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第3話
「へー、大和に会ったのか。イケメンだっただろ?」
隣の教室から来ていきなり、光詞が大きな声で徳元に報告している。
「めちゃくちゃいい男だった。ちょっと硬派っぽいけど、あれは女子にモテてんな」
「だろ? お前も負けてないけど、光詞は喋るとだめだ。な、尊瑠」
徳元の腕が肩に絡んでくる。それを払いのけることが出来ず、尊瑠は代わりにこぶしを握った。
気さくに話しかけてくるのは平気だけれど、徳元からのスキンシップは苦手だ。
「光詞はすごく優しいよ。それに喋るとだめって、逆だ。俺、光詞と話すのは楽しい」
小説を差し出したのに、光詞は受け取らない。不思議に思って顔を上げると、目が合った次の瞬間、抱きつかれた。
「たけるぅー。お前だけだよ、俺をわかってくれるのは」
いつものことだと苦笑しながら、尊瑠も「はいはい」と頭を撫でてやる。
寒がりの光詞の身体が、いつもより熱い気がした。けれど、暖房の効いた教室だからだろうと自分に言い聞かせる。
「でた。光詞の、おホモだちプレイ。けど、尊瑠が本物のゲイだったらどうするんだよ。興奮してアソコが反応してたりして」
あけすけな徳元の言葉に、心臓が凍りつく。
今のって、ふざけて言った? それとも……
尊瑠は息を殺したまま、徳元の様子をうかがった。
じっと見ていると、徳元は何事もなかったように、光詞と楽しげにテレビの話をしていた。
ほっと胸を撫で下ろし、尊瑠は静かに呼吸を整えた。
もし……自分がゲイだと知られて噂になったら──考えただけでゾッとする。
「やっぱりな」と笑われるくらいならまだマシだ。面白半分で広められることも、覚悟しなければならない。
でも、大和の耳にまで届いたら──
……それだけは耐えられない。
高校生活もあと少し。このまま何事もなく卒業したい。
「じゃあ、徳元も抱きついてもらえば?」
絞り出した冗談を言ってみる。体の内側は冷や汗でびっしょりだった。
「俺はいい! 抱きついてくれるなら女子がいい。あ、そうだ! 女子って言えば、俺もこの間、大和を見かけたな」
徳元の切り替えた言葉に、落ち着きかけた心臓が、また震えだす。
「もしかして、それって彼女?」
光詞が指をパチンと鳴らし、目を見開く。徳元が「その通り」とでも言いたげに深く頷いた。
「同じ学校の女子と大和が一緒に歩いてたんだ。髪の長い子でさ、仲良さそうにくっついてた。あれは絶対に彼女だな」
うんうんと、頷きながら徳元が、自分の言葉に納得している。
「共学はいいよな、同じ学校に女子がいるからうらやましいよ」
頭の後ろで腕を組み、光詞がため息に混ぜて嘆いている。その仕草に、自分だけがうまく相槌が打てない。
「お前らも早く彼女を作れよ。なんたって、『ヤマトタケルとミコト』なんだからさ」
「ヤマトタケル! 久々に聞いたな。なあ、尊瑠」
頷くだけの返事で誤魔化した。
大和と自分を繋ぐ呼び名──。
二人が一つになったようで、言われるたびに心が浮かれていた。
どちらか一人が欠けていると、必ず周りから声がかかった。
今日は休みか、とか。ケンカでもしたのか、とか。
……ただのケンカならな。
もしそうなら、避けている理由は大和にもわかる。でも、自分の態度はきっと大和を混乱させている。
ぼんやりそんなことを考えていると、予鈴がなった。
「じゃ、教室に戻るわ。尊瑠、本、さんきゅうな。タケルノミコトは帰りまーす」
「タケルノミコトって新キャラか」
徳元の笑い声と一緒に、尊瑠も見送った。顔が引きつってなかったか、不安になる。
「あ、尊瑠。今日、本屋寄るの忘れてないよな」
教室を一旦出た光詞が顔を覗かせ、廊下から叫んできた。
「覚えてるってー」
手を振って返事していると、ニヤつく徳元と目が合った。
「な、なんだよ」
徳元の態度に警戒していると、探るようにこっちを見てくる。
「ほんと、お前って女顔だよな」
言われ慣れた言葉なのに、舌ざわりの悪い言い方に心拍数が上がる。同時に頭の中でセンサーが反応した。冗談で切り返せ、と。
聞き流せばいい? それとも、光詞のまねして、徳元に抱きつく?
無理──絶対に、できない。迷っていると、徳元の口が先に動いた。
「もう、光詞と付き合えば? お前は可愛い系男子だし、あっちはイケメンでちょうどいいだろ」
何がちょうどいい、だ。言い返したいのに、言葉が喉元で止まって出てこない。
「顔面つよつよカップルじゃん」
大声で笑いながら、徳元は自分の席へと戻って行った。
今の、まさか、探りだったとか……
徳元は本当に気付いてないのだろうか。
隣の席の生徒と楽しげに話す徳元を肩越しに見た。自分の方を気にもしない雰囲気に胸を撫で下ろすと、尊瑠は机に頬杖をついた。
徳元の言葉も気になる。けれど、それ以上に、大和の話の方へ意識が引っ張られる。
一緒にいたのは、この前見た女子だろうか。それとも別の人?
こんなことばかり考えてしまうのは、すぐ会える距離にいるからだ。
あと、三ヶ月と少し。もうすぐ高校生活は終わる。
大学は地元を離れて、都内の学校へ行く。東京に行けば、実家に帰らない限り大和に会うこともないし、噂も耳にしない。
逃げ続けている間に、この恋を忘れられる──
いや、きっと無理だ……
大和以上に好きになれる相手なんていない。自分をわかってくれる人も、大和以外に思いつかない。大和以外の誰かを好きな自分も、想像できない。
忘れるなら……忘れられるくらいなら、大和じゃなくて誰でもいい。
そんな投げやりな願いさえ、叶う気がしなかった。
当たり前に隣にいた奇跡を、臆病な自分が終わらせたくせに……
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