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第五章 Sovereign Day・第六話

クレスト・ハントの終わりを知らせる鐘がアカデミー内に響く。 「終わったね」 「結構大変だったなー」 「充実していましたね」 「俺たちの仲も深まったしな!」   学生達が中庭に集まると、ヘッドマスターや教職員達も出てきた。 『学生諸君、ご苦労様でした。カードをすべて集めた学生、集められなかった学生も、今日は学びがあったと思います』   そこでヘッドマスターは、学生達を見渡した。 『六つの徳目は、どれかひとつが優秀であっても、欠けてしまってもよいというわけではない。この六つは互いを支え合い、一つとなって初めて真の徳となる』   ヘッドマスターのやさしい声が、静かな中庭に響く。 『人は、ひとりでは決して生きていけない。だからこそ、六つの徳目のように、支え合いながら、補い合っていきながら生きていく。これこそが、このエリシアン・ロイヤル・アカデミーが三百年にわたり受け継いできた教育理念です』   そう言ったあと、ヘッドマスターはやさしく微笑んだ。 『六枚のカードをすべて集めた学生は、気づいたのではないでしょうか。そのことを忘れずに、日々を過ごしてほしい』   その言葉のあと、学生達から大きな拍手が起こった。 『さて、このあとは準備ができ次第ランタン・リレーを行う。各寮の代表者はスタート地点に集まるように』   中庭にいた各寮の代表者達が移動していく。 「カイは、やっぱり出られないよね?」 「万全な状態だったとして、出ると思うか?」 「ケガをしてなくても出ないと思う」 「分かってんなら聞くな」   僕達の会話を聞いていたテオが「ルークはアンカーだもんな!」と話に入ってくる。 「僭越ながらね」 「行きましょう」 「お前ら三人とも出るのかよ」   カイは「ご苦労なこった」と言いながらケガをしていない右手を挙げた。 「カイ」 「あ?」 「ゴールの中庭で待ってて」 「なんで?」   怪訝そうな顔で僕を見るカイに「君に、待っててほしいから」と真剣な顔で伝える。 「……いいからさっさと行けよ」   僕の気持ちに気づいていないのか、それとも気づかないふりをしているのか分からないけど、カイらしい返答に僕は思わず笑う。 「あとでね」   カイは無言で手を振ると、そのままどこかに歩いている行く。 「俺達も行こうぜ」 「うん」   ランタン・リレーは四人一組のチームで、レジスとコモンのハウスからそれぞれ三チーム出て計六チームで競い合う。 バトンの代わりにランタンを持って走って、灯りを消さずにゴールの中庭まで一番早く着いたハウスの勝利だ。 「俺達のチームは……」 「ルシアン殿下! ご一緒のチームになれて私は大変光栄でございます!」 「ありがとう」   僕はテオとアート、そしてフェリックスの四人チームだ。 「なんだか久しぶりだね」 「カイにボッコボコにされたからな」 「さ、されていません!」 「恥ずかしがんなよ!」 「なっ!」   あの日のことをからかわれて、フェリックスは顔を真っ赤にしながら反論をした。 「そ、そんなことよりもランタン・リレーの順番は予定通りでよろしいですか?」 「そうだな」 「私が一番手、貴様が二番手、セオドアが三番手、そしてアンカーはルシアン殿下だ」 「かしこまりました! このフェリックス・ブレント……。必ずや皆様を優勝へと導きます!」   気合を入れるフェリックスに「おー、頑張れよー」とテオが棒読みで鼓舞をする。 「まあ、ルークはなにがなんでも勝たないとだな」 「どうして?」 「そりゃあ……」   テオは僕にだけ聞こえるように「カイに優勝のランタンの灯りを渡さないと、だろ?」と言ってウィンクをする。   このランタン・リレーには甘い言い伝えがある。 ゴールをしたあと、ランタンの火を小さなキャンドルに移していく。 そして、優勝のランタンの灯りをもらったキャンドルを眺めながら、好意のある人物と一緒に語り合うと親密になれる、という誰がどのタイミングで作ったのかは分からない言い伝えた。 「フフッ」   テオの言葉を肯定も否定もしない。 ただ、優勝はしたいな、と思っているだけだ。   僕は三人と別れて、アンカーが走るスタート位置へと移動する。 「ルシアン!」 「よろしくお願いいたします。たとえルシアンといえど、全力でいかせていただきますよ」 「ああ、もちろんだよ」   僕はコモン・ハウスのアンカーの学生達にも「君達も、全力で走ってくれ」と伝えた。 少し待っていると、始まりを告げるチャペルの鐘が鳴った。 あとは、テオがランタンの灯りを消さずにここまで届けてくれることを祈るだけだ。 校舎から声援らしい学生達の声が聞こえてくる。 多分、今走っているのは二番手だから、フェリックスか。 渡り廊下を走るコースだったから、そこから学生達が見ているのだろう。 そんなことを考えていると、コモンの学生に質問をされた。 「あの……ひとつ聞いてもいいですか?」 