17 / 19
幕間 檻の鍵
ここ数日、僕の周りが騒がしい。
SPが増えた。
それに、今まで以上に監視の目が厳しくなっているようだ。
「なんだか落ち着かないね」
「……」
「なにか、知っているんだろう?」
僕がテオ、アート、そしてカイの三人に問いかけると、三人は顔を見合わせてから、ようやく口を開いた。
「誘拐……?」
三人の口から出てきた単語を、僕は繰り返した。
「はい。ルシアン殿下を誘拐するという計画をCIAが独自に入手したそうで……」
「なるほど……」
だからか、と腑に落ちた。
「ずいぶん冷静だな?」
「まあ……一度も経験がないわけじゃないからね」
僕は無意識に服の上から鎖骨辺りをおさえる。
「……そういえば、小さい時も一回あったな」
テオがそう言うと「うん。……まあ、あれは未遂で終わったけどね」と目をつぶる。
僕を捕えようと手を伸ばす男の顔……ナイフで切りつけられた時に飛び散った鮮明な赤……。
今もまだ、僕の体に薄らと残る傷を見るたびに、当時のことを思い出す。
「今回は国際的なテロ組織が関わっているそうです……」
「どうりで警護が手厚いわけだ」
そう言って笑うと、カイの表情が少しだけ険しくなった。
「それで、いつなんだい?」
「追悼式典の日です。ですが、具体的な時間は分からず……人数も分からない状況だそうです」
「そうか」
僕はゆっくりうなずくと「これが王族の運命かな」とつぶやいた。
「まあ、お前はその日エリオット殿下とケンジス・ハウスでお留守番だけどな」
――は?
言っている意味が分からない。
僕がなにも話せないでいると「カイが……ルークの身代わりをやるって」とテオが説明する。
「意味が分からない」
「この二人は体格が違いすぎるしな。それに、身代わりは簡単じゃねえ。些細なことで変装がバレるかもしれねえだろ」
「そういうことを言っているんじゃない!」
思いの外大きな声が出てしまったが、なりふり構っていられなかった。
「どうして僕の身代わりを立てる話になっているんだ?」
「今回、相手は国際的なテロ組織なんだよ。しかもCIAが十年くらい追ってたらしい」
「それと身代わりのなにが関係あるんだ?」
僕の質問に、カイは面倒くさそうな顔をすると「ここらで組織の尻尾をつかんで一網打尽にしたいんだよ。そのためにはお前はかなり危険な立場になるんだ」と言い捨てる。
「だから、それがなんだって言うんだ?」
「お前がノコノコ参加して捕まったら迷惑だって言ってんだよ」
「なに……!?」
カイに詰め寄ろうとするが、その前にテオに止められる。
「はいはい、ストーップ!」
テオは「カイったら、言葉足らずだなー。本当は、ルークを危ない目に遭わせたくないから、囮を買って出たって言わないと!」と笑う。
「え?」
「……別にそんなんじゃねえよ」
カイはテオを軽く小突いたあと「お前が護ってきたものを、俺が絶対護ってやるから……俺を信じろ」と真っ直ぐな瞳で言い切った。
◆
それから、不本意ではあるが一週間かけてカイに王族とはなにかを叩き込んだ。
王家の歴史から現代に至るまでの軌跡、立ち居振る舞い、食事のマナー、そして、笑い方――第二王子として知っておかなくてはいけないことをすべて教えた。
「ヘッタクソすぎる」
「……うるせえな」
「お前の表情筋はどこにいったんだ……」
「戻してるから前日までには間に合わせるっての」
壊滅的に笑顔が下手くそなカイを見て、これは身代わりなんて無理なんじゃないかと思った。
「違う、そうじゃない」
「チッ……親父よりスパルタじゃねえか……」
「当たり前だろう。プロを相手に欺くんだ。バレる隙なんてひとつもやらないよ」
「……へいへい」
僕の心配をよそに、時間をかけていくとカイはどんどんルシアン・アッシュボーンに近づいていった。
僕の被った仮面を、一枚ずつ被っていく。
カイが、僕に近づくたびに、僕の胸は苦しくなった。
追悼式典の前日、最後の確認をするために僕達はケンジス・ハウスにある僕の部屋にいた。
薄暗い部屋の中で、鏡に向かって髪の毛を整えているカイ。
僕の髪色であるプラチナブロンドに染まったカイの髪が部屋のライトに照らされながら小さく揺れていて、思わず手を伸ばしそうになる。
「……綺麗な黒髪だったのに……」
「あ?」
カイは、鏡越しに僕を見ると「こんなのすぐ落ちんだろ」と適当に答える。
まったく、僕の気も知らないで。
髪の毛を整えたカイはコンタクトをつけると、くるりとこちらを向いた。
「……どーよ」
自信満々な表情で僕を見るカイ。
宣言通り、追悼式典前日に間に合わせてきた。
カイが部屋の中をぐるりと歩く姿を見て「あーもう……!」と僕は吐き捨てるように言ったあと、両手をあげて降参のポーズを取る。
「認めるよ……」
「今かよ」
「……」
カイの完璧な変装――。
できるわけがないと思ってた。
僕が十年かけて完成させたのに、カイはたったの一週間。
外見だけじゃなく、歩き方や姿勢、話す時のちょっとした仕草までを完璧に模するカイを、僕は認めざるを得なかった。
「あーあー……。お前の変装に少しでも綻びがあれば、それを理由に断れるのに」
「お褒めにあずかり光栄だな」
悔しそうにそう言う僕に、カイはフンッと鼻で笑った。
「その顔、外では絶対しないでよ」
「するわけねえだろ」
「……」
僕の髪色に染めて、僕の瞳――ロイヤルブルーのコンタクトレンズをつけたカイの姿をジッと見つめた。
「ねえ……」
「あ?」
「……」
僕は偽物のロイヤルブルーの瞳を見つめる。
気づけば、僕の右手は勝手に伸びていた。
指先がカイの頬に触れる。
「……」
温かい。
カイの体温を確かめるように、僕は親指でやさしくなぞる。
生きている。
この温もりを、失いたくない。
「……」
「……」
僕は両手でカイの頬を包み込んで、ほんのすこしだけ距離を詰める。
本当は、行かないでと伝えたい。
僕自身が誘拐されるのはいい。
僕が傷つくことは、別に怖くない。
だけど……君が傷つく姿は、見たくないよ。
すべてを伝えられたらどんなに楽なんだろうか……。
唇が触れそうなほど近づいて——僕はそのまま、カイの額に自分の額をそっと重ねて目をつぶる。
「明日は、遅れないでね……」
震える声で、そう伝えた。
ともだちにシェアしよう!

