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第七章 仮面の交換・第二話
ドアが開いて、中から出て来たのは、カイの父親である真琴。
会議室の中にはCIAのオフィサー、MI6のオフィサーとエージェント、そして王室警護専門部隊SO14の主要メンバーが大きな机を囲んでいた。
「……なにをしている」
カイの姿を見つけた真琴は冷たい瞳でカイのことを睨む。
「……」
カイは真琴の問いかけを無視して部屋の中を覗き込んだ。
ホワイトボードにはロンドン市内の地図や地下通路のような複雑な道が書き込まれた地図が貼っており、余白には警備員の人数や配置のような数字や丸が書かれていた。
「おい、誰だそのキッドは?」
好き勝手に部屋の中を観察するカイに、MI6のオフィサーがいら立ちを隠しながら皮肉混じりの笑顔で問いかける。
「……出て行け」
「……やっぱり……誘拐計画なんだろ」
カイがそう言うと、真琴のこめかみが動いた。
「ほぉー……」
「この子、マコトの息子だっけ?」
真琴の同僚であるCIAのオフィサーが、興味津々といった表情でカイの前に立つ。
「どこで分かった? マコトが教えたわけじゃないだろう」
「……当然だ」
カイは「あんたは親父の同僚だろ……。多分あっちがMI6のオフィサー……身体的にあんたらはエージェントだろ。そんで……」と目線をアーサーに移す。
「ああ……。あの方は王室警護専門部隊の部隊長だ」
アーサーがうなずくと「ホワイトボードの情報……王室の騒がしさ……そんで、これだけのメンバーが集まって極秘に会議することって考えたら簡単な問題だろ」とカイが言い切った。
「……本当に、よく喋る……。あれほど王族とは関わるなと釘を刺したはずなのにな」
「いいな、お前の息子。卒業後はウチにおいで」
「お前は黙っていろ」
カイは真琴の反応で、自分の考えが正しいことを確信した。
「やっぱりそうなんだな……」
カイがそう言うと「俺達にも教えてください!」「お願いします!」とセオドアとアーサーも続いた。
「もういいんじゃない?」
「ほとんどバレてるみたいだしな」
「おいおいおいおい……天下のCIAはこんなキッドを巻き込むのか?」
今まで黙っていたMI6のエージェントが話に割って入る。
「ここまで気づいているこの子達を放っておくほうが危険だと思わない?」
「そうかもしれないけどよ……」
「まあまあ、彼らに話すことで新しい糸口が見つかるかもしれないしな」
真琴は大きなため息をつくと「……お前達の言う通り、第二王子の誘拐計画の情報をCIAが秘密裏に入手した」と告げた。
「やっぱり……!」
「もともと、我々が追っていた国際テロ組織の一部が計画していた関係でMI6と合同調査に入ったが……ようやく実行日を特定した」
カイは「いつだ?」と質問する。
「……二月四日、アッシュボーン王家戦没者追悼式典の日だ」
「……!」
「追悼式典は王族が参加必須の伝統行事……」
「だからこの日にルークを誘拐しようって計画なわけね……」
CIAのオフィサーは「そうだ。だが、式典まであと一週間……。実行犯の人数や時間は謎のまま。下手に警備体制をいじくると、相手にこっちが察していると気づかれる可能性が高い……」と苦笑いする。
「ここで捕まえて組織の情報をつかみたいのよ」
「しかし、それで殿下の身になにかあったら……!」
「なにか起こらないように護るのがあんたらの仕事でしょうが!」
「なっ! あ、当たり前だろう!」
黙って話を聞いていたカイが「……いい案がある」と言い出した。
「……」
「俺が身代わりになる」
「な!?」
「カイ!?」
そう言った瞬間、真琴の空気が変わった。
「身代わり……だと?」
