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第六章 Shall we dance?・第一話
窓から外を眺めると、真っ白な銀世界が広がっていた。
寒さが本格的になってきた十二月。
今月のメインイベントは、全学生が参加する『ウィンター・ボール』だ。
学生達が楽しそうにウィンター・ボールの話をしている中「……なんだその嫌な予感しかないイベント」と不機嫌さを隠さない声が聞こえてくる。
声のする方に視線を向けると、ブラックウッド卿が黒板に書き残した"ウィンター・ボール"という単語を見つけた寝起きのカイが、心底面倒くさいという表情を浮かべていた。
カイの衝撃的な発言を聞いたテオが、信じられないという顔をしながら「お前……先月どうやって生きてたわけ?」と質問した。
「あれだけ校内がウィンター・ボールの話題で持ち切りだったのにね」
「まったく……わが校の年間行事くらい把握しておけ」
「興味ねぇからな」
テオがますます意味が分からないという表情でカイを見るが、カイは我関せずといった様子だ。
「それで……なんだよ? そのウィンター・ボールって?」
「クリスマスの二週間前に開催される仮面舞踏会だよ! 本館のホールで学生も教職員もみんなが着飾るお祭りだって!」
テオの説明を聞いたカイは、僕の予想通りの顔を浮かべた。
「そっか、お疲れさん」
「聞いてたか? 全員強制参加だっての」
「めんどくさすぎる……」
「アッハハ! イベントを楽しめって!」
そう言ってテオはカイの背中を叩く。
「俺はまだケガ人だしな」
「とっくに完治してるくせになに言ってんだよ!」
色々と言い訳をしてウィンター・ボール参加を回避しようとするカイを、すべて論破するテオ。
カイの表情がどんどん険しくなっていく。
「事前にパートナーを誘ってダンスをするもよし、当日その場で相手を見繕うもよし! ダンスそっちのけで豪華なケータリングを食べるもよし!」
「毎年、この時期に開催されるということを知っておくんだな」
カイはジッと僕のことを見つめると「……お前は……」と言いかけて止まる。
「なに?」
「……いや」
そう言うと、僕達三人に「お前達は、誰か誘うのか?」と質問をする。
「なになに? 興味津々じゃん!」
「暇つぶしの世間話に嬉しそうな顔すんな」
「もっと素直になれよなー!」
カイの質問に「まあ、と言っても俺達は誰も誘わないよな」とテオが答える。
「ああ。ルシアン殿下が誰かと踊るとなったら、全学生がパニックに陥るな」
「そんなことはないだろう」
「こいつは珍獣かなんかか?」
「いえ、そんなことあります」
「ルークの心を射止めるのは誰だー!? って去年も大騒ぎだったもんな」
そんな話を聞いたカイは、僕に「……お前も苦労してんだな」と憐れみの目を向けてくる。
「……まあ、みんな"ルシアン殿下"と踊りたいんじゃない」
「……」
「学校でまでちゃんと踊るのは遠慮したいけどね」
「……そうかよ」
少し気まずい空気が流れたことを察したテオが「っていうかさ」と話を変える。
「お前、正装用のスーツ持ってんのか? ないなら早めに仕立てないと間に合わなくなるぞ」
テオに続いてアートがめずらしく話に乗る。
「なんなら、私の服を貸してやろうか? 背丈はそこまで変わらないだろう」
「いらねえよ……」
カイは少し沈黙をはさんだあと「参加しない選択肢は」と聞く。
「ない」
「まじか……」
「強・制・参・加!」
「だるすぎる……」
二人のやりとりを聞いていて、少し面白くない気持ちが芽生えてきた。
ソブリン・デーを経て、テオは随分とカイを気に入ったようだ。
僕がいないところでも、二人で話をしている姿を見かける。
最初のころはカイのことなんてどうでもいいとか言ってなかったっけ。
そんな風に思いながらジッと見つめていると、僕の視線に気づいたテオが「まあ、間に合わなかったらルークに借りたらいいよ!」と少し焦った様子で提案した。
「王子様の服なんか借りられるかよ」
「そ、そうだぞセオドア! ルシアン殿下のお召し物を借りるだなんて……万死に値する!」
「どんな大罪だよ……」
テンポのいい掛け合いを繰り出すカイとアートに、ますます面白くない。
「カイ」
「……ん?」
「なんでも好きな服を貸すから、絶対参加だよ」
ニッコリという効果音がつきそうな僕の笑みを見たカイは「……考えとくわ」とだけ言って机に突っ伏した。
◆
ウィンター・ボール当日。
結局、カイは僕にスーツを借りに来なかった。
仕立てが間に合ったのか、それとも元々正装用のスーツを持っていたのかは分からない。
まあ、仮に来なかったということは、ちゃんと用意ができたのだろう。
僕はロイヤルブルーのジャケットを手に取ると、シャツの上から羽織る。
