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第九章 血統書なき王子
ケンジス・ハウスにあるエリオットの自室で、ルシアンとエリオットは追悼式典のテレビ中継を見ていた。
「……」
「ルーク……顔が強張っているよ」
「……はい」
ルシアンは返事をするが、目線はそのままテレビから動かない。
「きっと、大丈夫だよ」
「……だといいのですが……」
「今は、信じて待とう……」
「そう、ですね……」
テレビの中で笑う自分そっくりの姿をしたカイを見て、ルシアンは握り拳を作った。
午前十一時、黙祷を捧げたあと、王族達による献花が終わり、式典は滞りなく終わった。
「これならもう大丈夫じゃないかな」
「そうですね……」
何事もなく帰って来られそうだ。
少し緊張が解けたルシアンは、息を軽く吐いた。
「本当に、大事なんだね」
「……はい」
「どこにそんな惹かれたんだい?」
エリオットの質問に、ルシアンは「初めは……あのグレーの瞳に惹かれました」と素直に答える。
王家を象徴する鮮やかなロイヤルブルーではなく、ロンドンの空のように、少し薄暗い落ち着いたグレーの瞳。
ルシアンには、ロンドンの空を象徴するそのグレーが、誰よりも自由に見えた。
「ですが、知れば知るほど自由とは程遠い男で」
「自由というよりは、俺達と似た立場だったね」
「はい……。それでも、自分らしく、自分の意思で生きている姿に……惹かれたんです」
ルシアンのカイを想う愛おしそうな表情を見て、エリオットは安心したように笑った。
そんな二人の穏やかな空気が一転した。
テレビから一発の銃声が聞こえてきたからだ。
「!?」
「……銃声……?」
テレビの中には、エレノアを庇うように抱きしめるカイの姿が映っている。
「カイ……エリー……」
そこにもう一発の銃声が鳴り響く。
『お兄様!?』
『殿下!!』
『ルシアン殿下をお守りしろ!!』
『きゃああああ! 拳銃よ!』
テレビから流れてくる音声を聞いたルシアンは、大きな音を立ててイスから立ち上がる。
「カイ!?」
「……肩をかすめたか?」
テレビ中継のカメラが現場の様子を映し続ける。
「SPはなにをしているんだ」
「確認します」
アリステアは携帯を取り出すと、電話をかける。
人々がパニックを起こし、現場は混乱。
中継のカメラマンも慌てている様子で映像が乱れている。
ルシアンはテレビに近寄ると「ちゃんと映してくれ!」と叫んだ。
「……確認できました」
「どうした」
アリステアは「……現場の王室警護専門部隊SO14内に諜報員が紛れており、内通者の協力があったそうです。……ル、ルシアン殿下に扮したカイ様が……拉致された、と……」と重々しく報告した。
「な、んだと……」
――カイが拉致された。
この事実が、ルシアンの心を重く締め付けた。
「ルーク!」
「ルシアン殿下!」
ケンジス・ハウスで待機していたセオドアとアーサーが、エリオットの部屋に飛び込んできた。
「カイが……」
「……」
「い、一度落ち着きましょう。幸い、現場にはわが父や優秀な元軍人達もたくさんおられます。きっと、なにかしらの……」
「そんな優秀な者達がいる目の前で、カイは拉致されたんだ!」
ルシアンは「やっぱり……僕が行くべきだったんだ……」とつぶやく。
「ルーク……それは違うだろ」
「どうしてだい? 万が一、本物じゃないとバレたら……? その時点でカイが……」
ルシアンは俯いていた顔を上げると「……カイを助けに行く」と告げた。
「……はあ!?」
「ル、ルシアン殿下……!?」
ルシアンは「僕のせいで、僕の代わりに捕えられたんだ。……僕が僕を助けに行ってなにが悪い」と開き直るように答える。
その姿は、今まで合理的で理性的に生きてきた王子であるルシアンとは真逆だった。
「だからって……どこにいるかも分からない……。適当に動いたって見つかるわけないだろ!」
「分かってる」
「分かってねーよ!」
「それでも動かないといけない! 僕だってカイを失いたくないんだ!」
黙って話を聞いていたエリオットが「……ルシアン」と、彼の名前を呼ぶ。
「……はい」
「それは、お前の意思なんだね?」
「……」
ルシアンは深く息を吐くと「……はい」と答えた。
そんなルシアンの固い意思を聞いたエリオットは、小さくうなずいた。
「アル」
「はい」
アリステアに「カイの居場所、分かるよね?」と聞く。
「もちろんでございます」
「え?」
ルシアンは「ど、どういうことですか?」と聞く。
「カイのつけたピアスのGPS位置情報を、今回は特例で開示する」
「あ!」
「そっか! あのピアス!」
「たしかに、GPS機能が搭載されておりましたね!」
エリオットは「うん」とうなずくと「普段は使わないけどね」と補足する。
「今回は緊急事態だしね。まあ、カイがあのピアスを今もつけてる保証はないけど……」
「つけています……」
「え?」
ルシアンの「返しに来いって、そう約束したので」と言い切った姿を見て、エリオットは「そうだね」と笑いながらうなずいた。
「アル」
「はい」
アリステアは「みなさん、行きましょう」とルシアン達を呼んだ。
◆
「ッ……」
酒とタバコの匂いが混ざった不快な香りが鼻につき、カイは目を覚ました。
「……こ、ここは……」
後ろで両手を縛られて、六畳ほどの部屋の真ん中に寝かされていた。
「……イッ……」
体を起こそうとすると、撃たれた右肩と後頭部が痛む。
「あー……最悪……」
部屋の中を見回して状況を確認する。
窓はない。
