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第五章 Sovereign Day・第一話
ハウスのダイニングのテーブルの上にズラっと並べられたランタン。
これを見ると、今年もまたこの季節がやってきたんだと実感する。
「今年もいよいよだな」
「ああ」
「ずいぶん気合が入ってるね」
十一月の第二土曜日、エリシアン・ロイヤル・アカデミーではアカデミー最大の祝祭『ソブリン・デー』が開催される。
この一週間は、それに向けた準備の週になっていて、学生達はせわしなく動いていた。
ソブリン・デーの夕方に使うランタンを磨きながら、テオが「あったり前だろ! ウィンター・ボールの次に盛り上がるイベントだしな!」と笑う。
「レジス・ハウスの威信にかけて、コモン・ハウスには負けませんよ」
そう言って、アートもメガネを押し上げながらすごい勢いでランタンを磨いている。
アカデミーではだいたいの年間イベントが決まっていて、九月の入学式が終わると、最初の大きなイベントがこのソブリン・デー——建国祭だ。
そして、十二月のクリスマス休暇の前には、全学生のみならず、教師達も楽しみにしている『ウィンター・ボール』という名の仮面舞踏会がある。
ソブリン・デーは、ハウス対抗のイベントもあるから二人とも、やる気十分だ。
僕としては、勝ち負けなんてどうでもいいから、何事もなく終わることだけを願っている。
「今年も、生徒代表の挨拶はルークでしょ?」
「そうみたいだね」
「ルシアン殿下以外に誰ができるというんだ」
誇らしそうな顔をするアートに、僕は思わず苦笑する。
「メイン競技のクレスト・ハントが苦手なんだよなー。アカデミーのイベントなんだし、あんなガチの謎解きする必要ある?」
「アカデミー全体を捜索する必要があるから、体力も必要だな」
「それでいて別に賞金がもらえるとかじゃないんだぜ?」
「ランタン・リレーの優勝寮は、王家の紋章が入った旗を寮の前に一年飾ることができるんだぞ! これほど名誉なことはないだろう!」
「お前にとってはな!」
「不敬罪でしょっぴかれたいのか!」
二人のいつもの掛け合いは、聞いていて面白い。
「でも、僕もそう思うよ」
「ル、ルシアン殿下まで!?」
「だろー」
「ああ、旗じゃなくて、クレスト・ハントのことね」
僕がそう言うと、アートはほっとした表情を見せる。
「わざわざハウス対抗で競わせる必要があるのかな」
「学生同士、親睦を深めろってことなんじゃね?」
「なるほど」
「まあ、とは言いましても、結局いつものメンバーで固まってしまうのであまり意味はないかもしれませんね」
二人の話を聞きながらも、コモン・ハウスにいるカイのことを思い出す。
こういうイベントは苦手そうだな。
親睦を深めるイベントなら、ハウス混合でチームを組んだ方がいいんじゃないのかな。
それなら、カイと同じチームになれる可能性だってあったのに。
そんなことを考えていると、無意識に口元が緩む。
そんな僕に気づいたのか、テオとアートが少し驚いた表情をしていた。
「なに?」
「ずいぶん丸くなったなーって思って」
「丸く?」
「貴様! ルシアン殿下に失礼ではないか!」
「人のことを貴様って呼ぶお前のほうが失礼だよ!」
まさかそんな風に言われると思わなかった僕は「……どうしてそう思ったの?」とテオに聞く。
「どうしてって、そのまんま! 最近のルークは、ちょっと昔のルークに戻ったみたい」
「……」
昔の僕ってことは、完璧な王子じゃなくなってしまっているんじゃないのか。
僕が少し困ったような笑顔を見せると「ルシアン殿下は常に完璧ですから、安心してください」とアートがフォローをしてくれた。
アートがそう言うのなら、大丈夫そうだ。
人前では、いつも通り王子になれているみたい。
「やっぱさ……」
そう言うとテオは、隣の学生達に話している内容が聞こえないように声のトーンを落とす。
「あのジャパニーズ・ニンジャのおかげなわけ?」
