11 / 19
第五章 Sovereign Day・第五話
最後の一枚、正義のカードはどこにあるのだろうか。
「正義って言葉で思いつくのは……学生裁判室か?」
「どこだよそれ?」
聞き馴染みがないのか、カイが質問をする。
「学生同士のトラブルや校則違反などをまとめて対応する学生規律委員会が使用している部屋だ」
「大層な名前がついてんのな」
「とりあえず、行ってみようか?」
「だね」
学生裁判室に入ると、ヒントの紙は貼られていなかった。
「ってことはハズレだな」
「他に正義を象徴する場所は……」
「うーん……」
正義に関係する場所なんて、ここ以外にあっただろうか?
そんなことを考えながら階段を下りていると、下から上ってくるコモンの生徒とすれ違った際に肩がぶつかった。
その瞬間、僕の体がグラリと揺れた。
「え?」
落ちる。
「ルーク!」
「ルシアン殿下!」
まずい。
咄嗟に手すりにつかまろうと、手を伸ばす。
だけど、僕の手は手すりには届かず、そのまま空を切った。
落ちたときの衝撃に備えて目をつぶろうとしたが、その前にカイの顔が目の前に現れた。
ドンッ!
という鈍い音が聞こえてきたが、僕の目の前には制服のジャケット、ロイヤルパープルの色が広がっていて、状況が分からない。
「……ッ」
「カイ!」
「ルシアン殿下!」
カイの声にならない声が頭上から聞こえてきたあと、心配そうに僕達の名前を呼ぶテオとアートの声が続く。
そして「きゃあああ!」「ルシアン!?」「王子が落ちたぞ!」という、学生達のざわついた声も聞こえてきた。
階段から落ちたわけではない。
「……大丈夫かよ?」
「カ、カイ……」
落ちそうになった瞬間、カイが咄嗟に僕を右腕で抱き寄せて、左手で手すりを握ったらしい。
顔を上げた僕が見たのは、僕を片腕で抱きしめたまま、階段の途中に座り込んで左腕が少し震えているカイの姿だった。
「おーい……大丈夫か?」
「ぼ、僕は大丈夫……だけど」
カイの左腕が指先まで震えているのが分かる。
僕の視線に気づいたカイは「あー……たいしたことねえよ」と言って笑う。
「た、たいしたことあるだろう!」
百八十超えの男二人分の重さを片腕で支えたんだ。
大丈夫なわけがない。
「クリニックに戻ろう」
「大袈裟じゃね?」
「……」
そう言って強がるカイの左腕に触ると、カイは痛みで顔を歪めた。
「……戻ろう」
「……」
カイは無言でうなずくと、僕はテオとアートに「クリニックに行ってくるから、最後の一枚は二人で探してくれるかな」と告げる。
「一緒に行かなくて平気?」
「さっさと最後の一枚探してこい」
「ったく! 人がせっかく心配してやってんのに!」
「……」
アートはカイを無言で見つめたあと「……貴様の必修のためにも、最後の一枚を探してきてやる」と宣言した。
「……頼むわ」
「行こう……」
二人と別れて、僕たちはクリニックに向かう。
「痛むかい?」
「……肩の捻挫か……上腕の肉離れか……」
「そんなことも分かるのか?」
「まあな」
僕は拳を軽く握りしめると「だから……さっきも言ったじゃないか。人を助けるために、君自身がケガをしたら意味がないって……」と少し震える声で伝える。
「……助けてやったのに説教かよ」
「……それは、感謝してるけど……」
「冗談だよ」
そう言って少し笑ったカイに、僕は驚いた。
「ケガをしたのに、なんで笑ってるのさ」
「……」
僕の問いかけに、カイは一瞬黙ったあと「俺はさ……」と口を開く。
「護りたいものが手の届く範囲にあるんだったら、損得考えずに迷わず護る、って決めてるんだよ」
「え?」
カイは前を向いたまま「これが……俺の"正義"だ」と、どこか遠い目をしながら、穏やかな顔でそう言った。
「……そっか」
「ああ」
王族も、貴族も、庶民も、カイにとっては身分はただの記号で、関係ないんだろうな。
ただ真っ直ぐに、自分の手の届く範囲の大切なものを護るだけ。
そう言い切れるのが、本当かっこいいよ。
そんな君だから。
表も裏もない。
真っ直ぐに、僕と向き合ってくれる君だから、僕は君を好きになったんだ。
「そういう君だから……」
口に出そうになった言葉を、僕はあわてて飲み込んだ。
「なんだよ?」
不思議そうな顔で僕を見つめるカイに「……ううん。なんでもない」と答えた。
今、伝えてしまうと、君が離れていってしまう気がする。
だから今は、まだ友人のままでいい。
前を歩くカイは、どこか腑に落ちない表情を見せるが、特に追求してくることはなかった。
クリニックのドアを開けてドクターと目が合うと、カイは気まずそうな顔をした。
カイの話を聞いたドクターは、あきれながらも丁寧に診察をしてくれた。
「……肩の捻挫と上腕の軽い肉離れだね」
「やっぱな」
「……威張ることじゃないでしょ」
ドクターは冷却パックを用意すると、カイに、肩に当てるように指示する。
「っ……」
「痛い?」
「まあまあ」
二十分ほど冷やしたあと、腕を固定するためにテーピングで軽く巻く。
巻かれると痛いのか、カイが顔をしかめる。
「数日間は重たいものを持ってはダメだよ」
「……はい」
「痛みが酷くなるようだったら、整形外科で診察を受けるように」
