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第四章 ロイヤルブルーの内側・第二話
三人が部屋から出て行き、エリオットとアリステア、そしてカイの三人が部屋に残っていた。
カイは気まずさから落ち着きのない様子で何度も扉の方に視線を向ける。
そんなカイを、微笑みながら見つめるエリオット。
「あ、あの……」
「ああ、ごめん」
エリオットの視線を無視できなくなったカイは、たまらず顔を上げた。
「君は、ずいぶん訓練された動きをするんだなと思ってね」
「……」
「少し調べさせてもらったよ」
カイの姿勢、周囲を警戒する無意識の動作。
エリオットは「さすがCIAの息子だね」とカイの素性をハッキリと言い当てた。
「!」
エリオットの言葉に勢いよく立ち上がったカイ。
そんなカイの動作を見て、アリステアがエリオットのことを護るように立つ。
「……っ」
「……アル」
「……失礼しました」
エリオットがアリステアを制止すると、カイもゆっくりと警戒態勢を解いた。
「ごめんね。そんな警戒しなくていいから……座って」
「……」
カイはエリオットの静かな圧に、警戒心はそのままにしてソファーに座り直す。
「君の父が情報を操作して君の存在を隠していたけど、僕はこの国の皇太子だからね」
「……」
エリオットは「ああ、でも」と眉間にシワを寄せているカイに微笑む。
「別に、君をどうこうしたくて調べたわけじゃないから安心していいよ」
「……だったら、なんのために?」
カイの質問に、エリオットは「弟のためだよ」と答えた。
「あいつの……?」
エリオットはゆっくりとした動作でベッドから降りると、カイの向かいのソファーに座る。
「君は、編入してすぐにクラスメイト達とトラブルを起こしただろう」
「あれは……」
「うん。君じゃなくて相手が悪い。それは俺も分かってるよ」
だったらなぜ――。
そう言いたげなカイに、エリオットは「その時、弟の側近から報告を受けたんだ」と続けた。
「……」
「君の身のこなしは普通じゃない。なにか、意図があって弟に近づいているんじゃないかと感じたんだ」
エリオットは紅茶のカップを手に取ると「俺の大事な弟だからね。ハニートラップでも仕掛けられたらたまったものじゃないし」と冗談交じりに言う。
「俺は別に……」
「それに、君とルークが初めて出会ったあのパーティー」
「……」
エリオットは「あの出会い方も、なにか企んでいるんじゃないかと疑った理由のひとつだね」と説明する。
「あれは……」
「おおかた、父親のマコト・御影に潜入捜査の手伝いをさせられていたってところかな?」
「……」
図星をつかれたカイは、それがエリオットに気づかれないように表情を作る。
「さあ、どうでしょうね」
「……フフッ」
エリオットはテイーカップを手に取ると口に含む。
「俺達に危害を加える心配はしていないけど、あんまりわが国で好き勝手されても困るから、警告のつもりで呼んだのも事実」
その言葉に、カイの背中にじんわりと汗がにじんで顔を伏せた。
「……っ」
これが、国を背負う王族の圧——。
ルシアンといると忘れそうになる息苦しさに、カイは無意識に両手を握った。
「でも大丈夫。もう君のことは疑っていないよ」
カイは伏せていた顔を上げた。
「……なぜですか?」
「今日、弟と君が一緒にいる姿を見て分かったから、かな」
「……え?」
エリオットはそう言うと、アリステアの方を向いて「ね?」と尋ねる。
「はい、ルシアン様はここ最近とても楽しそうでいらっしゃいます」
エリオットはチェストの上に飾ってある写真を見ながら「かわいいだろう」と微笑む。
「……」
一番右にある写真立ての中には、九歳のエリオットと七歳のルシアンが写っていた。
「あれはね、ルークが母上から"ルー"という愛称で呼ばれて、まだ無邪気に笑っていたころの写真なんだ」
「そうですか……」
カモミールティーを一口飲んだあと「俺は、見ての通り病弱だし、そのせいで弟に迷惑をかけ続けてきたんだ」と苦笑いをしながら自分の想いを伝える。
「王族としての重圧……俺が引き受けるはずだったものを、弟は七歳の時にほとんどすべてを受け継いだんだ……」
「七歳……」
エリオットはカイのことを真っすぐに見つめると「だから、君と一緒にいる弟が、年相応に見えて嬉しかったんだ」と胸の内を明かす。
「ルークが、君と出会えてよかったよ。ありがとう」
エリオットが頭を下げると、カイは「お、俺みたいなのに頭なんて下げないでくださいよ!」と焦る。
「……君が、どう感じているかは分からないけど、これだけは伝えたかったんだ」
「……買いかぶりすぎですよ。所詮、俺はただの庶民です」
「謙遜しないでくれ」
「謙遜じゃなくて、事実です」
エリオットはフフッと笑うと「カイ」と名前を呼ぶ。
