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番外1 告白の日

 今日は卒業式。そして、凪に告白をすると約束した日だ。  卒業生代表の言葉を任されていたが、朝から考えていたのは告白のことばかり。そのせいで挨拶中に凪のことを見て、うっかり口から告白の言葉が出してしまいそうになった。他の人たちには気付かれていなかったが、凪だけは慌てて視線を逸らした太河のことを見て苦笑を浮かべていた。  その後の卒業式も問題なく終わり、ついに待ちに待った時間。  告白の場所は未だに悩んでいた。  二人で話した生徒指導室、凪の姿を見続けた教室、体育祭の時に好きだと告げたあの場所……どれも凪との思い出が詰まっていてなかなか決めきれない。  そんなことを考えながら太河は凪の元へ向かったのだが、そこでは予想外のことが起きていた。 「須藤先生、俺とも写真撮ってください!」 「須藤先生、卒業アルバムにメッセージ書いて!」 「あ、凪っちこっちにも来てー!」 「……」  凪の周りに生徒が溢れている。しかも、どさくさに紛れて『凪っち』なんて呼び方をしている奴までいる始末だ。  どうしてこんなことになっているのか。理由は決まっている。凪が人気だから。  赴任当初はクールなイメージの強かった凪だが、この一年で生徒たちからかなり好かれるようになっていた。それはきっと何度も補習をしているうちに教え方の上手さや親しみやすさにみんな気付いたからだろう。  太河の本心としては生徒たちに囲まれている凪を連れ出して告白したい。しかし、教え子が無事に全員卒業できたということで凪本人もとても嬉しそうに笑っている。  ……さすがに連れ出せない。 「太河、そんなところに突っ立って何してんだ? 暇してるなら最後にバスケしねぇ?」  話しかけてきたのはこの三年間よく一緒にバスケをしていたクラスメイトだ。太河は大学へ進学、彼は地元企業へ就職することになっている。そうなれば、今後一緒にバスケすることもないだろう。  ちらりと凪のほうを見ると彼は相変わらず大勢の生徒に囲まれており、しばらく終わりそうになかった。 「そうだな、最後にちょっとやるか」 「よっしゃ! 人集めてくるわ!」  軽くバスケをやって、終わったらきっと凪も暇になっているはず。そうしたら……やっと告白できる。  しかし、太河の予想は大きく外れた。  凪が消えたのだ。  生徒たちに囲まれていた場所にも、職員室にもいない。まさかこんな早く帰ってしまった、なんてことはないだろう。  魂が半分ほど抜け落ちてしまったかのような気分だったが、気付けば職員室に残っていた教師に声をかけていた。 「あの……須藤先生は……」 「ん? 須藤先生なら飲みに行ったぞ。俺たちもそのうち行くから佐伯も早く帰れよ」 「……はい」  ……この学校の先生たちは飲み会好きなのか!?  それとも朝から気合い入れすぎていたせいでまたジンクス発動した!?  こんなことならさっき生徒の中から無理やりにでも引っ張り出せば良かったのかもしれない。さすがに飲み会からじゃ連れ出すことはできない。 「はぁ……明日、かな……」  そうだ、明日でも大丈夫。むしろ明日のほうが二人きりで何も邪魔されることなくちゃんと告白できる可能性が高いじゃないか。  今日学校でしていたら生徒や先生に見られていたかもしれないし、何かしらの妨害が入っていたかもしれない。それこそ太河の謎ジンクスが張り切ってしまう場面だ。  どうにか自分を納得させるが、やはり気持ちは完全には晴れないままだった。 『家、来て』  そのメッセージは夜、突然届いた。送り主は凪。  すぐに何かあったのかと返信をしてみるが既読にならない。それだけでなく電話にも出ないのだ。  こんな簡潔なメッセージだけでそのあとの連絡が途絶えるなんて、もしかして家で倒れでもしたのではないかと太河は急いで凪のアパートへと向かった。  まだ冷たい風が吹く三月の夜の中を走り抜け、あともう少しで着く、というところでよく見知った二つの人影が視界に飛び込んできた。  この光景……似たようなものを約一年前にも見た気がする。ただ、今回のほうが前回よりも密着度が高い。ぱっと見だけでは抱き合っているんじゃないかと勘違いしてしまいそうだ。  実際は近寄ってみると一人の人物はほぼ目が開いておらず、完全に支えられている状態だった。 「あ、やっぱ佐伯だったんだ」 「やっぱ……? それより、石水先生……須藤先生は大丈夫ですか?」 