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第七章 仮面の交換・第一話
「……本当にやるの?」
ケンジス・ハウスの一室に、二人の少年がいた。
不穏な気配に身を硬くするルシアンと、いつもよりも固い表情を浮かべたカイだ。
「やる」
カイの返答を聞いたルシアンは、握りしめた拳に力を入れる。
天井が高く、大きな窓が目の前に広がる。
窓の外には、冬のロンドン特有のスモッグ混じりの薄暗い空が広がっていた。
窓は防弾仕様になっており、自由に開閉することができない。
窓から下を覗き込んだカイの瞳には、ルシアンを護るためのSPの姿が映った。
「……しんど」
カイのつぶやきを拾ったルシアンは「……これが僕の世界だよ」とすべてを諦めたように言い捨てた。
「……本当にいいんだね?」
ルシアンがカイの真意を探るような真剣な瞳で見つめる。
「いいって言ってんだろ」
この数日、ルシアンによって何度も同じ確認をされたカイは心底うんざりしていた。
「いい加減にしろよな……」
「……」
「話し合った結果だろ」
「……僕は未だに納得していないからね」
「納得しなくても理解しろよ」
ルシアンは「……どうして君の方がそんなに前向きなんだ」と眉間にシワをよせる。
カイは無言で壁に飾られているアッシュボーン家が全員揃って描かれた肖像画に歩み寄ると、ルシアンの絵姿の前に立つ。
そして、描かれているルシアンの頬にやさしく触れるとゆっくりとルシアンの方を振り返る。
振り返った瞬間、ルシアンと同じプラチナブロンドに染まった髪の毛がふわっと弾む。
「……お前を、失うわけにはいかないからな」
「っ……!」
カイの言葉に言葉を失ったルシアンをまっすぐに見つめる偽物のロイヤルブルーの瞳には、迷いや不安の色が綺麗に消えていた。
どうしてこうなったんだろう。
ことの発端は、一週間前――。
◆
――二週間前。
「……それはたしかな情報か?」
週末、一時帰宅したカイが夜中に目を覚ますと父親の部屋から話し声が聞こえてきた。
普段よりも緊迫した様子を感じ取れる父の声色に、カイは思わず足を止めた。
「……分かった。MI6と情報共有を忘れるな」
通話を切った真琴が、短く息を漏らす。
「……なあ」
「!」
カイが声をかけると、真琴が素早い動きで振り返る。
普段の真琴からは考えられない反応に、カイは少し動揺した。
冷静沈着な父親が、自分自身の気配に気づかないほどの事件が起きるのではないかと疑った。
「……どうした?」
「なにかあったのか?」
「子どもには関係のない話だ」
そんな真琴の言葉に、カイは反論した。
「もうガキじゃない……自分のことは自分で考えられる」
カイの反論に、真琴は「……お前が反論するなんて珍しいな」と息子の変化にほんの少し口角を上げる。
「……あんたが俺の気配に気づかないなんておかしいだろ。なにがあったんだよ……」
「よく喋るな」
「おい!」
カイは真琴に詰め寄るが、真琴は「子どもはさっさと寝ろ」とだけ言い捨てると部屋の扉を閉めた。
「……なんなんだよ……」
真琴から情報共有を完全に断られたカイは、自分の力で調べることにした。
しかし、あれから一週間が経つが、ただの学生であるカイがCIAの情報をつかむことは難しかった。
――時間がない。
焦りを隠せないカイが校内を徘徊していると「……おい」と後ろから肩を叩かれた。
カイは慌てて後ろを振り向くと、そこに立っていたのはセオドアとアーサーだった。
「……なんだお前らか」
「珍しいねー、カイがここまで人の気配に気づかないなんて!」
普段から人の気配に敏感なカイの後ろを取ることは、アーサーでさえも難しい。
そんなカイが肩を叩かれるまで自分達に気づかなかったことに違和感を覚えたアーサーは「……なにかあったのか?」と質問をする。
「……別に」
そう短く答えたカイに、アーサーは「……ふざけるな」と低い声を出す。
「ここ数日、王室の方がどことなく騒がしい……。それを私が気づかないとでも思ったのか……」
「……」
「ヴェイン家も、ずいぶん舐められたものだな……」
「落ち着けよアート」
怒りを露わにするアーサーをなだめながら、セオドアも真っ直ぐカイのことを見る。
「……でも、俺もなにかあるんだってことには気づいたよ。だけど、それがなんなのかが分からない……。知ってることがあるのなら教えてほしい」
セオドアの真剣な表情に、カイは「……悪い」と謝罪した。
「本当に知らないんだ……」
「……本当だろうな?」
カイが小さくうなずくと、アーサーはため息をつく。
「ならばここ最近の騒がしさはなんなんだ……」