「ああ……」
「自分がなにを言ってるのか分かっているのか?」
「分かってる……。分からないほどバカじゃない」
真琴はカイに詰め寄ると「……お前はなにか勘違いをしていないか? お前はただの子どもだ」と冷たく言い放つ。
「……そんな子どもだからあいつに成り代われるんだろ」
「いい加減にしろ……」
「そっちこそいい加減に分かれよ。あいつを危険に晒すことはできないだろ……」
アーサーは「待て。お前の父上の言う通りだ。お前は王室とはなにも関係がない庶民……。ここは私が身代わりになる」とカイを止める。
「それなら俺でもいいじゃん!」
セオドアも便乗するが「アーサーは背が高すぎるし体格がよすぎる……。お前は背が低すぎるだろ」とカイが否定する。
「それに、お前らあいつの真似できるのか?」
「そ、それは……」
「……そういうカイはどうなんだよ?」
カイは真琴に視線を向けると「俺は親父から色々仕込まれてるからな。あいつの笑う時のクセまで完璧に模してやるよ」と言って口角を上げた。
「カイ……」
カイは真琴と向き合うと「こういう時のために、あんたは俺を教育してたんじゃないのかよ」と言った。
「……」
「お前は……本当に……」
それ以上なにも答えない真琴に痺れを切らしたカイは、部隊長に「俺なら誘拐犯と対峙した時もある程度なら対処できる。俺を作戦に組み込んでくれ」と頼んだ。
「ど、どうしてそこまで……。君の命の保証はできないんだぞ……」
カイは目をつぶった。
幼い頃、三年だけ一緒に過ごした祖父の後ろ姿を思い出す。
戦時中、最前で護り続けたことを武勇伝のように語る祖父の屈託のない笑顔を。
戦争で亡くした祖母を誰よりも愛した祖父の愛情深さを。
そして、損得など微塵も考えていない戦後の慈善活動に勤しむ祖父の後ろ姿を。
――護りたいものが手の届く範囲にあるのなら、迷わず護るのが男だろ!
そんな誇り高き大和魂を持つ祖父のように。
「……なにもしないで後悔はしたくないんだよ」
◆
――そして、追悼式当日の朝。
ルシアンの衣装部屋から選ばれたのは、ルシアンが追悼式典で纏うはずだった金糸の刺繍がひかえめに施された漆黒の礼服だった。
カイがジャケットに袖を通すと「……デカくねえか?」と感想をもらす。
肩は浮き、ウエスト部分も布が余っており、ベルトで固定していた。
「お前が無駄に華奢なんだろ……」
「なあ……さっきから仮面外れてね?」
「お前の前で仮面をつけ続ける必要なんて、もうないだろう」
ルシアンは王家の紋章をあしらったロイヤルブルーのネクタイを持って、カイの名前を呼ぶ。
「カイ……」
「まだつけんのかよ……」
第一ボタンまでしっかりと締められたシャツだけでも息苦しそうなカイは、ネクタイを見て嫌そうな顔を見せる。
「これが、僕だ」
「……苦しいな」
「ああ……。重たいよ……」
カイはため息をついて「ほら……」と首を差し出す。
「もっと寄って」
「……ん」
お互い一歩ずつ近寄ると、二人の距離は限りなく無いに等しくなった。
ルシアンはネクタイをカイの首の後ろに回すと、ゆっくりとした手つきで丁寧に結んでいく。
「……こうやって見ると、まーじでお前にそっくりだな」
壁に飾られている鏡をルシアンの肩越しに見つめたカイは、少し可笑しそうにした。
「当たり前だろ……。そのための変装なんだから……」
「だな……」
ルシアンの身代わりになるために髪を染めたカイは、背格好は多少異なるが、後ろから見ると誰が見てもルシアン・アッシュボーンだった。
「……お前まで……仮面を被る必要なんてないのに……」
ルシアンの言葉からは、葛藤が滲み出ていた。
「……早くしろよ。時間ねえぞ……」
そんなルシアンに気づいていないわけがないカイ。