「あぁ。ここからは先はお前に任せるよ」  石水に寄りかかっていた凪を受け取ると彼の身体は熱を帯び、太河に体重を預けてきた。近付くと薄く開いた唇から漏れる吐息が首筋にかかり、ドキドキと鼓動が早まっていく。  やけに色っぽく見えるけど……飲んでいただけ……なんだよな……? 「えっと……」 「フッ……須藤先生、惚気てたぞ」 「え?」 「このあと告白されるかもって。他の先生たちはもう一軒行ったけど、好きな人に連絡したから帰るって言って先に抜けたんだ。ふらふらしてたから一応ついてきたけど、案の定途中で力尽きて今ってこと」  身体も思考も一瞬カチンッと固まる。まさか、凪が惚気ていたなんて。そんな夢や妄想みたいなことが現実にあっていいのか。しかし、言っているのは教師である石水だ。彼がここで嘘をつく理由は何もない。 「じゃあ、あとのことは任せたぞ。ちゃんと介抱してやれよ」  呆然とする太河を他所に石水は笑いながら太河の肩を叩いて去っていった。  二人きりになった静かな路地。周りに人はおらず、時折街灯が小さくカチカチと点滅を繰り返す音が聞こえてくる。  朝からずっと二人きりになれるのを待っていた。凪が学校からいなくなった時、それを願っているのは自分だけなのかと思って気持ちが沈んだ。しかし、それは違った。  凪が告白されることを楽しみにしている。  太河のことを好きな人と言ってくれたんだ。 「ん~……」  凪の小さな呻き声にハッと我に返る。  横を見ると会った時はまだ少し起きているような気もしたが、今は完全に眠りに落ちていた。このままでは引きずって帰ることになってしまう。  それは太河も凪も大変だ。それならいっそ……。 「よいしょっと……」  思ったより軽い……。  小さい頃、自分でも凪のことを背負えると言って彼をおんぶしたことがある。もちろんその時は背負えず、無様に倒れた。あの頃は確か凪が中学生、自分が小学生だ。凪が成長期で一気に背が伸び、開いた身長差が悔しくて「背負える!」なんて豪語したが見事惨敗。凪は「無理すんなー」と背中に乗りながら笑っていた。  あれ以来、凪を背負ったことはなかったが、こんなにも簡単に背負えるようになっていたんだ。  ……いや、それにしても軽すぎるような。身長は太河とそこまで変わらないのに下手したら10キロくらい違うんじゃないか?  彼に筋肉があるのは知っているが、こんなに軽いとちゃんと食べているのかどうか心配になってきてしまう。クラス全員の受験と就職を見守ってきたのだから当然忙しかっただろうし。 「んぅっ……たい……」 「凪?」  小さな声とぶるっと震えた身体に彼が起きたのかと思ったが、ただの寝言だったようだ。お酒で身体が熱くなっているとはいえ今はまだ三月。昼間は暖かくても夜の風は冷たく、太河は早めに帰ろうと凪を背負ったまま歩き出した。  少し歩くと背中からきゅっと抱きしめられ、歩みを緩める。今度こそ起きたのかと思ったが、彼は無意識に抱き着いてきたようだ。その証拠に気持ちよさそうな寝息が繰り返し耳にかかっている。 「……ずるいな、凪は」  自分だけが凪のことを好きすぎるんだと思っていた。だけど、凪も想像以上に太河のことを好きなのかも。  石水に教えられた凪の惚気話は思い出すだけで口角が上がり、卒業式の直後に告白できなかった悔しさはもうほとんど残っていなかった。 「凪、帰ったら……いや、明日かな……ちゃんと言わせてね」  ◆  アパートに着き、凪をそのまま寝かせようとベッドに身体を置いた瞬間、彼はぱちっと目を覚ました。身体を起こしてじーっと太河のことを見つめてくる。 「たい……」 「起きるの?」 「……寝る」  ベッドにそのまま身を横たえる、のならば良かった。どういうわけか凪はその場に立ち上がったのだ。今しがた寝ると言ったばかりなのに。そしてスーツのジャケットを脱ぎ始めた。  ここまでは別に普通の行動だ。スーツが皺になってしまうから。  靴下。  OK。  ズボン。  ……まぁ、良い。  ワイシャツ。  ……うん。  インナー。  ……。 「なんで脱ぐの!?」 「うるさい。寝るから脱ぐ」  そういった凪はインナーを脱ぎ捨てそのままボクサーパンツに手をかけていた。浮き上がった腰骨が見え、鼠径部のくぼみが僅かに露になる。彼の親指が白い肌と黒い布地の間に入り込み、その布を少しずつ下げていき……。  いや、ダメだって! 「ストップ! パンツは脱がないで! そのままでいいから寝て!」 