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第八章 The Prince’s Double
部屋の外で待っていたのはセオドアとアーサーだった。
部屋から出てきたカイの姿を見て、セオドアは「うっわー……」と驚きの声を上げる。
「やっばいな、マジでルークじゃん」
「クッ……」
「CIAの教育舐めんな」
カイがそう言うと「あ、カイだわ」とセオドアが笑う。
「貴様……! ルシアン殿下の姿でそのような言葉を遣うな!!」
素を出したカイに、アーサーは声をひそめて詰め寄った。
「……だな」
カイは返事をすると一度目をつぶる。
そして、目を開けた瞬間、カイの顔ではなくルシアン・アッシュボーンの顔をした。
「ッ!?」
「それじゃあ、行こうか」
そう言って笑ったのは、ルシアンだった。
ケンジス・ハウスからブラックウェル宮殿へと移動したカイは、この国の王であり、ルシアンの父でもあるアルフレッドと顔を合わせる。
「……」
「おはようございます、陛下。本日はよろしくお願いします」
カイは顎を引いて姿勢を正したまま、深く綺麗に首を下げてお辞儀をする。
「……うむ」
身代わりの報告を受けているアルフレッドは、品定めをするような鋭い視線でカイを見つめると「アッシュボーン家の一員として、誇り高く完璧な振る舞いを期待しておるぞ」と静かな圧をかけた。
「……もちろんです、陛下」
カイは笑顔で応えながら、ルシアンの置かれている立場を、改めて実感していた。
「兄様!」
「ルーカス、走ったらいけませんわ!」
宮殿の前で車を待っていると、ルーカスとエレノアがやって来る。
ルーカスは走ってきた勢いのままカイに抱きつくと「お久しぶりです兄様!」と嬉しそうに笑う。
「久しぶりだね、ルーカス、エリー」
「お兄様、本日はよろしくお願いします」
「……?」
「どうしたの?」
ルーカスが黙っていることに気づいたエレノアは「あなたの大好きなお兄様よ?」と不思議そうにする。
「うん……。兄様、ちゃんと食事を摂られていないのですか?」
「え?」
「前にお会いした時よりも、とても痩せています……。忙しすぎて食べられていないのですか?」
鋭い――。
ルーカスの無邪気な指摘に、カイは内心冷や汗をかいていた。
「そうだね……。最近はこの式典の準備もあったしね」
「ちゃんと食べてくださいね! 僕はとっても心配です!」
「うん、ありがとう」
「……」
ステートリムジンが到着し、ルーカスとエレノアが車に乗り込むが、カイは車の周りをぐるりと回り、異常がないことを確認してから車へと乗り込んだ。
ルーカスとエレノアが並ぶように座っており、向かい側にカイが座った。
「兄様、今日は式典のあとはハウスに泊まるんですよね?」
「ああ。その予定だよ」
「でしたら久しぶりに一緒にお風呂に入りませんか? 最近忙しくて全然帰って来てくれなかったので、僕は寂しいです!」
愛らしい外見でお願いをするルーカスに、カイは「(こりゃー断れねえよな……)」と思った。
「ルーカス……シャキッとしなさい」
緊張感のないルーカスの態度をエレノアが注意する。
「本日は追悼式典です。あなたはルーカス・ヘンリー・オリヴァー・アッシュボーン……この国の第三王子なのですよ」
「ご……ごめん」
ルーカスが眉毛をハの字にして謝ると「分かればいいの」とエレノアがうなずいた。
「(……やっぱり重てえなー……この仮面は)」
「……」
なにも言わずに窓の外を見ているカイを、エレノアはなにか言いたげな様子でじっと見つめていた。
セント・ジュード大聖堂――。
「着きましたね!」
セント・ジュード大聖堂の周りには、王族を一目見ようと集まって来た人達で溢れかえっていた。
彼らの胸には赤いポピーの花を模した飾りがついており、当然カイ達の胸にも赤いポピーの花飾りがついていた。
「(狙われるとしたらここの入り口か……)」
セント・ジュード大聖堂の入り口はそこまで広くなく、階段になっているため視界が開けている。
実際に現場を見たカイは、出入りするタイミングも危険であることに気づいた。
「さあ、お兄様、行きましょう」
「……お先にどうぞ」
なにがあっても後ろにいれば、自分が盾になれる。
そう思ったカイは、二人を先に行かせた。
後ろを振り返り、狙撃や襲撃に注意しながら中に入ると、三人は大聖堂の中にあるホールに向かう。
「……」
「いつ来てもすごいですね!」
「そうだね」
肯定の返事をしたカイだったが、ここに来るのは初めてだった。
「お兄様……」
「ん?」
「……本日は、いつもよりもお顔が凛々しくていらっしゃいますね」
「……そうかな?」
エレノアの質問に「やっぱり緊張しているのかな」とカイは続けた。
「……そうですか」