「……」
返事はせず、目線だけエリオットに向けたカイ。
そんなカイに、エリオットは「弟のこと、よろしくね」とやさしく微笑んだ。
ルシアン達が部屋を出てから一時間ほどが経ち、宣言通り、ルシアンが一人でエリオットの部屋に戻って来る。
「お待たせしました」
「おかえり」
「おせえよ……」
楽しげな笑顔を浮かべているエリオットと、対照的な表情を浮かべているカイに、ルシアンの口元が緩んだ。
「ずいぶんと有意義な時間だったみたいだね」
「ああ……紅茶をたっぷり四杯も楽しませてもらったぜ」
カモミールティーでいっぱいになったお腹をさするカイに、ルシアンは吹き出しそうになる。
「二人とも、今日は来てくれてありがとう」
「いえ。兄上の元気なお姿を拝見できて安心しました」
ルシアンが腕時計を確認すると「そろそろお昼の時間なので、僕達はアカデミーに戻りますね」とカイを呼ぶ。
カイは立ち上がると「……失礼します」とエリオットに挨拶をした。
「カイ」
「……はい?」
「また、いつでも遊びにおいで」
「……考えておきます」
エリオットの自室を出てケンジス・ハウスの外に向かう途中、ルシアンは「兄とどんな話をしたんだい?」とカイに質問をする。
「……別に」
「ふーん……」
予想通りの回答だったのか、ルシアンは特にそれ以上なにも聞かなかった。
ケンジス・ハウスの入り口で迎えの車を待っていると、カイが「お前の兄貴……いいヤツだな」と小さな声でつぶやいた。
そのつぶやきを聞き逃さなかったルシアンは「でしょ!」と、エリオットを褒められたことで普段よりも少し高めのテンションで食いついた。
「兄は本当に人格者だからね。本当に、素晴らしい人だよ」
「……お前、兄貴好きだな」
分かりやすいルシアンの態度に、カイは苦笑する。
「兄を嫌いな人なんていないよ」
「どんな自信だよ」
そんなカイに、ルシアンは「君だって、グランパのことが大好きじゃないか」と聞く。
「……まあな」
「尊敬できる人がいるって、幸せだよね」
ルシアンの言葉に、カイは普段よりもやわらかい表情を浮かべたまま静かにうなずいた。
カイの表情を見たルシアンの胸が、ドキリと大きな音を立てた。
「(やさしい顔……)」
思わずカイの頬に手を伸ばしそうになるルシアンを正気に戻したのは「ルシアン殿下」という第三者の声だった。
「ん?」
二人が一斉に振り向くと、そこにはいたのはカヴェンディッシュの子息だった。
「……なんだい?」
「申し訳ございません、至急確認したいことがあると父から伝言がございまして……少しお時間よろしいでしょうか?」
「……かまわないよ」
ルシアンは「ごめん、カイ。少しだけ待っててくれる?」と聞くと「分かったからさっさと行け」とカイが返す。
「ごめん、すぐに戻るよ」
「へいへい」
ルシアンとカヴェンディッシュの子息がケンジス・ハウスの中に戻ってからしばらくすると、今度はカイが声をかけられた。
「おやおやー、君はたしか……」
「あ?」
ねっとりとした声に、カイは身震いをしながら声にした方に顔を向ける。
「ここは、王族関係者以外立ち入ることはできないはずだが……こんなところに庶民であるはずの君がなんの御用かね?」
ルシアンを待っていたカイの前に現れたのは、カヴェンディッシュ本人だった。
あいつを呼んでたはずのデブ貴族がなんでここにいるんだ――。
そう思ったカイだったが「……どうも」と当たり障りのない挨拶を返した。
「いやー、見慣れない野良猫が紛れ込んだのかと思ってね、つい見に来てしまったよ」
「……」
カイは、カヴェンディッシュの嫌味を無視する。
「ところで庶民の君。ここ最近ルシアン殿下とよく一緒にいると聞いたが……」
それは俺のせいじゃないだろ。
そう思ったカイだったが「……そうですね、よく声をかけてもらってますよ」と肯定した。
「だからと言って、ルシアン殿下のやさしさに甘えてばかりではいかんなー」
「……」
「ルシアン殿下は、なんと言ってもこの国の第二王子であられるお方。皇太子ではないからといって、君のような野良猫にかまっている暇はないのだよ」
カイはカヴェンディッシュに聞こえないように小さく舌打ちをした。
「その顔と体を使ってルシアン殿下に近づきたいのは分かるがね……」
そう言うと、カヴェンディッシュはカイのことをじっくりと観察するように視線を動かす。
カイは無意識に拳を握ったが、カヴェンディッシュは気づかない。
「あまり、ルシアン殿下に付き纏っていると、君まで傷つくことになるよ」
カヴェンディッシュはそう言うと、カイの肩を軽く叩いてから去って行った。
そんな彼の後ろ姿に向かって、カイは皮肉たっぷりに「……ニャー」と鳴いた。
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