「……じゃあお前も脱げ」 「なんで!?」 「寝るから」  いつもよりも酔っ払い方がひどい……いつから凪に露出狂なんて特性が追加されたんだ……。  凪の行動に途方に暮れているとあっという間に太河の上半身は裸に剥かれてしまった。その動きは色気があるものなんかではまったくなく、まるで大人が子どもを着替えさせるようなものだ。  どうして酔っ払っているのに行動は早いし、正確なんだ。 「下も」 「ま、待って、だめ、それはだめだって」  パンイチは本当にまずい。いろいろと隠せなくなる。  じりじりと後退りをすると凪が顔を下に向けた。その視線が何処を見ているのかはわからない。とにかく今のうちに距離を取ろうとすると彼はパッと顔を上げた。その瞳は潤み、頬は紅潮し、眉尻を下げて今にでも泣きそうな顔をしている。  その顔は反則だって……。  ぐっと一瞬踏みとどまった瞬間、凪の手が太河の手首を掴んだ。 「じゃあいい。こっちこい」 「えっ? うわぁっ!?」  この身体の何処にそんな力があるんだと思うような馬鹿力で引っ張られ、そのままベッドに押し倒される。  その瞬間、同級生の不良生徒が『寝技が得意』とか冗談を言っていたのを思い出した。今、その生徒に言ってやりたい。  本当に寝技が得意なのは須藤先生だよ……。  そうこうしているうちに凪は自分の寝心地の良い場所を見つけたのか、太河の腕を枕にし、胸の中にすっぽりと収まった。 「あのー……須藤先生……これは本当にまずくてですね……」 「何言ってんだ。もう俺はお前の先生卒業した。早く告白しろばか太河」  横暴すぎない!?  しかも今告白したら絶対忘れるよね!? 「……明日、します」 「今日は?」 「忘れちゃうでしょ」 「忘れても何度でもすれば良いだろ」  この酔っ払いは本当に……。 「キスするよ」 「それはだめ」 「なんで!?」 「秘密」  悪戯っぽい笑みを浮かべながら凪は太河にぎゅっと抱き着いた。このやり取りで少し汗ばんだ素肌が触れ合うが、それは不快だなんて全く思わず、より一層身体の熱を高めてくる。  煩く鳴る心臓とは別の場所にもどくどくと血液の流れを感じ、じわりとこめかみに汗が浮かぶ。この状況で唯一幸いだったのは凪の足癖が悪くなかったことだ。彼に気付かれないように太河はそっと下半身を凪の身体から離し、あくまでも平静さを装って腕の中の彼に話しかける。 「凪、告白もキスも明日する。だから、今日は寝よ?」 「んー……うん……」  先ほどまでの騒動が嘘だったかのように凪はスッと眠りに落ちた。すやすやと眠る姿はまるで悪戯っ子の小悪魔が天使に戻ったかのようだ。  そういえば、昔から凪は太河と一緒に眠る時は寝付きがとても良かった。太河の子供らしい高めの体温が理由かと思っていたが、この様子を見るに理由はそれだけではないのかもしれない。  規則正しく肩を上下させながら眠る凪とは対照的に太河は全くもって眠れる気がしなかった。  なによりもまずは落ち着けなければいけない。下半身を。  ズボンを剥ぎ取られなくて本当に良かった。硬い生地によって非常に窮屈な思いをしているが、それでも凪に見つかることを阻止してくれたのだ。  脳内で円周率を唱えて元気になってしまった息子をなんとか落ち着かせようとするが、横で大人しく寝ている凪がまたもやそれを妨害してくる。  確かに大人しく寝ている。それは規則正しく。  凪という存在そのものが太河のことを煽ってきているんだ。  薄く開いた唇から漏れる吐息が胸元にかかり、時折その唇からは小さく掠れた声が零れ、まるで喘ぎ声のようにも聞こえてしまう。それだけでなく、視線を下げればパンツしか身につけていないしなやかな身体。隙間から見える薄く色付いた胸や浮き出た肩甲骨も全てが煽情的だった。  こんなのを腕に抱いて落ち着けってほうが無理だろ……。  ご褒美なのか拷問なのかわからない時間が過ぎていき、太河が眠りに落ちたのは空が白み始める頃だった。  ◆  チュンチュンと小鳥の囀りと共にカーテンの隙間から朝日が差し込む。  久しぶりにぐっすりと眠れたような気がする。ここ数か月は生徒たちの受験や就職関係、他にもいろんな心配ごとばかりで満足に眠ることができていなかった。  思考が徐々に覚醒していき、次いで身体も眠りから現実へと感覚が戻ってくる。 「ん……?」  何か、おかしい。  パッと目を開けた瞬間、飛び込んできたのは素肌。もちろん、自分のではない。そして、顔を上げれば見慣れた顔。