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第五章 Sovereign Day・第四話

希望のカードのヒントは"Spes lucem semper petit."——希望は常に、光を求める。 そこから、温室に移動して、光が燦々と降り注ぐ新芽の鉢植えの下から見つけた。 新芽が描かれたカードの右上には、ラテン語数字でⅤが書かれていた。 この数字にも、なにか意味があるのか? なんて思いながら、次のカードを探しに行く。 「どうする? あと三枚」 「忠誠、正義、慈愛……」 「忠誠ですと、恐らく王家が関係している場所かと思われます」 「そうだね……」   普通に考えればそうだ。 このアカデミー内で王家が関係している場所といえば、王家の歴史が展示されている小ホールか。   僕達は小ホールに移動する。 「……なにもないね」   だけど、小ホールの中にはなにもない。 「そんな単純ではないのでしょうか」   歴代の国王の写真が飾られている壁をゆっくり見回すが、特にヒントはない。 写真を一枚ずつ持ち上げて裏を見るが、そこにもない。 「……忠誠」   同じ言葉をつぶやいているアートに、カイが無言で近づいていくのが見えた。 「な、なんだ」 「……」 「……」 「お前の、得意分野だろ?」 「!」   そう言ったカイに、アートは目を見開いてから顔を下に向ける。 そして「……フッ」と笑うと少しズレたメガネを押し上げる。 「当然だ」 アートは不敵な笑みを浮かべると、そのまま顎に手を当てて考えることに集中し始めた。 僕はカイのそばに寄って「よく見てるね」と声をかける。 「あ?」 「人のこと」 「……普通だろ」 「普通……」 普通の人は、興味のない人間がどんな性格なのかまで把握していないと思うよ。 自分にヘイトが向くように、わざと庇ったりしないと思うよ。 勇気、叡智、忠誠、正義、希望、慈愛……この六つの中で君に一番ぴったりな言葉は"正義"なのかもしれないね。 そんなことを思っていると、アートが「もしや……」と小さくつぶやいた。 「なにか分かったの?」 「……はい」   そう言ってアートが向かったのは、開会式でも使ったチャペルだった。 「……ここ?」 「はい」   チャペルの中に入ると、朝の時点ではなかったヒントの紙が貼られていた。 「どうしてチャペルだって分かったんだい?」 「ヴェイン家では、騎士の叙任前に必ずチャペルで忠誠の誓いを立てるんです」 「なるほど」 「へぇ」 「さすが、近衛の家系だな!」   すでに集まっている学生達は、チャペル内を探しているようだがカードは見つかっていないみたいだ。 あっちこっちから「どこにあるんだよ……」「あきらめて別のカード探しに行くか……」などという声が聞こえてくる。 「ヒントを見てみようか」 「だな」 「……"Fidelitas non verbis, sed factis probatur."」 「どういう意味?」   テオに聞かれたカイは「……忠誠は言葉じゃなくて行動で証明される」と直訳した。 「……どういうこと?」 「さあな」 「……言葉ではなく行動……」   アートはそう言うと、ゆっくりチャペルの真ん中の通路を歩いて行く。 そして、祭壇の前で立ち止まると、その場で静かに片膝をつく。 胸に拳を当てる騎士の忠誠礼をする。 その一連の気高い所作に、学生達も目を奪われていた。 次の瞬間、祭壇からガチャッという音が聞こえてきた。 アートが祭壇の裏に回ると「ありました」と、ロイヤルティのアイビーが描かれていて、右上に三の数字が書かれていた。 「ええ!?」   テオが驚いて大きな声を出す。 「なに今の!?」 「忠誠とは、人に見せるものではない。神だけが知っていれば十分だ、と」 「さすがだね」 「ルシアン殿下のお役に立てるだけで、この上ない幸せです」   アートが誇らしそうな顔をしてそう言うと、テオが腕を組んで「なるほど……忠誠とはようするに、誰にも見られないところでするジャパニーズ・土下座ってことか……!」と真面目な顔をする。 「貴様はなにを見ていたんだ!」 「おい。土下座はもっと奥が深い」 「なにそれ見たい!」   三人のやり取りは息が合っていて微笑ましい。 野良猫のようなカイが、僕の友人とも仲良くなっているのは嬉しい。 嬉しいけども。 胸の奥がなんとなくモヤモヤするこの感情は、なんだろうか。 「さてと、そんじゃあ次に行くとするか」 「……そうだね」   この胸のモヤモヤの正体は、いつかきっと分かるんだろ。そう思って、僕はクレスト・ハントの続きに意識を向けた。 「……正義と慈愛か」 「慈愛は簡単だろ?」 