「いつもより凛々しい兄様もかっこいいです!」
「ありがとう」
ホールにはすでにアルフレッドとヴィクトリア王妃が到着しており、最前列に座っていた。
その後ろには、軍の最高幹部、アーサーの父親や親族が座っている。
他にも、首相や閣僚、そして各国の外交団達が勢揃いしていた。
アメリカ大使の横には真琴とCIAのオフィサーがSPに変装してついていた。
真琴は視線を一瞬カイに向けたが、すぐに前を向いた。
「(周りにはSO14の私服エージェントってわけな……)」
参列者のフリをしている王室警護専門部隊SO14のエージェント達がホールを囲むように無造作に配置されている。
「(さあ、この檻からどうやって俺を攫う……)」
しかし、カイの警戒をよそに、追悼式典は滞りなく進み、唯一カイが一人になる献花のタイミングでもなにも起こらなかった。
「(ここじゃないのか……?)」
眉間に皺を寄せて険しい顔をしていると、エレノアからの視線に気づき、慌てて笑顔を作る。
全てのスケジュールが終わり、参加者と言葉を交わしたあと、三人はケンジス・ハウスへと戻るためにステートリムジンの到着を大聖堂の中で待っていた。
「お車の準備ができました」
SO14の私服エージェントが三人を呼びに来る。
「ありがとう」
「兄様、帰りましょう!」
ルーカスはカイの手を取ると、大聖堂の外に出た。
二人の後ろをエレノアが黙ってついて行く。
ルーカスが車に乗り、カイは後ろを振り返ってエレノアを呼ぶ。
「さあエリー」
「……」
しかし、エレノアは怪訝そうな顔をしたままゆっくりと歩く。
「エリー、早くおいで」
「……」
カイは「(早く乗ってくれよ王女様……)」と内心焦っていた。
車に乗り込むタイミングも、大聖堂を出る時と同じくらい危険な時間帯だからだ。
そんなカイの焦りを察したのか、エレノアは「やっぱり……」と小さな声でつぶやいた。
「朝から、ずっと違和感がありました……」
エレノアは車まであと少し、という少し開けた場所で歩みを止めた。
「(おいおい、マジかよ……)」
カイはエレノアに「どうしたんだいエリー? 話ならハウスに戻ってからにしないか?」と、車の中に乗るよう促す。
しかし、エレノアは動かない。
「あなたは……本当にお兄様ですか?」
「!」
エレノアに身代わりが見抜かれたことに驚いたが「(まあ、あんだけ鋭かったら仕方ねえか……)」とカイは納得した。
観念したカイは、小さくため息をついた。
「……詳しいことは……」
続きを話す前に、カイの視界にレーザー・ポインターの赤い線が飛び込んでくる。
「!」
カイは、振り返って射線を確認する。
「(あの辺りか……!?)」
セント・ジュード大聖堂から二百メートルほど離れたビルの屋上にいるスナイパーが、カイとエレノアの足元に銃口を向けていた。
「お、お兄様……?」
カイがエレノアを抱き寄せたのと同時に、カイの耳のすぐ横を弾丸が通り過ぎていった。
「伏せろ!!」
「!」
ルシアンの仮面を脱ぎ捨てて、カイ本来の声で叫んだ瞬間、もう一発の銃声。
その弾丸は、軌道が逸れてカイの右肩をかすめた。
「……ッ!」
「お兄様!?」
「殿下!!」
「ルシアン殿下をお守りしろ!!」
「きゃああああ! 銃声よ!」
その叫び声を合図に、集まっていた人達がパニックを起こす。
二人のそばで待機していたSPやSO14の私服エージェントが拳銃を取り出して周囲を警戒するが、追加の銃声は鳴らない。
この狙撃は集まって来た人間達をパニック状態にするための陽動である方に賭けたカイは、エレノアを抱き上げると車の中に押し込んだ。
「に、兄様……?」
車の中には、涙を流しながら震えるルーカスがいた。カイはルーカスを安心させるように笑う。
「この車は王族専用だから防弾仕様だろ? この中にいれば絶対安全だから、絶対ここから動くんじゃねえぞ」
「ちょ、ちょっとお待ちになって!」
エレノアの制止を無視して、カイは車の扉を外側から閉めた。
二人の安全を確保して安堵した瞬間、カチャと小さな音が耳の後ろで鳴る。
「(しまった……)」
頭に冷たい鉛を押し当てられたカイは、左手をゆっくり上に挙げる。
「いい子だ王子様……。さあ、一緒に来てもらおうか……」
「(……チッ……油断した……)」
SO14の私服エージェントの格好をしたテロリストの男が、拳銃をカイの後頭部に押し当てていた。
カイが後ろを振り返ろうとした瞬間、首の後ろに衝撃が走る。
「(……くそっ……絶対返せって、言われたのにな……)」
耳元で上品に光るロイヤルブルーのピアスがカイの血で赤く染まる。
薄れゆく意識の中で、最後に思い出したのは、あの雪の夜に見たルシアンの笑顔だった。
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