「分かりました」
ドクターにお礼を言ってクリニックを出る。
「この腕じゃあ、夜のランタン・リレーは無理だな」
「なんで嬉しそうなの?」
「めんどくさいイベントを回避できるからに決まってんだろ」
そう言って嬉しそうにするカイに「参加すれば楽しいかもしれないよ?」と聞いてみる。
「ランタンの灯が消えないように校内走り回るゲームのなにが楽しいんだよ」
「バッサリ切るね」
カイの言い方に吹き出しそうになる。
「テオとアートは無事に最後の一枚を見つけたかな?」
「どうだろうな」
「ラテン語分からないから難しいかな」
僕がそう言うと「……大丈夫じゃね?」とカイが僕の後ろを負傷していない方の手で指さした。
「え?」
振り返ると、大きな声で「見つけたー!」と叫びながら走ってくるテオと、その後ろで「うるさいぞ!」と注意しながら走るアートの姿があった。
「二人ともお疲れ様」
「おう! カイはケガ大丈夫?」
「余裕」
「本当かよ」
テーピングで腕を固定しているが、制服を着ていると見えないから誤魔化そうとするカイ。
「肩の捻挫と上腕の肉離れだよ」
「おま! 結構なケガじゃんかよ!」
「いちいち言わなくてもいいだろ……」
「君が誤魔化すからいけないんだろう」
カイがため息をつくと、黙っているだけだったアートが「……おい」とカイに声をかける。
「あ?」
「……」
アートは拳に力を入れて握りしめると「……ルシアン殿下を護ってくれたことには感謝する」と小さな声で口早に伝えた。
「……別に」
カイの良さが、アートにも伝わったかな?
少し雰囲気が変わったアートに、僕は嬉しくなった。
「それで、正義のカードはどこにあったの?」
「ああ、時計塔だよ!」
「時計塔?」
どうして時計塔なんだろう。
そう思っていると、アートが「ヒントは"Tempus omnibus idem est."——時間はすべての者に平等だ」と答える。
「ラテン語読めなかったけど調べたからなんとかなったな!」
「ああ。誰にとっても平等に時は刻まれる……。正義イコール平等、ということで時計塔の天井裏にありました」
「なるほどな」
正義は誰にとっても平等であるべき。
カイの損得を考えずに、護りたい人は護るという信念が、まさに正義なんだね。
「あとさ、さっき階段でルークが落ちそうになったときにすれ違ったコモンの学生も見つけたけど……」
「ああ……」
きっと、彼もこんな大事になるとは思わなかっただろう。
落ちる時に彼の顔が見えたとき、驚きで青い顔をしていたから。
多分、ほんの悪戯心だったんだろう。
「不慮の事故だけど、階段は命にかかわるからな。学生規律委員会預かりにしてもらおうか」
「……そうだな」
六枚の徳目のカードが揃って、クレスト・ハントもこれで終わり。
なのだろうか?
僕は六枚のカードをポケットから取り出して、叡智、勇気、忠誠、正義、希望、慈愛を数字の順番に時計回りに廊下に並べる。
「どした?」
「このカードの右上に数字が書いてあるのが気になって……」
そう言って僕はカードの上のラテン語数字を指さす。
「たしかに気になりますね」
「わざわざ書く必要ないもんな」
「……」
カイがおもむろにカードを裏返した。
しかし、カードの裏面は真っ黒だ。
「……」
「カイ?」
カイは携帯を取り出すとライトをつけて、カードを斜めにして照らす。
「……絵だ」
「絵?」
カイの横に立って、同じようにカードを見るとたしかにうっすらと絵が描かれている。
表のマークとは違う絵だ。
「……これは」
「おい、お前らも同じように持て」
「はいはい」
「命令をするな!」
ぶつぶつと文句を言いながらもアートもカードを持つ。
「数字の順番に並べたまま裏返せ」
「分かっている!」
三人でカードを数字の順番に並べたまま持ち上げると、そこにカイがライトを照らす。
「……校章?」
六枚のカードが一枚の絵となって、そこにはエリシアン・ロイヤル・アカデミーの校章が浮かび上がっていた。
「六枚揃って校章になるってことは……一つでも欠けたらアカデミーは完成しないってことかな」
テオはそうつぶやくと「なんか……俺達みたいだな!」と笑った。
「な、なにをバカなことを言っているんだ!」
「俺達も四人で、誰か一人でも欠けたら俺達じゃないってことだろ」
「勝手に俺を仲間に入れんな」
テオはカイの肩を組んで「ここまで一緒にクレスト・ハントやってきた仲じゃん!」と嬉しそうな顔をする。
「体張ってルークを護ってくれたしな!」
「あんなことでかよ」
「カイにとってはただの人助けだったのかもしれないけど、俺達にとっては大事な幼なじみだからさ」
そう言ってテオは僕のことを見る。
「大事なルークを護ってくれてありがとうな!」
「……っ」
カイは複雑そうな顔をしながら「……小っ恥ずかしいヤツだな」とテオの腕から抜け出そうとする。
口では文句を言っておきながら、本気で嫌がってる感じはしない。
「……なんだよ」
僕の視線に気づいたカイが、気まずそうな顔をする。
「ううん」
——カイの世界が広がっていくのが嬉しい。
そんなことを思っているとチャペルの鐘が鳴った。
ともだちにシェアしよう!