目の前には出入り口となる扉がひとつ。
その隙間から流れ込んでくる、酒とタバコの匂いと煙。
「(縄抜け自体はすぐにできるけど……相手が何人いるのかわんねえしな……)」
そんなことを考えていると、扉に近づいてくる足音と話し声が聞こえてきた。
「まったく……! これだからゴロツキは嫌いなんだ……!」
「まあまあカヴェンディッシュ卿……。もう成功は目の前ですよ!」
「フンッ!」
カイは聞き覚えのある名前に目を見開いた。
「(カヴェンディッシュって……あいつが言ってた兄貴側の貴族……だったよな?)」
「まったく……」
「それで、どうするんですか?」
カイはしっかりと話を聞き取るために、扉に近寄り、隙間から隣の様子を窺う。
「なんとしてもエリオット殿下に王位を継いでもらわなくては……。王族とは国民の憧れ。歴史、品格、血筋……そのすべてが完璧でなくてはならないんだ!」
「はい……」
カヴェンディッシュ卿の姿を確認したカイは、あの日、カイに忠告してきた貴族だということに気づいた。
「にも関わらず、ルシアン殿下は……聞けば庶民の男に興味津々のようではないか! 王族が個人の感情を優先して恋愛に現を抜かすなど……あってはならない!」
話を聞いていたカイは「(俺の、せいかよ……)」と後ろで縛られている両手を握りしめた。
「ルシアン殿下には悪いが、異物に肩入れをするような王族は危険分子だ。脅威になり得る優秀な跡取り候補の次男には、王位継承争いから早々に退場してもらうしかない」
カイは、この誘拐計画の黒幕がカヴェンディッシュ卿であり、その狙いをすべて理解した。
「(そういうことか……)」
カイを会場で捕らえた男は、SO14の私服エージェントに扮して紛れ込んでいた。
カヴェンディッシュ家はヴィクトリア王妃側の親族。
テロリストと秘密裏に繋がり、諜報員を紛れ込ませるだけの力はある。
「まだ始末しねーのか」
「ああ、まだだ。ルシアン殿下はお金になる。身代金をたんまり頂いてから、ゆっくり始末すればいい」
カヴェンディッシュ卿は「どうせ、頭だけ立派なお坊ちゃんだ。なにもできやしない」と高笑いした。
「(あいつのこと、なにも知らねえくせに……クソ野郎……)」
扉に密着させていた頭に思わず力が加わり、扉からギィッという摩擦音が鳴る。
「(ヤベ!)」
「ん?」
「見てこい」
「へい」
カイは慌てて部屋の真ん中に戻るが、床に座った瞬間、扉が開いた。
「起きてますぜ」
「……こんにちは」
カイはゆっくりと振り返ると、動揺を隠すように笑顔を作る。
「おやおや、ルシアン殿下。お目覚めですか?」
「おい……」
「姿を見せても問題はない」
その言葉に「……それは、僕が真実を知ったところで意味はない、ということですか?」とカイが聞く。
カヴェンディッシュ卿は「さすがはルシアン殿下! 大変聡明でいらっしゃる!」と笑う。
「いやー、あなたがもう少しバカで愚かな第二王子でしたら、こんなところで死ぬようなことはなかったかもしれませんね」
「ご期待に沿えず申し訳ないです」
「口の減らねーガキだな」
部屋の中に入って来たのは、カヴェンディッシュ卿の他に三人。
「(入り口のそばと、このデブ貴族の隣はただのゴロツキか……)」
カイは不自然にならない程度にカヴェンディッシュ卿の左隣りに立っている男に視線を移す。
「(問題はコイツだな……)」
男の立ち姿で、ただの雇われたゴロツキではなく、テロリストの一員だと確信したカイは、頭の中で作戦を組み立てようとする。
「(……建物の構造がわかんねえからな……。一か八かで突っ込むか……)」
そんな風に考えていると、テロリストの男が笑った。
「おいおい、最近の王子様はそんな顔するのかよ!」
「なに……?」
男は座っているカイに近づくと、片膝を立ててしゃがむ。
そして、カイの顎を乱暴につかんで上を向かせると「殺してやろうって、ギラギラしてんじゃねーか!」と顔を近づけた。
「ッ!」
カイはフッと笑うと、そのまま自分の頭を男の鼻に叩き込んだ。
「ガッ……!?」
「な!?」
「……汚い手で触らないでいただけますか?」
「このガキ……」
鼻血を流しながら激昂したテロリストは、カイの腹を思い切り蹴り上げた。
「ヴ……ッ!」
床に転がったカイがゴホッと咳き込むと、一緒に血を吐き出した。
「(イッテー……これあばら何本かイッたろ……)」
「さっさと殺されたいようだな……」
テロリストは地面に倒れているカイに向かって、安全装置を外した拳銃を向ける。
カヴェンディッシュ卿が「お、おい待て! まだルシアン殿下には使い道があると言っただろ! クライアントの要望を無視するな!」と止める。
「……こいつ、本物の王子か?」
「なに?」
「こんな状況なのに落ち着きすぎだ。反撃も的確に急所を狙ってきやがる……」
テロリストはゆっくりとカイに近づくと、床に寝っ転がっているカイの髪の毛を乱暴につかんで上を向かせる。
「イッ……テ……」
殴られた衝撃で片方のコンタクトレンズが外れて、カイの本来のグレーの瞳が顔を出す。
偽物のロイヤルブルーの後ろから、なにもかもを見透かしているような鋭いグレー。
その、美しくも歪な瞳に、テロリストは一瞬、息を呑んだ。
「なあ……お前、誰だ?」
「ど、どこからどう見てもルシアン殿下だろう……」
テロリストの問いにカイは痛みを堪えながら不敵に笑う。
「おあいにく様。俺は血統書付きの飼い猫じゃないんでね……!」
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