21 / 23
第十一章 本当の名前で
アカデミーにあるルシアンの個室に戻って来た二人は、ボロボロの体をソファーに沈み込ませるように座る。
「イッテー……目がゴロゴロする……」
カイは残っていた片方のコンタクトレンズを外すと、ソファーの近くにあったゴミ箱に捨てた。
「あー……しんど」
そう言って目をつぶったカイに、ルシアンも同意した。
「さすがに疲れたね」
「もう十一時か……」
ルシアンは、カイの着ているシャツのすき間から見える真っ白い包帯に視線を向けると「……痛い?」とやさしい声色で聞く。
「大したことねえよ」
「……傷、残らないといいね……」
「男だし残ったところで気にしねぇよ……」
目を開けたカイは、なにかを言いたげな、落ち着かない様子を見せている。
そんなカイを見て、ルシアンは「どうしたの?」と質問をする。
「いや……あー……」
珍しく歯切れの悪いカイに、ルシアンは視線を向けたまま待つ。
カイは頭を乱暴に掻きながら「悪い……」と謝った。
「なにが?」
「……いや……」
「え?」
先ほどから話が進まない。
ルシアンはカイの顔を覗き込みながら、もう一度「どうして君が謝るの?」と質問をした。
そんなルシアンの視線から逃れるように、顔をそらすカイ。
そして、ゆっくりと口を開くと「……俺のせいだから」とこぼした。
「だから、なにが?」
ルシアンは意味が分からないという顔をしてカイを見る。
「……だから!」
カイは左手で顔を覆いながら「お前の誘拐計画が出たのは、俺のせいなんだよ……」と弱々しい声で真実を伝えた。
「え……?」
「あのデブ貴族がテロリストと話してるのを聞いた……。王族とは国民の憧れであるべきで、常に完璧じゃなきゃダメだって……」
ルシアンはなにも言わずにカイの話に耳を傾ける。
「それなのに……お前が、俺みたいな異物にも興味を持つから……」
「カイ……」
カイは大きなため息をつくと「だから、兄貴側の貴族がこんな計画立てたんだって……」とカヴェンディッシュの動機を話す。
カヴェンディッシュ家が考えそうなことだ――。
カイの話を聞いて、ルシアンは自分の立場を改めて実感した。
「……お前の兄貴にも迷惑かけた」
「カイ……」
「お前にとって、俺は……一番関わっちゃいけない存在なんだよ」
君のせいじゃない――。
そう言ったところでカイは納得しない。
「……完璧って言うけどさ……」
ルシアンは着ているシャツのボタンを外して鎖骨を見せる。
「こんな傷が残ってる王子って、そもそも完璧なの?」
「……」
「もともとカヴェンディッシュ卿の言う完璧から僕は外れてるよ」
ルシアンがそう言って笑うと、カイは伏せていた顔を上げて「お前なぁ……」と呆れたように言った。
「つーか、そもそも、なんであんなムチャしたんだよ……」
「……そんなの、君を助けたかったからだよ」
ルシアンの返事を聞いたカイは「はあ……」と大きなため息をつく。
「俺がお前の身代わりになった意味がないだろ……」
「それでも……やっぱり君を一人にはできない」
ルシアンは「君が……無事でよかった……」とカイの体温を確かめるように手を握った。
「……ちっともよくねえよ」
「……なに?」
「なんのための身代わり作戦だよ……」
「僕はもともとその作戦自体に反対だったからね」
その言葉にカイは「まだそんなこと言ってんのかよ……しつこ……」と苛立ちを隠さずに言う。
「助けが必要だったくせによく言うよ……」
ルシアンの言葉に火が付いたカイは「一歩間違えればお前が死んでたかもしれねえんだぞ! お前は黙って護られてればいいんだよ!」と声を荒げた。
「そんなことを言っても仕方ないだろう! 僕にだって護りたいものがある!」
「お前は護られてればいいんだよ!」
ルシアンはソファーから立ち上がると、カイの目の前に立った。
「護るものは自分で決めるんだ!」
「あ?」
ルシアンはカイの心臓に向けて、自分の拳を突き当てた。
そのまま彼の胸ぐらを掴むと、折れた肋骨になるべく負荷がかからないように配慮しながらも強引にソファーへと押し込むように顔を近づける。