「ん? なにかな?」 「……カイとはどういう関係なんですか?」 「え?」 「き、貴様! 失礼ではないのか!」   レジスの学生が即座に反応するが、僕は「いいから」と止める。 「僕は、友人だと思っているけど」 「友人……? 王族なのに、ですか?」 「……僕は王族だけど、その前に一人の人間なんだよね」 「殿下……」   僕が答えると「……そんなこと言っていいんですか?」とコモンの学生が苦笑した。 「このアカデミーにいる間は、王族も貴族も庶民も関係ない。みんな、平等だと思っているよ」 「……そうですか」 「ルシアン……」   レジスの学生がなにか言いたげな顔を見せるが、その前に廊下の奥の曲がり角からテオが姿を見せた。 「ルーク!」 「さすがテオ」   灯りを消せずに一番乗りで姿を見せたテオに、僕は思わず拍手をする。 テオの後ろには、まだ他の学生は見えない。 これなら優勝できそうだ。 「はいよ!」 「ありがとう」   テオからランタンを受け取ると、僕は灯りを消さないよう慎重に、かつ早歩きで中庭を目指す。 正直、待っているかは分からない。 だけど、僕はこの灯りを届けたいと思っている、唯一の人物が待っていてくれているであろう中庭。 最初の出会いは、そんなに良かったわけじゃない。 僕は背中に水をかけられたしね。 そういえば、あの水の意味はなんだったんだろう。 考えても分からないし、カイに聞いたところで正直に答えてくれるかは分からない。 だけど、彼と一緒に過ごしていく中で、冷たさの裏にあるやさしさに気づいた。 同時に、彼の抱えている孤独にも気づいた。 だから、僕はもっと君の心に触れたいんだ。 ——君のことを教えてよ。 『ルシアンが一番にゴールしました! ランタン・リレーの優勝者はルシアンのチーム——レジス・ハウスです!』   実況をしている学生がそう宣言すると、中庭に集まっていた学生達から大きな歓声が上がる。 「ルシアン! おめでとうございます!」 「さすがです!」 「今年もレジス・ハウスの優勝ですね!」   僕の周りに学生達が集まってくるが、僕は「ありがとう」と笑顔で返しながらもカイを探していた。 だけど、カイの姿は見つからなかった。 やっぱり、待っててはくれなかったか。 予想通りだけど、残念だ。 『レジス・ハウスには王家の紋章の入った旗をお渡しします』 「ルーク! やったな!」 「ルシアン殿下、おめでとうございます」 「ルシアン殿下! さすがでございます!」 「ありがとう。三人のおかげだよ」   僕達のランタンから灯りを移したキャンドルをブラックウッド卿から受け取ると「ごめん、ちょっと抜けるね」と三人に伝えてカイのことを探しに行く。 「もう少しで晩餐会だぞ」 「時間までには戻るよ」   中庭を見て回るが、学生達が手に持っているたくさんのキャンドルの灯りが揺れているだけで、カイの姿はない。 「……やっぱりいないか」   僕が手元のキャンドルに視線を落とすと「どこ探してんだよ」というすこしあきれたような聞き覚えのある声が耳に届いてきた。 その声に振り返ると、中庭と校舎の間にある渡り廊下の柱のそばでカイが立っているのを見つけた。 「……中庭で待っててって言ったじゃん」 「ここも立派な中庭だろうが」 「屁理屈」   そんな風に文句を言うけど、僕は自分の口角がいつもよりも上がっていることに気づいていた。 カイのいる柱のそばまで近寄ると、中庭で騒いでいる学生達の声が、どこか遠くに聞こえる。 ここには、僕達だけしかいないんだなと実感して、すこしくすぐったい。 「んで?」 「ん?」 「待っててほしかった理由は?」 「だから、言っただろう? 君に待っててほしかったって」   僕がそう言うと「本当にそれだけが理由かよ」とカイがあきれた顔をする。 「他になにか理由が欲しかった?」 「……別に」   柱に背中をつけて寄りかかっているカイの前に、僕はキャンドルを差し出した。 「これが噂のキャンドルか」 「噂の?」   もしかして、カイもあの噂を知っているかと少しドキッとした。 「優勝したランタンの灯りで火がついたキャンドルは、なんかいいんだろ?」 「なんかって……」   噂の内容はうろ覚えのようで、安心したようなガッカリしたような、なんとも複雑な気持ちになった。 「……」 「……」   カイがジッと灯りを見つめる。 いつの間にか外が暗くなってきていて、キャンドルの灯りがカイの顔をやさしく照らしている。   綺麗だな。 本当に、カイは美しい。   キャンドルの灯りが揺れるたびにカイを照らしている場所が変わるけど、ただただ美しい。 僕がカイに見とれていると、それに気づいたカイが顔を上げた。 「……なんだよ?」 「……ううん」 そう言って僕はキャンドルに視線を移す。 「綺麗だね」 「……ああ」   返事をしたカイの表情は、一週間前とは違ってとても穏やかだった。 あの言い伝えは、本当だったのかもしれないな。

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