からかうように綺麗なウィンクをしてみてたテオに、僕は一瞬目を見開いたあと「……さあ、どうだろうね」と笑った。
気がつけば準備期間も終わりを迎え、ソブリン・デーの準備も、いよいよ大詰め。
明日が本番だ。
この一週間は通常のクラスがなかったから、カイに会うことができなかった。
こういうとき、ハウスが違うと少し不便だな。
それにしても、同じアカデミー内にいるはずなのに、ここまで遭遇しないものなのか。
もしかして、避けられてたりするのか。
なんて思っていると、図書館のほうから歩いてくるカイの姿を見つけて思わず駆け出した。
「カイ」
「……」
カイは顔を上げると「……なんだよ」と不機嫌そうな表情を見せる。
「久しぶりだね」
「……なんか用か?」
「準備期間中はなかなか会えなかったから」
「用はねぇんだな」
そう言って歩き出すカイの後ろ姿に、僕は少しとまどった。
兄上のところへ一緒にいったあと、カイの雰囲気がやわらかくなったと思っていたのに、今のカイは、まるで編入初日に戻ったようだった。
とっさにカイの腕を後ろからつかむ。
「っ!」
驚いたカイが立ち止まって僕のほうを振り返る。
さみしさや悔しさなどが入り混じったような複雑な顔をしているカイに、僕は余計にとまどう。
なにが君をそんな顔にさせているんだ——?
「……なにかあった?」
「……はあ?」
カイは、僕の言葉の意味が分からなかったのか「なんもねぇなら行くぜ?」と僕の腕を振りほどこうとする。
「ま、待ってよ」
「……」
思わずつかんでいた腕に力を入れる。
だけど、カイはなにも言わずに僕の腕を反対の手でつかみ返した。
「……放せ」
「どうして?」
「……見られたら……」
「……え?」
見られたらって、誰に?
「……ああ、ハウスの人に?」
「は?」
僕がそう言うと、カイはきょとんとした表情を浮かべる。
「たしかに、ソブリン・デーの前に違うハウス同士の人間が会話してるとダメか」
「……ん?」
「まあ、でもハウス対抗って言っても、当日までクレスト・ハントの謎は分からないんだし不正もなにもなくないか?」
「はあ?」
ソブリン・デーの午前中は、メイン競技の『クレスト・ハント』が実施される。
アカデミー全体が舞台となり、頭脳や知能を駆使して謎を解く、ようは大規模な謎解きゲームだ。
基本的にはハウス内で自由な少人数のグループを作って動くハウス対抗ゲームだが、当日までその謎がなにかは教えられていない。
ソブリン・デー前日に別のハウス同士の人間が話をしていたところで、なにも起こらない。
僕がそう熱弁すると、カイは「プッ……」と小さくふき出した。
「え?」
「……ぜんっぜん関係ねぇ話だけど、明日のなんちゃらデーでなにすんのかはよく分かったわ」
まさかカイの笑顔が見られるとは思わなかったから、心がソワソワして落ち着かない。
「カイ」
「……」
カイはなにも言わずに少し腕を引くと、僕はそのまま手を放した。
「カイ……」
僕の表情を見て、カイも少しだけ眉毛を下げたように見えた。
「……じゃあな」
「……カイ!」
歩き出すカイを、あわてて呼び止める。
だけど、さきほどとは違ってそのまま歩き続けるカイの後ろ姿に「明日、ランタン・リレーのあとに時間をちょうだい」と投げかける。
カイはこちらを振り返らずに「……付き合う人間は選んだほうがいいぜ」とつぶやくように返してきた。
「……」
付き合う人間を選ぶ?
エリーに言われたことを気にしているのか?
でも、エリーのような子どもに言われたことを引きずるようなタイプじゃないだろう。
一体、誰になにを言われたんだ。
そもそも、もともと僕は付き合う人間を選んでいる。
そう思って僕は、さっきまでカイの腕をつかんでいた右手を見つめる。
「……だから、君といたいんじゃないか」
僕のつぶやきは、カイの耳には届かずに静まり返ったアカデミーの廊下に、虚しく消えていった。
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