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【六】青羽―交換条件②

 俺を男性相手の風俗店にスカウトしているのか? 「昔、母親より年上の女の人は範疇外だと断っただけです。俺の結婚相手は二十代ですよ」  ドヤ顔で左手を掲げたら、チャラ泉さんがニヤニヤ笑いを消して去って行った。これで絡むのを止めてくれるといいけど。調理場に戻ると、虎爺さんが炒飯を炒めていた。 「青羽、唐揚げを揚げてくれ」 「はい」  それから十五分ほどして高木君が鍵を返却してきた。 「すいません、剥がしに夢中になっちゃって」  ふと、汚れたシーツを背負って運んだ日々を思い出した。汗だくの俺が赤毛のヴァイキングにキスされたのは、ほんの数週間前のことだ。 「あら、高木君。働き者ね~」  女性社員は赤毛の外人イケメンより、純和風爽やかイケメンが好みらしい。キャッキャと言葉を交わしている。高木君が去った後、さりげなく彼女へ質問をした。 「けっこう鍵を返し忘れる人はいますか?」 「みんな清掃が優先になっちゃうからね~。あ、今泉さんは面倒くさがって、なかなか返してこないわね」 「ほいよ、炒飯セットあがったよ」 「はーい。私が行くわね」 「お願いします」  ホテルのマスターキーは、社長の経営方針で社員以外は携帯してはいけない。配膳ロッカーのマスターキーもしかりで、客のプライバシーを守る観点からヘルプが終われば、速やかに返却するのが決まりだ。それが守られていない……。社長は把握しているのか?   『小さな規律の乱れは、やがて土台の大きなひび割れに繋がる。それを食い止める為に防犯カメラを設置したのに、害虫を発見してしまった』  透の言葉が蘇る。何だろう、何かが引っかかる。まずは帰宅したら書斎のパソコンでチェックしよう……。    カチャカチャ。カチャカチャ。  「やっぱりおかしい……」  今日の今日まで、なぜ気づかなかったのか。  ――理由は明白だ。俺はこの『ルキア』に勤務してひと月にも満たないし、ホテル業務を把握してる訳じゃない。そして、調理の仕事を捌くのに精一杯で、チャラ泉さんの言動を追う余裕がなかった。透はホテル従業員の全員をリアルタイムでチェックしている。堂々と振る舞われれば、犯罪を犯しているとAIでも感知できない。そして、もうひとつの可能性。もし非常階段での二人……子だくさん鈴木さんと山本のおばちゃんがグルだったら?  カチャカチャ。カチャカチャ。  調理場に貼ってあるローテーション表をパソコンで開き、当てはまる曜日とカレンダー、従業員出勤予定表を照らし合わせる。そう、この曜日にチャラ泉さんが出勤している。子だくさん鈴木さん、山本のおばちゃん、高木君もいる。そしてAチームはなぜか、チャラ泉さんが率先して配膳のヘルプに入っていた。【ABC】三チームのローテーションだと週に二日~三日。そうだ、たしか彼はレストランのウエイターだったと山本のおばちゃんが話していたっけ。だから自ずとチャラ泉さんの出番が増えたのか……。いや、そもそも本当にレストランのウエイターだったのか?  テツさんへ連絡してみよう。【山田】の知り合いなら、職歴詐称もありうる。だが、所詮はWワークのアルバイトだ。近頃では履歴書さえ不要のバイトが溢れている。透が追及したら、雲隠れすること百パーセント案件だ。  もうすぐ二十三時三十分。透が虎爺さんをテツさんの実家へ送っている頃だ。たしか常禅寺通りを渡って直ぐの雑居ビルだから、往復でも二十分はかからない。スマホアプリを開くとメッセージが届いていた。 【水上:テツのオヤジさん達と宴会になった。先に寝ていてくれ】  迷った末、メッセージを送った。 【青羽:了解。帰り道気をつけて】  非常階段で俺がチャラ泉さんに絡まれた画像を探しだして探偵屋へ送った。俺の腕時計から送信される音声と照らし合わせれば説明も要らない。さきほど思いついた考えを打ち込んだ。荒唐無稽なら返事も来ないだろう。  プルルルル。 「わっ」  ディスプレイに探偵屋の名が浮かび上がった。 「もしもし」 「やあ、日野君。どうだい、うちの会社で働かないか?」 「社長が拗ねるので止めておきます」 「そうか、残念だな。じゃあ、ひとつだけお手伝いしてくれたら、奈々さんを囲っている医者の情報を教えるよ」 「奈々の……それは悪い情報ですか」 「吉報なら交換条件にはしないだろうね」 「……」 「どうする。期限は一時間だよ。水上社長は君の義妹を酷く嫌っているから、情報を聞いても知らんぷりするだろうな」 「……わかりました。俺はなにをすればいいですか」 「明日『ルキア』で売買がある。君に現場を撮影してもらいたいんだ。無論、水上社長には内緒だ。彼は君が危険な目に遭うのを反対してるからね。でも、録画が証拠になって犯人が捕まれば、彼も義妹も幸せになれるんだ」 「……わかりました」 「それじゃ、時間と手順を説明するよ。君の推測は当たっているよ。売人は今泉で確定だ」 「あの医者はどうなりますか」  期限をつけるなら、悪い情報は差し迫った事柄のはず。 「未明に警察が医者を麻薬横流し容疑で逮捕し、その後マルサが病院に入る。奴は終わりだよ、日野君」 「そんな……奈々はどうなりますか」 「罪人の子を一人で産む羽目になる。奴が義妹の存在を黙秘すれば、逮捕はされないかもしれない」 「奈々がどうして逮捕されるんだ?」 「日野君。いくら医者が儲かるとはいえ、愛人を二人も囲うなんて脱税しない限り無理さ。義妹は恐らくマンションで隠し財産を守ってたんじゃないかな」 「奈々を遠くへやらないと……」 「君が協力するなら、青い龍神(ブルードラゴン)が彼女を県外の病院へ移動させるよ。赤ちゃんが無事生まれるまで、ゆっくり過ごすといい。ただし、義妹は繁華街には入れない」 「よろしくお願いします」  敵対勢力が何者なのかは知らない。だが、奈々がこの街で生きられないのは分かっている。透と奈々……。  俺がやるしかないだろう。

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