アーサーが小さく舌打ちをすると、カイは「……確信はないが……」と続ける。
「……なにかデカい犯罪計画があるんだと思う」
カイの言葉に「な、なんだと……?」とアーサーが反応した。
「俺の親父がCIAのオフィサーなのは知ってんだろ?」
「え? そうなの?」
「まあ……なんとなく、そうなのではないかと思ってはいたが……」
二人は知らなかったのか、と驚きつつもカイは話を進めた。
「数日前、親父が電話しているところを偶然聞いた。……アメリカの中央情報局がイギリスの秘密情報部のMI6と情報共有が必要になるくらいの事件だ」
「なに……!?」
カイは「……国際テロか……王室内部の情報漏洩か……あるいは……」といったん言葉を切る。
「……誘拐……」
「!!」
三人は顔を見合わせる。
三人の脳裏に浮かんだのは、ただ一人。
このアカデミーに通う、誰よりも気高く、それでいて脆い立場の第二王子、ルシアンだった。
「そ、んな……」
「……王太子、もしくは第二王子の誘拐を計画しているのが国際的な犯罪組織なら、CIAが先に情報をつかんでいても不思議じゃない……。もともと、俺がここに来たのも、親父がデカい犯罪組織を追ってたからだ」
アーサーも眉間にシワを寄せながら「たしかに……それなら最近の王室がピリついているのも納得だが……」と同意する。
「で、でも、情報をつかんでるなら大丈夫じゃない? 先回りして警備を強化したりさ!」
「……」
「……」
不確かな情報だけで考えていても埒が明かない。
そう結論づけたカイは「……確かめに行く」と言い出した。
「え?」
セオドアは「た、確かめるって……どこに?」とカイに聞く。
「……親父のとこ」
「だって親父さんは教えてくれなかったんだろ?」
「それでも……ここで動かなきゃ後悔する気がするんだよ」
カイは拳を固く握る。
「なにか分かったら連絡する」
そう言ってカイはその場を走り去ろうとするが「待て……!」とアーサーが呼び止めた。
「なんだよ」
「……一人で行かせるわけがないだろう」
「……は?」
アーサーは眼鏡を軽く押し上げると「……少しは人を頼ることを覚えたらどうなんだ」とカイを睨む。
「そんな怖い顔しちゃってさー。カイのことが心配だから一緒に行くよって、素直に言えばいいじゃん」
「そ、そういう意味ではない!」
カイが自身の父親に苦手意識を持っていると感じた二人は、カイと同行すると申し出る。
「お前一人ではまた門前払いだろう」
「苦手な人には強く出られないもんねー」
「なんで……」
心底理解ができないという顔をするカイに、テオは笑いながら肩を組んだ。
「一人で抱え込むなよ! 友達だろ!」
セオドアの言葉に、カイは「……友達?」とつぶやいた。
「え、なに? お前の中で俺達の存在ってなんだったわけ?」
「まあ……知り合い以上ではあるな」
「アートはもう少し素直になりなよ」
「う、うるさい!」
テオが「ルークのピンチは俺達のピンチだ! そんなピンチを救うのは、俺達三人しかいねーだろ!」と笑うと「不本意ではあるが、ルシアン殿下もお前に心を許している……。ルシアン殿下が認めた男を、私が認めないわけにはいかないからな……」とアーサーも続けた。
「……バカじゃねえの」
カイは緩みそうになる口元を腕で隠す。
「なっ!」
「ハイハイ! アートに負けず劣らずカイもツンデレだな!」
一度深呼吸をしてから、カイは「もし、王族誘拐事件の計画を阻止するための極秘の話し合いをするとしたら、どこだ?」と二人に聞く。
「恐らくウィンヴェイル城の中にある会議室だろうな」
「だな」
三人は顔を見合わせてからうなずくと「急ごう……」とウィンヴェイル城へと向かった。
「……ここだ」
城の中に入ると、アーサーが先頭に立って会議室に向かった。
「おい、足音がでかい」
「なに!?」
「お前はそれでも近衛の家系かよ」
「貴様……!」
二人のやり取りを聞いていたセオドアが「お前らーいい加減しろよー」と笑顔のまま二人の頭を殴った。
「っ!」
「くっ……! 私としたことが……!」
会議室の前に到着すると、三人は扉に耳を当てて中の会話を探ろうとする。
しかし、扉から漏れる声はくぐもっており、会話の内容は聞き取れない。
「……なんとかするか」
「なんとかって、どうするんだよ?」
カイは会議室の扉の上部についているはめ殺しの窓を見上げると「あれ割れるか……」とつぶやいた。
「パワープレイすぎる!」
「音でバレるだろう!」
「じゃあどうすんだよ……」
三人が扉の前で騒いでいると、ガチャっという大きな音を立てて、会議室のドアがゆっくりと開いた。
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