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第四章 ロイヤルブルーの内側・第一話

昨日の一件があってから、カイと顔を合わせるのが少し照れくさい。 しかも今日は一時間目から三時間目までクラスが同じ日だ。 そんなことを思いながらクラスに入ると、先に来ていたカイが、いつもの席に座って机に体を突っ伏していた。 「……おはよう」   隣の席に座ってから声をかける。 いつも通り、返事はこないかな、と思いながら待っているとカイの綺麗な黒髪がほんのわずかに揺れた。 「……おう」   ただ、それだけ。 その一言だったのに、嬉しかった。   そんな僕達のやり取りを隣で聞いていたテオが「なになに? いつの間にか仲良くなった?」とにやけながら肩を組んでくる。 「まあ……そんなところかな」   そう言って笑った僕を見て、テオとアートが驚いた顔を見せたのが印象的だった。 三時間目まで終わり、ブレークタイムに入った。 土曜日の午前授業のあとは、お昼の時間まで自由に行動ができるため、僕はクラスから出て行こうとするカイを、大きな声で呼び止める。 「カイ!」   僕がカイのファーストネームを呼んだことに、周りの学生達が驚いているのが分かった。 「……なんだよ」   無視はされなかったけど、そのまま歩き続けるカイのあとを追う。 「もしよかったら一緒に図書館へ行かないか? さっきの授業で出た課題をやろうよ」   カイは立ち止まって僕の方を振り返ると「別のヤツとやればいいだろ」と嫌そうな顔をした。 「この授業が一緒なのは君だけだろ」 「……」   たしかに、と納得したような表情を見せたカイが「……A評価取れんだろうな?」と僕の誘いを受け入れた。   図書館の中にはあまり生徒がおらず、本をめくるページの音や、紙にペンを走らせている静かな音だけが響いていた。 入り口から少し奥まった場所にあるテーブルに座ると、カイはやっぱり一人分の席を空けて僕の隣に座った。 「どうして一人分空けるの?」 「……別に」 「それなら向かいに座ればいいのに」 「……クセなんだよ」   なんの? 反射的に問いかけそうになったが、カイの表情から察した僕は、なにも言わずに課題の紙を取り出した。 「やる気出ねえ……」 「こういう課題は早めにやるに限るよ」   僕がそう言うと、カイはしぶしぶといった様子で課題の紙に視線を落とす。 歴史の授業で出された課題は、立憲君主制における王族の存在意義と価値をテーマに自分の意見をまとめる、というなんとも皮肉たっぷりの内容だ。 僕にこのテーマで真っ向から論じろと強気に出してくるところが、ブラックウッド卿の性格の悪さが滲み出ている。 「……そんなに大事かよ」 「王族の存在意義は……あるんじゃないかな」   そう答えるしかない。 だって僕は、生まれてから王族じゃなかったことが一度もない。 「……片翼をもがれた王冠……か」   教科書に載っている王家の紋章を見ながらカイは「……皮肉だな」と、檻の中から自由を夢見る王冠を憐れむような声色でつぶやいた。 集中していたら二十五分のブレークタイムはあっという間だ。 「カイ、どう?」 「……だいたい終わった」   カイは大きなあくびをするとレポート用紙を僕に見せてきた。 なんだ、意外と真面目にやっているじゃないか。 「ブレークタイムも終わるし、どこか別の場所に移動するかい?」 「なんで一緒にいる前提なんだよ」   心底嫌そうな顔をするカイに、僕は「いいじゃないか」と言って笑う。 「お友達のところに戻れよな」 「つれないなぁ」   テーブルの上を片づけていると、図書館の入り口の方が騒がしい。 「……なんだ?」   同じようにカイも入り口の方に視線を向ける。 本棚の陰から顔を出したのは、僕が入寮している貴族寮、レジス・ハウスのハウスマスターだった。 「はい、サー。どうしたんですか?」   どうしてここにいるんだろう。 少し焦った様子のハウスマスターに、一抹の不安を覚える。 「ルシアン殿下……」 「はい?」   ハウスマスターは一瞬カイに視線を向けるが、すぐに僕に視線を戻した。 「さきほど、ハウスの方にエリオット殿下の側近の方がいらしていまして……」 「……アルが?」   兄の側近であるアリステアがわざわざアカデミーにいる僕に会いに来るなんて、おかしい。 それこそ、用があるのなら週末でも問題はないはずだ。 「兄上……」   なにかあったに違いない。 そう思ったら、足元が崩れるような感覚に陥った。 ハウスマスターがなにか言っているが、僕の耳には届いていなかった。 「……おい!」 「!」   カイに腕をつかまれたことで正気に戻る。 「……行くぞ」   そう言ってカイは、腕をつかんで図書館から僕を連れ出した。 気づいたらアルが用意した迎えの迎えの車に乗りせられて、見覚えのある道を走って行く。   ケンジス・ハウスに到着してやっと我に返ると、一目散に兄の自室へと向かった。 「兄上!」 「やあ」   そこで待っていたのは、僕が想像していた兄の姿ではなかった。 「あ、兄上……?」   ニコニコという効果音がつきそうな兄の顔と、定位置で兄を見守るアルの顔。 二人の顔を見たカイが「……元気じゃねえか」とボソッとつぶやいた。 そんなカイの言葉を拾った兄は、やさしい声で「こんにちは」とカイに声をかける。 「……どうも」   僕は、状況を理解するために深呼吸をする。 「あの……兄上?」 「ん?」 「先ほどハウスマスターから、アル経由で僕を呼んでいると聞いて……てっきり兄上の身に……なにかあったのではと思ったのですが……」   僕は兄のいるベッドに近づくと、兄の容態を観察した。 