「あそこしかないよね」   ハウスの近くにあるアカデミー付属のクリニック。 予想通り、クリニックの掲示板にヒントがあった。 "Caritas in minimis invenitur."——慈愛は、小さな行いの中に宿る。 「小さな行いの中?」 「なんだ?」   四人で悩んでいると主任医師のドクター・キャンベルが困った様子で廊下とクリニックを行ったり来たりしていた。 「ドクター、どうされたんですか?」 「ルシアン君、それにみんなも」   他の学生達はカード探しに夢中でドクターには気づいていなかったようだ。 「なに? ドク、なにかあった?」 「セオドア! ドクターに失礼だろう!」 「もう、アートはいちいちうるさい!」 「なに!?」   二人の言い争いが本格的になる前に「お困りごとでも?」とドクターに聞く。 「実は、窓の外に万年筆を落としてしまってね」   このクリニックは校舎の二階にある。窓の外を見ると土の上に転がっているドクターの黒い万年筆があった。 「取りにいきましょうか」 「いいのかい? でも君達はクレスト・ハント中じゃあないのか?」 「あと二枚ですし」   僕がそう言うと「走れば一瞬だしね!」とテオが賛成する。 「すぐに取りに行ってきます」   アートがそう言って走り出そうとするのを「ちょっと待て」と、カイが止めた。 「ん?」   カイは、窓から下を覗き込むように確認すると、迷わず窓枠に足をかけた。 「は?」   そして、そのまま飛び降りると地面に足が触れる直前に膝を軽く曲げる。 着地した瞬間、膝を使って衝撃を吸収するように深く沈む。 そして、そのままの勢いで肩から斜め前方に転がった。 二、三回転がったあと、片膝を立てて立ち上がると、服についた土埃を払うのが見えた。 呼吸は一切乱れていない。 「ジャ、ジャパニーズ・ニンジャ!!」 「しつこいぞ!」   テオ達が騒いでいるけど、僕はカイにあきれていた。 この高さから飛び降りるなんて、なにを考えているんだ。 そんな僕の気持ちなんて知らないカイは、万年筆を拾うと「これか?」とドクターに聞く。 「そ、それだが……なんてムチャをするんだ」   ドクターも驚きとあきれが混ざったような顔をして窓の下にいるカイを見る。 「こっちのが早いんで」   そう言ったカイは、今度は少し壁から距離を取ってから壁に向かって走り出す。 そのままの勢いで、壁を蹴ると、もう片方の足でさらに高く蹴り上げる。 二階の高さまで一気に到達すると、指先が窓枠をつかんだ。 腕の力で軽々と体を引き上げると、二階に戻ってきた。 「おっまえ、マジですげーな!」 「二階から飛び降りるとか、バカか!」   カイは二人を無視すると、ドクターに万年筆を渡した。 「ありがとう……。だが、私としてもあまり褒められないな……」   そう言ってドクターはカイの足に視線を向ける。 その視線に気づいたカイは「無傷ですよ」と足首をくるくると曲げて、捻ったりはしていないことをアピールする。 「……まったく」   あきれたように笑いながら、ドクターはポケットからカードを取り出した。 そこには慈愛のマークであるペリカンとラテン語の数字の六が書かれていた。 「ありがとう」 「小さな行いって……」 「親切な人助けってことかよ」 「カイ、ナイスじゃん!」   テオに褒められたカイはめんどくさそうな顔で「結果オーライだな」とため息をつく。 「人助けは素晴らしいことだけど、やり方は考えなよ」   僕がそう言うと、カイは「あ?」と納得していないような顔を見せる。 「人助けをして、君がケガでもしたら元も子もないだろう」 「……そう、なのか?」   僕の言葉を聞いて、カイが理解していなさそうな表情を見せる。 「そうだよ。階段を使って取りに行くのでも、そこまで時間は変わらないだろ」   続けてそう言うと「……効率を考えたんだよ」とカイが反論する。 「効率とかじゃなくて……」 「じゃあなんだ?」 「……ハァ」   僕がため息をつくと「なんだよ」とカイが舌打ち混じりで問いかけてくる。 「だから、さっきも言ったけどケガをしたら元も子もないだろ」 「……ケガしてないんだからいいだろ」 「それは結果論だ」   自分の体を大事にしてほしいだけなのに、どうして伝わらないんだ。 「はいはい、ケンカしてる場合じゃないだろー」 「残り時間もわずかです」   そう言われて時計を見る。 時間は午後二時を指そうとしていた。 「……それもそうだね」   僕の気持ちが一ミリも伝わっていない様子のカイはとりあえず放っておいて、最後の一枚、正義のカードを探す。

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