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第五章 Sovereign Day・第二話

ソブリン・デー当日。   朝から貴族や来賓がアカデミーに続々と到着している。父上や母上の姿も見えたが、兄上の姿は見えなかった。 今日も、自室で休んでいるのだろう。 テオとアートと一緒にチャペルの中に入ると、パイプオルガンの少し重苦しい演奏が響いていた。 ハウスごとに分かれて整列し、全学生が集まったことを確認したヘッドマスター(校長)のエドマンド・アシュクロフトがチャペルの祭壇の前に立つ。 『陛下、王族の皆様、ご来賓の皆様、そして愛する学生諸君。本日、我々は一年で最も誇り高き日――ソブリン・デーを迎えました』   ヘッドマスターの挨拶が始まった。 『どうか今日という一日が、生徒諸君にとって誇りとなり、卒業したあとも胸に刻まれる思い出となることを願っています。それでは、ソブリン・デーの開幕をここに宣言します』   ヘッドマスターに少し控えめな拍手が送られたあと、入れ替わるように父上であるアルフレッド・アーサー・チャールズ・アッシュボーンが祭壇の前に立った。 『本日この場に集う皆さんに敬意を表します。諸君の健闘を期待しています』   大きな拍手が起こる。 短く祝辞を述べた父上は、僕に視線を向けたあと、すぐに祭壇を下りて行った。 アッシュボーンとしての誇りを忘れるな——。 父上の気持ちが、あの視線で伝わってきた。 『それでは最後に、学生代表の挨拶をお願いします』   その言葉を合図に、僕は祭壇へと向かう。 自然と僕に視線が集まっているのが分かるが、この程度の視線の数ならなんとも思わない。 僕はいつも通り、綺麗な笑顔を保ったまま、祭壇の前に立つと挨拶を述べる。 『陛下、王族の皆様、ご来賓の皆様、ヘッドマスター・アシュクロフト、教職員の皆様、そして学生の皆さん。本日は、ソブリン・デーにご臨席くださり、心より歓迎申し上げます。私達は、この日のために学び、支え合いながら準備を重ねてきました。校章に刻まれた徳目――叡智、勇気、忠誠、正義、希望、慈愛。その一つひとつは、私達が目指すべき理想であり、日々を導く道しるべです。この言葉に恥じぬよう互いを尊敬し、全力を尽くした者だけが、本当の意味でこのアカデミーの伝統を受け継ぐことができると、私は信じています。この素晴らしい一日が、ここに集うすべての方々の記憶に残る祝祭となることを願い、生徒を代表して歓迎の言葉といたします。本日は、どうぞよろしくお願いいたします』   僕は一瞬間をおいてから、背筋を伸ばしたまま上体を軽く前に倒して一礼をする。 顔を上げると、拍手が広がった。 列に戻る前に、コモン・ハウスのほうに視線を向けると、カイと目が合った。カイは、無表情だけどなんとも形容しがたい顔をしていて、僕は軽く首をかしげた。 列に戻ると、ヘッドマスターが退場を促す。 ハウスごとにチャペルを出て、中庭へと移動する。 全員が中庭へと移動が終わると、ヘッドマスターが『これより、ソブリン・デーのメイン競技であるクレスト・ハントを開始します』と宣言した。 その言葉を合図に、教職員達が紙を持って学生達に配り始める。 ブラックウッド卿から手渡された紙に書かれている内容を確認する。 「"わがアカデミーの校章に描かれた六つの徳目を探し出せ"」 「……はあ?」   テオはなにも分かっていないような顔を見せる。 「……徳目と言いますと、さきほどルシアン殿下が挨拶の中でも言っていた」 「うん」   このアカデミーの校章は、真ん中にエリシアンのEが刻まれた盾、その後ろにヘキサグラムが描かれている。 そして、そのヘキサグラムのそれぞれの頂点にマークがある。   ウィズダム——叡智。本のマーク。 カレッジ——勇気。剣のマーク。 ロイヤルティ——忠誠。アイビーのマーク。 ジャスティス——正義。天秤のマーク。 ホープ——希望。新芽のマーク。 チャリティ——慈愛。ペリカンのマーク。 「この徳目にまつわる場所を、アカデミー内から探すってことだね」 「謎解きか?」 「謎解きのようなものだろう。このアカデミーに詳しくないと分からないからな」   テオはやる気のなさそうな顔をしているが、アートはやる気に満ちた顔をしている。 対照的な二人に、思わず笑みがこぼれる。 「てか、これって俺達が俄然有利だよな?」 「コモンの者達には酷だな」 「……」   たしかにそうだ。 こういう貴族贔屓の競技をソブリン・デーのメイン競技にするのはどうなのか。 そんな疑問が出てくるが、教職員達の意図は、そんな逆境の中でも知恵と工夫でなんとかしろってことなのかな。 