一瞬、一年前にタイムスリップしたんじゃないかと思ったが、その時と決定的に違うのは凪がパンイチで太河は上半身裸だということだ。  もしかして……ヤっちゃった!?  けど、身体は痛くない……?  実際にヤったことはないけど、身体には負担がかかると何処かで聞いたことがある。ということはヤってはいない?だけど、だったらなんで二人して服を着ていないんだ?太河が脱がせた?え、もしかして粗相した??  声が出せないまま心の中だけで大パニックになっていると太河が僅かに身じろぎをし、それだけでビクッと身体が跳ねてしまう。  このままこうしているのも心臓に悪い……とりあえず出るか……。  太河のことは起こさないようにそっと腕の中から出ようとするが、凪が少し動いただけで太河はすぐに目を覚ました。 「あ……」 「須藤先生、昨日のこと、覚えてる?」  やばい、太河、怒ってる……?  先生呼びしてきてるし……。 「……ノーコメント」 「忘れてるでしょ」 「……」  太河の顔が近付いてくる。  自分が昨日どんな発言をしてしまったのか覚えていない。起きたらキスをする、なんて約束をしてしまったのかもしれない。もしかしたらもうすでに告白も済んでいて恋人同士になっていたりして……それを覚えていなかったら申し訳なさすぎる……。  内心びくびくしていると太河の額が凪の額にこつっと当たった。至近距離で彼に見つめられ、気まずげに視線を落とす。 「凪、早く告白しろって言ってた」 「……うん」  それは本心が駄々洩れになった言葉だ。否定しようがない。  昨日は朝から太河が告白してきてくれるのを心待ちにしていた。何処でしてくれるのか、どのタイミングでしてくれるのか、何て言ってくれるのか。いろいろ考えていた。  まさかあそこまで引っ張りだこになったうえに太河を見つける前に飲み会に連れ出されるとは思いもしなかった。  ……石水にも何か言ってしまったような気がするけど、今は一旦忘れておこう。 「けど、キスは嫌だって……なんで?」 「それは……軽いやつ、なら……いい……」 「昔みたいのが嫌ってこと?」 「……まだ、だめ」  小さな声で答えると太河がくすりと笑うのが聞こえた。  こんなはっきりとしない答えで彼は許してくれたんだろうか。 「わかった。少しずつ進めていこう」  その言葉にホッと息を吐きだす。すると、太河がくっつけていた額を離し、両手で凪の両頬を包み込んだ。それは、卒業したら告白をすると誓ったときにもやっていた。彼の両手の温かさが頬から伝わってくる。 「凪、大好きです。俺と付き合ってください」  ずっと言われると思っていたし、待ち望んでいた言葉。改めて言われると心臓がバクバクと煩い音を鳴らし、顔が熱くなっていく。そして確信した。彼は昨日、凪が酔っ払っている時に告白はしていない。酔いが覚めるのを待っていてくれていたんだ。  ごくっと唾を飲み込み、太河のことをしっかりと見つめ返す。 「俺も、太河のことが好きだよ。付き合おう」  やっと、言えた。  言いたくて、我慢して、そして、ついに言えた。  じわりと瞳に熱いものが込み上げそうになる。太河はそれを察したかのようににこりと微笑み、凪の額にちゅっと口付けをした。そして、その唇は瞼、鼻先に触れ、最後に唇同士が重なる。ほんの僅かに触れ合うだけの口付け。  凪の言いつけを太河は忠犬のように守ったのだ。そして、彼は微笑んだあとおどけたように言葉を続けた。 「あ、もっとおしゃれなところですれば良かったかな」 「……ばーか、もう遅いよ」 「えー、けど昨日の凪は告白は何度しても良いって言ってたよ? 今度から酔っ払ってる時の凪の発言は録音しておこうかな」 「……」  ……今度から酔ってる時に変なこと言わないように気を付けよう。  そう心に誓いながら、今後も太河とずっと一緒にいることを想像すると心が満たされていく。  小さな頃からずっと一緒にいた。それは幼馴染として。だけど、これからは恋人として一緒に思い出を作っていくんだ。  幼馴染としての十数年、教師と生徒としての一年、そして、恋人としてのこれから。大変なこともあるかもしれない。だけど、太河とならきっと乗り越えていける。その第一歩。まず最初に二人でしたいのは……。  凪は太河の両頬を両手で包み込み、自身からも触れるだけの軽いキスを彼に返し、笑みを浮かべた。 「太河、おしゃれなとこにデートしに行こう」

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