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【五】水上―それぞれの思惑②
「透、もしも奈々があの医者に捨てられたら、虎爺さんに預かってもらおうかと思うんだ」
助手席に座る青羽の口調には、決意が込められていた。
「虎爺さんに俺も会って見たいな」
「ここから三十分の場所だよ。泉 岳 の手前に住んでるんだ」
「行ってみよう」
青羽が電話すると、意外な事実が判明した。
「いま虎爺さんの所へ、テツさんが会いに来てるんだって」
「テツが……」
青い龍神は、探偵屋にどんな伝言を届けさせたのだろうか――。
I市の西に位置する標高一千メートルの泉岳は登山やキャンプ、野外活動にスキー、温泉施設も備えた憩いの場だ。あの賑やかな繁華街で中華料理店を生業にしていた爺さんが、こんな田舎に隠居しちまったのか?
舗装道路を走ること三十分。山里の積雪は十センチほどだが、冷たい空気が頬を刺した。シープスキンのコートが辛うじて寒さをしのいでくれた。静寂に包まれた山林の砂利道を進むと大きなログハウスが現れた。真新しいそれはカフェレストラン向きのオープンスペースと、大きな調理場を備えていた。
「ここで店を開くつもりなのか……」
「事件が解決しなきゃ、無理じゃろうな」
テラスからガラス越しに室内を覗いていると、しわがれた声が背後から響いた。
「虎爺さん!」
「青羽。久しぶりじゃのう」
白髪の好々爺は、背筋もピンとして元気そうだ。青羽が勢いよく彼に抱きついて、晴天の空に笑い声が響いた。
「お久しぶりです」
「おお、分町ホテルの社長さんか。相変わらずダンディーじゃの」
「イケメンでずるいよな」
恋人が見当違いな嫉妬発言をしている。
「こんにちは。水上社長、日野君」
「テツさん、こんにちは」
青羽はすっかり探偵屋と打ち解けている。ログハウスの居間でコーヒーを飲みながら、青羽が奈々の切迫早産の理由や新たに判明した愛人について伝えた。
「テツ、その愛人を脅しといてくれ」
「水上社長、あの医者の妻は不妊治療に失敗しました。夫婦はある看護師に体外受精で『男の赤ん坊』を産まないかと持ちかけていましたよ。報酬は一千万円。看護師は断って退職しました」
「それで若い女を騙して囲ったのか。いや、騙してはいないな」
「それにしても、『男の赤ん坊』限定かよ」
「跡取りが欲しいんじゃろ」
「女の子だったらどうなるの?」
青羽の質問に、探偵屋は肩をすくめながら答える。
「養子に出されるかもしれませんね」
「お腹の子は、どっちじゃ?」
「動揺して、聞くのを忘れていたよ」
「動揺……他に何かありましたか」
テツの目が光る。
「子供のために資格を取って自立しろと諭しても、あの女は聞きやしない」
つい吐き捨てる口調になってしまった。
「愛情は金で買えるって……母親と同じ事を言ってた」
「悪い見本が側にいたもんじゃな。反面教師にはできんかったか」
「虎爺さん。奈々が医者と別れたら、ここで預かって欲しいんだ」
「義妹は来ないよ」
「何故?」
「青羽、義妹の服装を見たろう。ネグリジェまでブランド品だ。スリッパ、バッグ、爪だってギラギラだった。田舎暮らしにすぐ飽きるさ」
「ネイルアートですよ、社長」
「ビー玉がくっついてたぞ」
「あれはパールやビーズです」
「マッチョな傭兵がネイルに詳しいぞ……」
「青羽、感心するところじゃないだろ」
「料理には邪魔じゃな」
「あの病院の関係者を、ここに置くことは上が許しません。指示を待ってください」
「上って……組長がなんで?」
青羽の顔から血の気が引いていく。向かい側に座る虎爺さんが諭した。
「青羽、わしが情報屋の伝言役だったのは知ってるな」
「うん」
「奈々を囲ってる男は青龍神 の敵なんじゃよ。だから奈々は諦めなさい」
「とにかく、指示があるまで待ってください。それよりも、丁度ここにお二人が来たことですし、計画を進めましょう」
「計画?」
「はい。虎爺さんは『ルキア』の臨時料理人に就任します」
「!」
「虎爺さんが調理場に入れば、日野君がベッドメイクに入って違った角度から怪しい動きがないか見張れる。じつはクリスマスに大きなプレゼントが海外から届くというタレコミが入りました。警察もマトリもそちらに人員を割かれてまして、ホテルは後回しにされそうです」
「なんだって?」
カッとして怒鳴ってしまった。俺のホテルは野放しか。
「まあまあ。だから虎爺さんに来てもらうんですよ。怪しいチンピラや詐欺師を見抜く眼が側にあれば、水上社長も安心でしょう?」
「あんたは青羽の男か」
「虎爺さん!」
青羽が真っ赤になって叫んだが、爺さんはどこ吹く風だ。
「なかなか会いに来ないと思ってたら、こんな伊達男に捕まってたのか。繁華街をうろちょろしちゃいかん、と言っておったじゃろうに」
「透は真面目な人間だよ」
「青羽、コーヒーのおかわりを入れてくれんかの」
「うん……」
年長者の言葉に、青羽は数メートル離れた調理場に姿を消した。
「ご協力に感謝します」
改めて頭を下げた。
「青羽があんなに幸せそうに笑っているのを初めて見たからじゃ」
「虎爺さんは、あなた方に会ってから決めると返事を保留していたんです」
「ただの遊びなら、青羽をここに置いていけと言うつもりだったんじゃ。だが、そうもいかないようだからな。山田は根性の腐った犯罪者だ。青羽を食いもんにするきじゃ。捕まえてもらわんと夜も眠れない」
「山田が青羽に固執する理由は?」
「奴は青羽だけを狙っている訳じゃない。弱い人間を利用するハイエナじゃ」
「青羽は弱い人間じゃないし、山田は虫けらだ」
「害虫駆除をお望みでしたでしょ。正に千載一遇のチャンスですよ」
テツが会話をまとめてしまった。言葉通りに上手く事が運ぶといいが――。
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