準備をしていると、僕の側近であるセバスチャンが話しかけてきた。
「ルシアン殿下、セオドア様とアーサー様が外でお待ちです」
「分かった」
ブラックをベースにして、ロイヤルブルーとゴールドがあしらわれた少しシャープなフォルムのコロンビーナの仮面を手に取る。
準備が終わり部屋を出ると、セバスチャンの言葉通り、テオとアートが壁に寄りかかりながら窓の外を見ていた。
僕が出てきたことに気づいたテオは「おっ! 決まってるね〜」と笑う。
「さすがルシアン殿下! 本日のお召し物も大変お似合いでいらっしゃいます」
「そうかな?」
いつも以上に着飾った僕の姿を見て「さっすが、王子様って感じだな!」と雑に褒めてきた。
「なにを当たり前のことを言っているんだ!」
テオの軽口をアートが咎めるいつものパターンだ。
「二人も素敵だよ」
「あ、ありがとうございます!」
「馬子にも衣装って感じだよなー」
そう言ってテオは乱暴に頭を掻いたあと、手に持っていたヴェネチアンマスクを着けた。
「そういえば、結局あいつは来るのか?」
同じように仮面を着けていた手が一瞬止まる。
「……カイのこと?」
「そ!」
「それは来るだろう」
僕は「まあ……全学生が強制参加の伝統行事だからね」と伝えた。
ウィンター・ボールの会場となる本館に向かう道すがら、いつも以上に視線が集まっていることに気づく。
「素敵……」
「凛とした佇まいですわ」
「あれは誰なのかしら」
学生達の小さな声が聞こえてくる。
まあ、公務じゃないし、仮面を着けている分マシだな。
「顔が見えなくても人気だね〜」
「仮面を着けていてもルシアン殿下のオーラは隠し切れないからな」
「そんなことを言ってないで、早く中に入ろう」
「へいへい」
煌びやかな装飾がほどこされたホールの中に入ると、生徒や教師が華やかに着飾って、自分好みの仮面を着けていた。
「眩しいなー!」
「二人は好きに回りなよ」
「お前はどうするんだよ?」
「……そうだな」
「あれでしたら座れる場所を探しましょうか?」
「うーん……」
誰かに話しかけられる前に、適当にホールでやり過ごそうかな。
そんなことを考えていると、右から鋭い視線を感じた。
「あっ……」
「ん? どうした?」
「ルシアン殿下?」
――目が合った。
シンプルなドミノマスクから覗く、僕の好きな、あの鋭いグレーの瞳。
「ルーク?」
「ルシアン殿下?」
気づいたときには、歩き出していた。
「おーい! どこ行くんだよ」
「ルシアン殿下!?」
二人の呼びかけがどこか遠くに聞こえる。
僕は吸い込まれるように階段の上から僕のことを見つめている男に近づいて行った。
「……」
「……」
男の目の前に立つと、確信した。
男も、僕だと確信しているように見えた。
無駄な装飾を省いたシンプルなダークグレーのスリーピーススーツをサラリと着こなした立ち姿に、思わず見惚れてしまう。
僕はゆっくりと右手を差し出して「私と、踊っていただけませんか?」と微笑みながら彼をダンスに誘う。
「……王族が俺みたいのを誘っていいのか?」
挑発的だけど、どこかさみしさをはらんだ声色で返ってきたすこし予想外の返事に、思わず声を出して笑いそうになる。
「いいよ……。今夜は仮面舞踏会――ただの"お前"と"俺"になろう」
僕の言葉を聞いたカイが、めずらしく動揺したようだ。
あのグレーの瞳がマスク越しでも分かるくらい大きく見開いた。
カイの顔に一瞬迷いが見えたが、すぐにいつもの真顔に戻ったかと思うと「……ステップ間違えても怒んなよ」と苦笑した。
今日のカイは、表情がよく変わる。
僕の差し出した右手に、カイは自分の少し骨張った指を絡ませるようにのせる。
僕はその手をやさしく握って、そのまま彼の手の甲に口づけを落としてから「もちろん」と微笑んだ。
「キ、キザ野郎……っ」
ほんのり顔を赤く染めてそんなことを言うカイに、思わず見惚れてしまう。
このまま見つめていたら、本当に触れてしまいそうだ。
僕は、そんな衝動をグッとこらえると、カイをエスコートしながら階段を下りて行く。
そんな僕達に、自然と会場内の視線が集まる。
美しい姿勢でフロアの真ん中を目指す僕達は、注目の的だった。
フロアの真ん中に立ち、カイと向かい合う。
カイの右手を取り、左手を腰に回す。
「……おい」
「ん?」
「手、震えてんぞ」
「……え?」
今まで、幾度となく完璧なダンスを踊ってきた。
それこそ、みんなが羨む高嶺の花と称されるような令嬢から、経験豊富なマダムまで。
それでも、こんな風に向き合うだけで緊張することなんてなかったのに。
「……ヘマすんなよ、王子様」
「……期待に応えられるよう頑張るよ」
僕がそう答えたあと、オーケストラの最初の一音がダンスフロアに響いた。
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