普段通りのやさしい笑顔と元気そうな声。 普段よりも、むしろ今日は顔色がよく見える。 「うん。だから、呼んだだけだよ?」 「……え?」   兄はカラッとした笑顔で「だからお前と、彼に会いたかったから呼んだだけだよ」と僕達を見ながら言ってのけた。   僕がソファーに座ると、アルは「カイ様も、どうぞお座りください」とカイを僕の隣に座らせる。 「……」 「……」 「……」   僕、兄、そしてカイの、今までなら考えられない三人が揃った部屋には少し気まずい沈黙が流れていた。 そんな中、兄はいつも笑顔で僕達を見ていた。 「あの……」 「なんだい?」 「……か、帰っていいですか……?」   さすがのカイも、皇太子である兄の前では大人しい。 「来たばかりじゃないか。今、お茶菓子を持って来させているところだから、もう少しだけ待っていてよ」 「……」 「俺のおすすめの紅茶も用意させたから、ぜひ愉しんでね」   なにも言わずに僕へと視線を向けたカイに、僕は、こうなった兄を止めることは誰にもできないよ、という意味も込めて小さく首を横に振った。 兄のお気に入りの紅茶とお茶菓子が届いたところで、兄が本題に入る。 「こんな体勢でごめんね。俺はエリオット・アッシュボーン。この国の第一王子だよ」 「……カイ・御影です」   僕に名乗った時とは違ってずいぶんしおらしい態度のカイに文句を言いたくなったが、兄の前でそんな失態を見せるわけにはいかない。 「カイ……。いい名前だね」 「……どうも」   カイは紅茶のカップを手に取ると、兄のお気に入りのカモミールティーを口に運ぶ。 「それで、君が弟の想い人かい?」 「ングッ」 「あ、兄上!?」   飲んでいた紅茶を吹き出しそうになりながらも必死で堪えるカイの姿を見て、笑ってやろうかと思ったけど、それ以上に兄の言葉が衝撃的すぎて彼の失態はもはやどうでもよかった。 「あれ? 違うの?」 「友人の、カイだよ!」   僕が『友人』という言葉を強調して伝えると「友人かどうかも怪しいだろ」とカイが反論する。 「それなら君の人間関係カテゴリーの中に、今すぐ友人枠を作ればいいだろう」   僕達のやり取りを聞いていた兄は「仲がいいねぇ」と笑った。 「ルークが、テオとアート以外の人間とそんな風に話しているなんて珍しいね」 「兄上……」 「心を許せる友人が増えるのはいいことだ」   カイは「たまたま一緒に課題をやっていて、なぜか俺も一緒に呼ばれただけの知り合いです」と否定した。 「それじゃあ、そういうことにしておこうかな」   僕が続けて否定しようとするが、その前に扉が開いた。 「兄様!」 「お兄様!」 「ルーカス、エリー!」   兄の部屋に姿を現したのは、僕の可愛い双子の兄妹、ルーカスとエレノアだった。 「兄様! 遊びに来ていらしたんですね!」 「この週末は帰らないとおっしゃっていたので驚きましたわ」   僕の隣に座っているカイに気づいたルーカスは、カイのそばに近寄ると「誰ですか!」と興味津々といった様子で話しかける。 対照的に、エリーは扉のそばから離れず、カイのことをじっと観察していた。 「僕はこの国の第三王子のルーカス・アッシュボーンです!」 「……たまたまクラスが被っただけのただの知り合いの御影です……」 「兄様のご友人ですね!」 「知り合いです……」   ルーカスの人懐っこさに戸惑いつつも対応しているカイの姿を見て、僕は思わず微笑んだ。 「お兄様……」 「ん?」   エリーは一歩踏み出すと「初めましてですが……この者とどういった関係なのですか?」と真剣な瞳で僕を見つめる。 「友人だよ」 「……友人?」   エリーはカイに視線を向けると、上から下へと視線を動かす。 「……制服を見る限り……この者はコモンの生徒ではないのでしょうか?」 「そうだね」   僕が肯定すると、エリーは信じられないという表情を見せる。 「お兄様……付き合うご友人は考えた方がいいのではないでしょうか?」   エリーがそう言うと、僕がなにかを言う前に兄が「エレノア」と、普段よりも少し低い声で名前を呼ぶ。 「っ!」 「人を身分だけで判断してはいけないよ」   兄の空気が変わったことを察したエリーは、間髪入れずに「も、申し訳ございません……」と頭を下げた。 「謝る相手は俺じゃなくて、カイだよ」   エリーはカイに視線を向けると、小さな声で「申し訳ございませんでした……」と謝った。 「ああ……」 「……」   しばらくの間、沈黙が流れるが兄が手を叩き「……そうだ。二人も久しぶりにルークに会うんだから、俺一人が独占していたら申し訳ないね」と、少し張り詰めた空気を戻すように明るい声で提案する。 「エリー、ルーカス。ルークと三人でお茶でもしてきたらいい」 「やったー!」 「はあ!?」   兄の提案に一番驚いたのカイだった。 「それはいいですね」   僕が立ち上がろうとすると、カイが僕の制服の裾をつかんだ。 「なに?」 「一人にすんなよ!」 「僕達はただの知り合いなんだろう?」   そう言ってニッコリと笑うと、カイの口元が引き攣った。 さっきのお返しだ。 「さあ、ルーカス、エリー。天気もいいし、いつものガゼボでお茶を飲もうか」   ソファーから立ち上がって、ルーカスとエリーと三人で扉に向かう。 「はーい!」 「楽しみですわ!」 「ちょっ、まじ!」   扉を閉める前にカイのことを見る。 「一時間ほどしたら迎えに来るよ」   そう言った僕を、カイは声に出さずに「(この裏切者!)」と罵った。

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