しかし、今回の身代わり作戦を成功させることが第一優先だ。
カイは準備を進めるようにルシアンをうながす。
「……分かってるよ」
ルシアンはネクタイを締めると「……はい、できたよ」と手を離した。
「……」
最後の仕上げにロイヤルブルーのコンタクトレンズのケースを手に取るカイに、ルシアンが声をかける。
「カイ……」
「あ?」
「僕にやらせて」
ルシアンの出した右手が少し震えている。
カイはあきれたように笑いながら、持っていたケースをルシアンに渡す。
「……」
ルシアンは無言で受け取るとケースからレンズを取り出して、カイのグレーの瞳に自分の瞳を被せた。
「……」
ロイヤルブルーのコンタクトを入れたカイを見て、ルシアンは「……うん」とうなずく。
「……ムカつくくらい、誰が見ても、お前はルシアン・アッシュボーンだよ」
「本人公認なら間違いねえな」
カイのニヒルな笑みを見たルシアンは「僕はそんな風に笑わないよ」と、この部屋に入ってから初めての笑顔を見せる。
ルシアンはもう一度カイの名前を呼ぶと、ポケットから小さな箱を取り出す。
「これを……」
「ん?」
箱の中身は、小さく王家の紋章が入ったロイヤルブルーと金色のピアス。
ルシアンは左手でカイの耳に触れる。
「……」
「お守り……」
「お前ピアスしてねえだろ」
「たまにしてるよ」
ルシアンはピアスを取り出すと、カイの右耳に付けた。
ロイヤルブルーの美しいピアスが、カイが動くたびやさしく揺れる。
「これ、僕のお気に入りだから……絶対返してよ」
そう言って笑ったルシアンの顔を、カイはじっと見つめる。
「お前さ……」
「ん?」
カイはルシアンの右の眉毛に手を伸ばすと「無理して笑う時、右の眉毛が若干上がるんだよな」と、ルシアン自身も気づいていなかったクセを指摘する。
「……え?」
ルシアンから離れたカイは、鏡の前に立つと「おーすげえ……別人」と言いながらまじまじと自分の姿を見る。
「……だから分かんの。あ、こいつ今無理して笑ってんなーって」
「そ、そうなの……?」
「自分でも気づかないクセってあるよな」
カイは鏡越しにルシアンを見る。
同じようにルシアンもカイを見る。
鏡越しに視線が重なった瞬間、カイが笑った。
いつものルシアンの――完璧な笑顔で。
――あんなに大嫌いだったはずの笑顔が、どうしてこんなにも愛おしく見えるんだろう。
ルシアンという仮面を被ったカイを見て、どうしようもない恐怖と愛おしさで胸が押しつぶされそうになっていた。
「よし、行くか……」
準備が終わり、外で待たせているセオドアとアーサーと合流するために部屋から出ようとするカイの腕を、ルシアンは思わずつかむ。
「……」
「……あっ……」
ルシアンの言葉が出るまで、カイはなにも言わずに待っていた。
ルシアンは何度もなにかを伝えようとするが、言葉にならない。
「……ごめん」
最終的に、ルシアンから出てきた言葉はありきたりなものだった。
カイは「……それだけか?」と質問する。
そんなカイからの問いかけに、ルシアンは「……うん、それだけだよ」と笑顔を見せる。
ルシアンの笑顔を見つめたあと、カイは「……分かった」とだけ返した。
「……この扉を出たら、お前はこの国の第二王子、ルシアン・エドワード・レオポルド・アッシュボーンだ」
「……」
ルシアンはカイの後ろ姿を静かに見つめた。
カイの表情は分からなかったが、彼の肩に力が入っていることは見て取れた。
――多分、振り返ったら戻れない。
お互い、同じことを思っている。
「……ああ」
カイは小さくうなずくと、握っていた手に力を入れてドアノブを回した。
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