26 / 35
13-1 居場所
◆
実家に帰ると、レンは珍しく父親と鉢合わせた。
「………帰ったのか」
その声を聴いただけで、レンの気分は最低にまで落ち込んでいく。
ギロリと隻眼の赤い目で見つめてくる父親は、杖をついて足を引きずっている。
レンはその足を見て目を伏せた。
「……」
「おい、何か言ったらどうだ」
返事もせずに横を通り過ぎようとすると、呆れたようにため息混じりのしゃがれ声がした。
「……っせーな」
レンはイライラして鋭いギザ歯を剥き出しにした。
「生徒会に入ったそうだな」
「……だからなんだよ」
レンの父は再び大きなため息を吐いた。
「何を考えているのか知らんが、また問題を起こしていないだろうな。一体誰が後処理をしていると思っている」
「……久々に会ったと思ったら、それかよ」
レンは吐き捨てるように言うと、ポケットに手を突っ込みながら、大股で自室へ向かった。途中、使用人に上着を預けるのも雑になってしまう。
「いいか、お前はサメ獣人の中でも、百年ぶりのホホジロザメなんだ。それ相応の振る舞いを……」
「うっせえよ」
口を開けば、体裁のことばかり。
うんざりしながら階段を登っていると、階上からこちらを見下ろしてくる男たちがいた。
「……」
無言でこちらを見下ろしてくるのは、長男と次男だ。二人は忌々しそうにレンを見て顔を見合わせる。
「見てんじゃねえよ」
ついガッと白いギザ歯を剥くと、びくりとしてさっさと二人は引っ込んでいく。
レンは胸に黒煙のように渦巻く胸糞悪さを覚えながら、音も荒く階段を登る。
――家族たちと顔を合わせるといつもこれだ。
レンは自室に戻るとまっさきに、机の上に置いてある真珠のように光輝くほら貝を手に取った。
オルキウスからもらった、聴きたい音が聴こえる女神のオルゴール。
耳に当ててみると、静かに音が鳴りだす。
そこから聞こえてくるのは、美しい子守唄だった。
今世では初めて聴くその唄に、レンはなんだか無性に泣きたい気持ちになった。
「……」
父親は、大柄で乱暴な息子が足音も荒く階段の向こうへ消えていくのをじっと見つめた。
やがて視線を外すと、胸にかけてあるブローチを開く。
それを無言で見つめた後、杖をつきながら踵を返した。
◆
「……どうしたんですか?」
翌日。
生徒会室で書類に目を通していたアクアが、ふと顔を上げて隣のレンを見た。
「あ?」
「なんか、今日……ちょっと静かな気がして」
レンは目をしばたたかせた。
赤い吊り目が、わずかに丸くなる。
アクアは前髪の隙間から桃色の瞳をのぞかせて、じっとレンを見ていた。
「そうか?」
「なんとなくですけど……」
レンは首を傾げた。
いつも通りだと思うのだが。
「レン」
その時、聴き慣れた声がした。見ると、オルキウスがにこにこと王子様モードでレン達を見下ろしている。
「オル」
レンはオルキウスの姿に、思わず目元が緩んだ。
そんなレンの姿を、アクアは驚いたような表情で見る。
「用事、終わったんか?」
「ああ」
そう言うオルキウスは、午前中いっぱいまでは学園にいなかった。家の用事があるのだと言っていた。
「お前も忙しいんだなあ」
レンはため息を吐いた。
オルキウスは、週に何度か家の用事で学園を抜けることがある。それは数時間のこともあれば、一日かかる時もある。
公爵家の後継はやっぱり忙しいのだろう。
「待たせたかな? ごめんね。準備ができたらダンジョン行こうか」
そう言って柔らかく笑うオルキウスに、レンは勢いよく頷いた。
すっと胸が軽くなった気がして、そこでようやくレンは今まで気分が重かったのだと気がついた。
そして、よく気がついたな、とアクアの方を見る。
アクアはレンと目が合うと、今度は怖がらずに微笑んだ。
その姿は芯が強そうで、やっぱり眩しく見えた。
ともだちにシェアしよう!