あっけに取られているカイに、ルシアンは「僕だって、君を失いたくなかった!」と、止められなかった後悔をぶつけた。
「ほんっとに頑固だな!」
「君ほどじゃないけどね!」
「キャラもブレてんだよ、王子様!」
「それを言ったら君だって! 声を荒げるようなタイプじゃないだろう!」
互いに、自分を取り繕えなくなっていることに気づき、二人の間に沈黙が流れる。
「……」
「……」
その沈黙を破ったのは、意外にもカイだった。
「俺のせいで……お前まで異質な目で見られる必要ねえだろ」
そう言ったカイに、ルシアンは真っ直ぐな瞳を返す。
「……決めたんだ」
「……なにを?」
ルシアンは「僕の人生だ。王族としての僕も、もちろん大切だけど、それだけじゃない」とカイのことを見下ろす。
「欲しいものは手に入れる。誰になにを言われても、そこはもう譲らない……」
「……お前……欲張りだな」
「失礼な。これが僕の信念だよ」
カイはルシアンのことを見上げながら「ハッ、かっこいいねぇ」と茶化す。
そんな風に笑うカイに「君は?」と質問をする。
「あ?」
「君にだって、譲れないものがあるんだろう?」
そう言うと、ルシアンはカイの横に座り直す。
「教えてよ」
「……俺はさ、祖父さんから護れる範囲にいる大切な人は、損得考えずに護れって教えられたんだ……」
「……やっぱりかっこいいね。敵わないなぁ、君のグランパには」
ルシアンが褒めると、カイは気恥ずかしそうにする。
「これが俺の信念……」
カイはルシアンに顔を向けて「だから……お前を護れてよかったよ」と眠そうな顔でつぶやいた。
「……眠いなら寝てもいいよ」
「こんなとこで寝れるかよ……。あいつにバレたらマジでめんどくせえ……。殿下の個室でなにを呑気に寝ているんだ! ってな」
二人の頭にはアーサーの顔が浮かんでいた。
「やっぱ部屋戻るわ」
「……分かった」
カイは傷ついた体を労わりながら、ゆっくりとソファーから立ち上がる。
「送って行くよ」
「王子様はさっさと寝とけ」
軽口を返して部屋の扉に向かって歩き出すカイ。
そんなカイの後ろ姿を見つめるルシアン。
「……ひとつ、聞いてもいいかい?」
「ん?」
ドアノブに手をかけたカイに、ルシアンが質問を投げかける。
「……僕を護れてよかったって、さっき言ってたけど……」
「……言ったか?」
「言ってたよ」
どうして誤魔化そうとするのさ。
そう思ったルシアンだったが、なにも言わずにロイヤルブルーのコンタクトレンズを外して、見慣れたグレーの瞳に戻っているカイの瞳を真っ直ぐ見つめる。
「君が護りたかったのは、王族としての僕……? それとも……」
ルシアンが最後まで言い切る前にカイが「んなもん決まってんだろ……」と話を遮る。
「……そっか」
カイの言葉を聞いて、ルシアンは諦めたような自虐的な笑みで口元を歪ませたまま下を向いた。
――やっぱり、君にとって僕は……ただの第二王子ってことか……。
カイはドアノブに手をかけたまま動かない。
二人の間に流れる沈黙を破ったのは、ドアノブから手を放したカイが振り返った時に鳴った衣服の摩擦音だった。
――誤解してんな。
ルシアンの表情からそう察したカイは、首を傾げながらルシアンを見つめる。
「ルー」
ルシアンは伏せていた目を見開いた。
「――え?」
幼少期、唯一母親から呼ばれていた愛称が聞こえてきて、ルシアンの世界が止まった。
――なんでその呼び名を知ってるのさ。
伏せていた顔を上げてカイのことを見る。
ルシアンの目の前には、ルシアンの笑顔を模したわけでもなく、ニヒルな笑みでもなく、まるで愛おしいものを慈しむ時に溢れたような笑顔でルシアンを見つめるカイの姿があった。
その瞬間、ルシアンの心臓がうるさいくらい高鳴る。
「……もうさ、反則だよ」
――僕の名前を初めて呼んだ顔がソレって……本当にずるいなぁ。
ルシアンの心情を察したカイは「フハッ!」と声に出して笑った。
ともだちにシェアしよう!