だからこそ、彼らはこのアカデミーに進学できたんだろうしね。 『制限時間は、午後三時。健闘を祈ります』 「よっし! とりあえずやるかー」 「ああ」 「……」   コモン・ハウスの列に視線を向けてカイを探す。 だけど、カイの姿は見つからなかった。 「ルーク?」 「……ああ」 「ジャパニーズ・ニンジャ?」   面白さを隠せていない様子で笑うテオに「その、ジャパニーズ・ニンジャってそろそろやめたら?」と不機嫌さを隠さないで言うと「悪かったって!」とあわてて謝ってくる。 「カイだろ?」 「そうだけど……いないんだよね」   テオが背伸びをしながらカイの姿を探す。 「あー……たしかにいないな」 「カードを探しに行ったのだろう」 「あいつが?」 「……」   ない。 カイが率先してこの競技に参加するなんてことは、絶対にない。 僕達三人の考えがひとつになったのを感じ取って、思わず笑ってしまった。 「アカデミー内を探しているうちにどこかで会うかもね」 「そんじゃあ、とりあえずとっとと探そうぜ!」   六つある徳目は、どの順番で探してもいいらしい。 「ウィズダムが簡単そう?」 「図書館だろ」 「図書館だね」   そんな単純でいいのかと思ったけど、アカデミーの中で叡智に関係するのは図書館以外にないだろう。 そう思って僕達は、図書館に向かった。 案の定、図書館には学生達が集まっていた。 「めっちゃいんなー」 「あとにするか?」 「……そうだね」   学生達が集まっていたのは、掲示板の前。 そこには、徳目が隠されている場所のヒントが書かれているようだ。 「ヒントだけ確認しようか」 「えーっと……」 「"Sapientia non memoratur, sed invenitur."」   僕達三人以外の人間の声が聞こえてきて、驚きつつも振り返ると、そこには不機嫌な顔をしたカイが立っていた。 「お! カイじゃん!」 「……誰だ?」 「わりとクラス被ってるのにひどくね!?」   テオは「俺達はルークの幼なじみだよ。セオドア・ラングフォード。テオって呼んで」と自己紹介をする。 「で、こっちはアーサー・ヴェイン。アートって呼んであげてくれ」 「却下だ」   そこにアートが割り込む。 「その呼び名を許しているのは、ルシアン殿下だけだ」 「俺は!?」 「貴様はやめろと言っても勝手に呼ぶだろう」   カイはそれに対してはなにも答えずに、僕のことを見ると「で、どこなんだよ」と聞く。 「え?」 「だから、叡智の隠し場所」   カイがこのイベントに参加している? そう思ってあっけに取られたような顔をしていると「……ブラックウッドに強制的に参加させられたんだよ」と悔しそうに答えた。 「どうして?」 「……必修の単位……」   それは学生にとっては死活問題だ。 カイの言葉に納得をすると「君は、ラテン語も読めるんだね」と聞く。 「あ、あれってラテン語か!」 「クッ!」 「カイってマジでハイスペックだな」 「クソッ!」   なんでもそつなくこなすカイに、アートが悔しそうな声を上げる。 「まあ、読めるだけだけどな」 「ルーク、訳して!」 「叡智とは記憶されるものではなく、自ら見つけるものである……」 「つまり!?」 「貴様は少しは自分で考えて叡智を養え」   騒いでいる二人は無視して、この言葉の意味を考える。 叡智とは、記憶されるものじゃなくて自ら見つけるもの。 つまり、事実を暗記するだけじゃなくて、自ら考えて、自分なりの答えを導き出すこと自体が叡智である。 「"本を読む"だけじゃあ、ダメってことだね」   僕達に、考えるための最初の知識を与えるもの。 本は知識を与えてくれる。 だけど、知識を叡智へと変えるのは人間だ。 「それなら——」   僕は、図書館の真ん中にある創立者の上半身の像に視線を向けた。 約三百年前、このアカデミーを創立した、国王の家庭教師にして哲学者——エリシアン・グレイ卿。 像の前まで移動すると、三人も僕の後ろに立つ。 「この銅像に、なんかあるのか?」 「……多分」   そう言って像の周りを一周すると、背中の台座の部分にさきほどのラテン語の文字が小さく書かれていた。 台座の下の部分に手を引っ掛けると、引き出しのように開いた。 中には、叡智のマークである本が描かれたカードが入っていた。カードの右上にはラテン語数字でI と書かれていた。 「これか」 「まずは一枚目」   クレスト・ハントは、まだ始まったばかりだ。

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