰だそれは?」 「あたしと同じ、先生に囲われてる子だよ。その子も妊娠中なんだ」 「その人はどうした?」 「走って逃げたよ。お腹が痛くなったから、管理人さんが救急車を呼んでくれたんだ」  コンコン。ガチャリ。 「失礼します。主治医からご家族に説明があります。診察室へどうぞ」 「いっておいで」 「う、うん……」  安心させる笑みを浮かべて、青羽を送り出した。さて、この頭痛の種をどうしたものか。 「君は妻帯者の子供を出産して、それからどうするつもりなんだ?」 「どうって……きちんと育てるつもりだよ」 「単刀直入に言おう。あの男は黒い噂が耐えない。子供と遠くへ行くなら費用は用意しよう。だが、青羽とは縁を切れ。あんたは赤の他人だろ」 「……そんなの分かってる。だからあたしを養ってくれる人の所へ行ったんだ。なのに出て行けっての。無理だよ、一人じゃ育てらんないよ!」  じゃあ何故、妊娠した? 浅はかな行動に吐き気がした。青羽が高校へも行かずに働いていたのは、こんな自己中な女を養うためなのか。責め立てたところで埓が明かない。金を渡して追っ払おう。 「……愛人の名前と住所を教えろ。あんたに手を出さないように言い聞かせておこう。だが二度と青羽を利用するな」 「青羽兄ちゃんは、あなたが冷たい人だって知ってるの?」 「冷たい? いいや、俺はこの世で一番彼に優しい男だ。お前にとやかく言われる筋合いはない」  会話は終わりだ、と視線で伝えた。ドス黒い男と地獄谷でも楽園にでもいくがいい。  無言の時間が過ぎて、青羽が戻ってきた。 「一週間様子を見て、点滴で陣痛が治まったら退院だって。なにか食べたいものはあるか?」 「ううん……お兄ちゃん、また来てくれる?」 「五十嵐さんはどうしてる?」 「仕事が忙しいんだって」 「……別れるつもりはないのか?」 「ないよ。一人じゃ赤ちゃんと生きていけないもん」 「彼を愛しているのか」 「青羽兄ちゃん、馬鹿だね。愛って、お金で買えるんだよ。だから子供も産むよ」  まるで半世紀を生きた口ぶりだ。早く大人にならざるを得なかった少女の過酷な人生が垣間見えた。だが同情は禁物だ。 「産んだ後でも、資格を取って子供を養えるんだぞ。どうしても、その男の側にいたいのか?」 「うん。ごめんね」 「突き飛ばした女はテツに任せよう。二度と近寄るなと彼が言い聞かせてくれるよ」 「ありがとう、透。奈々、二、三日中に来るよ」 「うん」  青羽の背後から睨んだが、知らんぷりを決め込む若い女の厚顔さに呆れた。怯えもせずに俺にまで笑いかけやがった。青羽はどこまでお人好しなのか……。

ともだちにシェアしよう!