3 / 5

第3話

「へー、大和に会ったのか。イケメンだっただろ?」  隣の教室から来ていきなり、光詞が大きな声で徳元に報告している。 「めちゃくちゃいい男だった。ちょっと硬派っぽいけど、あれは女子にモテてんな」 「だろ? お前も負けてないけど、光詞は喋るとだめだ。な、尊瑠」  徳元の腕が肩に絡んでくる。それを払いのけることが出来ず、尊瑠は代わりにこぶしを握った。  気さくに話しかけてくるのは平気だけれど、徳元からのスキンシップは苦手だ。 「光詞はすごく優しいよ。それに喋るとだめって、逆だ。俺、光詞と話すのは楽しい」  小説を差し出したのに、光詞は受け取らない。不思議に思って顔を上げると、目が合った次の瞬間、抱きつかれた。 「たけるぅー。お前だけだよ、俺をわかってくれるのは」  いつものことだと苦笑しながら、尊瑠も「はいはい」と頭を撫でてやる。  寒がりの光詞の身体が、いつもより熱い気がした。けれど、暖房の効いた教室だからだろうと自分に言い聞かせる。 「でた。光詞の、おホモだちプレイ。けど、尊瑠が本物のゲイだったらどうするんだよ。興奮してアソコが反応してたりして」  あけすけな徳元の言葉に、心臓が凍りつく。  今のって、ふざけて言った? それとも……  尊瑠は息を殺したまま、徳元の様子をうかがった。  じっと見ていると、徳元は何事もなかったように、光詞と楽しげにテレビの話をしていた。  ほっと胸を撫で下ろし、尊瑠は静かに呼吸を整えた。  もし……自分がゲイだと知られて噂になったら──考えただけでゾッとする。 「やっぱりな」と笑われるくらいならまだマシだ。面白半分で広められることも、覚悟しなければならない。  でも、大和の耳にまで届いたら──  ……それだけは耐えられない。  高校生活もあと少し。このまま何事もなく卒業したい。 「じゃあ、徳元も抱きついてもらえば?」  絞り出した冗談を言ってみる。体の内側は冷や汗でびっしょりだった。 「俺はいい! 抱きついてくれるなら女子がいい。あ、そうだ! 女子って言えば、俺もこの間、大和を見かけたな」  徳元の切り替えた言葉に、落ち着きかけた心臓が、また震えだす。 「もしかして、それって彼女?」  光詞が指をパチンと鳴らし、目を見開く。徳元が「その通り」とでも言いたげに深く頷いた。 「同じ学校の女子と大和が一緒に歩いてたんだ。髪の長い子でさ、仲良さそうにくっついてた。あれは絶対に彼女だな」  うんうんと、頷きながら徳元が、自分の言葉に納得している。 「共学はいいよな、同じ学校に女子がいるからうらやましいよ」  頭の後ろで腕を組み、光詞がため息に混ぜて嘆いている。その仕草に、自分だけがうまく相槌が打てない。 「お前らも早く彼女を作れよ。なんたって、『ヤマトタケルとミコト』なんだからさ」 「ヤマトタケル! 久々に聞いたな。なあ、尊瑠」  頷くだけの返事で誤魔化した。  大和と自分を繋ぐ呼び名──。  二人が一つになったようで、言われるたびに心が浮かれていた。  どちらか一人が欠けていると、必ず周りから声がかかった。  今日は休みか、とか。ケンカでもしたのか、とか。  ……ただのケンカならな。  もしそうなら、避けている理由は大和にもわかる。でも、自分の態度はきっと大和を混乱させている。  ぼんやりそんなことを考えていると、予鈴がなった。 「じゃ、教室に戻るわ。尊瑠、本、さんきゅうな。タケルノミコトは帰りまーす」 「タケルノミコトって新キャラか」  徳元の笑い声と一緒に、尊瑠も見送った。顔が引きつってなかったか、不安になる。 「あ、尊瑠。今日、本屋寄るの忘れてないよな」  教室を一旦出た光詞が顔を覗かせ、廊下から叫んできた。 「覚えてるってー」  手を振って返事していると、ニヤつく徳元と目が合った。 「な、なんだよ」  徳元の態度に警戒していると、探るようにこっちを見てくる。 「ほんと、お前って女顔だよな」  言われ慣れた言葉なのに、舌ざわりの悪い言い方に心拍数が上がる。同時に頭の中でセンサーが反応した。冗談で切り返せ、と。  聞き流せばいい? それとも、光詞のまねして、徳元に抱きつく?  無理──絶対に、できない。迷っていると、徳元の口が先に動いた。 「もう、光詞と付き合えば? お前は可愛い系男子だし、あっちはイケメンでちょうどいいだろ」  何がちょうどいい、だ。言い返したいのに、言葉が喉元で止まって出てこない。 「顔面つよつよカップルじゃん」  大声で笑いながら、徳元は自分の席へと戻って行った。  今の、まさか、探りだったとか……  徳元は本当に気付いてないのだろうか。  隣の席の生徒と楽しげに話す徳元を肩越しに見た。自分の方を気にもしない雰囲気に胸を撫で下ろすと、尊瑠は机に頬杖をついた。  徳元の言葉も気になる。けれど、それ以上に、大和の話の方へ意識が引っ張られる。  一緒にいたのは、この前見た女子だろうか。それとも別の人?  こんなことばかり考えてしまうのは、すぐ会える距離にいるからだ。  あと、三ヶ月と少し。もうすぐ高校生活は終わる。  大学は地元を離れて、都内の学校へ行く。東京に行けば、実家に帰らない限り大和に会うこともないし、噂も耳にしない。  逃げ続けている間に、この恋を忘れられる──  いや、きっと無理だ……  大和以上に好きになれる相手なんていない。自分をわかってくれる人も、大和以外に思いつかない。大和以外の誰かを好きな自分も、想像できない。  忘れるなら……忘れられるくらいなら、大和じゃなくて誰でもいい。  そんな投げやりな願いさえ、叶う気がしなかった。  当たり前に隣にいた奇跡を、臆病な自分が終わらせたくせに……

ともだちにシェアしよう!