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第6話
嫌な予感は、たいてい当たる。
光詞から告白された翌日、その予感は最悪の形で的中した。
昼休み、いつも教室にやって来る光詞が来ない。
その理由を、告白の気まずさのせいだと思いたかった。けれど、徳元の態度でそれは違うとわかった。
教科書を直そうとリュックに手をかけたとき、斜め後ろの徳元と目が合う。
だがその視線はすぐに逸らされた。
何事もなかったように、徳元は他の生徒と弁当を広げ、いつも通り昼休みを楽しげに過ごしている。
尊瑠は弁当を出したものの、食べる気にはなれなかった。
ふと、菓子パンを手に笑う光詞の顔が浮かぶ。
……自分は、どうすればよかったのか。
光詞だけに辛い思いをさせて、このまま卒業してしまっても後悔しないのか。
もう、友達に戻ることはできないのだろうか。
壁一枚向こうの教室で、光詞は今どんな気持ちでいるのか。
あのとき「誰にも言うな」と徳元に念を押していればよかった。
徳元なんか無視して、光詞のそばにいればよかった。
もっと、自分が強ければ……
後悔ばかりが浮かぶのに、光詞の顔を見に行くことすらできない。
知られてしまうのが怖い。そんな自分にも嫌気がさす。
そのときだった。
「お前か、重内に告られたのは」
箸箱を手にしたとき、聞き覚えのない男子生徒の声が背中に突き刺さった。
尊瑠は振り返らず、箸箱を手にした。
無視されたことに腹が立ったのか、その生徒が机の前に回ってくる。音がなるほど両手を机に乗せてきて、顔を覗き込まれた。
「なあ、返事はしたのか? なんて答えたんだ」
箸を取り出す手が止まった。
廊下にいた生徒が、窓の外から様子をうかがっているのが見えた。
目の前の生徒を見上げると、口元を歪ませてニヤついている。
あと、三ヶ月で卒業。だからこのまま、息をひそめて過ごせばいい。そう思っていた。
けれど、光詞だけを一人にはやっぱりできない。
高校に入って、初めてできた友達なんだ。
腹の底から熱いものが沸々と焼き上がり、噴火口からあふれ出してきそうだった。
ゲイバレしても、いじめに遭っても、もうどうでもいい気がした。
ふーっと深い息を吐きながら、教壇の向こう、光詞のいる教室を見つめた。
「いくら女子みたいな顔でも、男に好かれちゃお前も迷惑だよな──」
箸を机に置くように叩きつけ、男子生徒の声を遮った。
弁当に蓋をし、勢いよく席を立つと、目の前の生徒を睨んで教室を飛び出した。
廊下へ出て隣のクラスを窓越しに覗くと、校庭側の一番前の席に数人の男子の後ろ姿があった。
扉を開けた瞬間、教室に流れている空気に心が怯みそうになる。
尊瑠は一瞬だけ息を小さく吸い込み、輪の方へ近づいていく。
窓側の席を囲む背中の隙間から覗くと、黙ったまま机に視線を落とす光詞が見えた。
垂れ下がった前髪で光詞の顔が隠れ、机の下では力なく足を投げ出している。
ぴくりとも動かないその姿に、胸が締め付けられた。
『尊瑠』と、笑って呼んでくれる声が脳裏をよぎる。
寒がりのくせに薄着で、鼻の頭を赤くしていた。上着を着ろと何度も言っても、ダサくなるから嫌だと、おどけていつも笑っていた。
このままじゃ光詞が壊れる。
「光詞──」
考えもなく声をかけた。途端に机を囲んでいた生徒たちが一斉に振り返った。
聞こえているはずなのに、光詞はぴくりとも動かない。
生徒たちの視線を浴びながら、一歩、輪の中に足を踏み込んだ。
道を開けるように、生徒たちが机から離れていく。
教室の隅から聞こえるヒソヒソ声に、引き返したくなった。
それでも、自分に向けられる視線を無視するよう、光詞のそばに立った。
「光詞、俺の教室に行こう」
俯く視線の前に手を差し出した。手が震えても、光詞の方がもっと震えている。
教室中の視線が、自分たちに突き刺さる。息をするのも重い。
それでも引っ込めたら、もう二度と光詞を助けられない気がした。
光詞がゆっくり顔を上げる。
センター分けの前髪が揺れ、光詞の視線と絡まった。
「ヒュゥ。俺の教室に行こう、だって」
生徒の中から声が聞こえた。呼応するように、周りから笑い声がする。
光詞の前髪が揺れ、ゆっくり顔を上げる。
目が合った瞬間、光詞が唇を動かした。
ナニヲシニキタンダ──
声に出さず、尊瑠を睨みつけてくる。けれど、瞳の奥には怒りだけじゃないものが滲んでいた。それは、助けを求めていたようにも見えた。けれど、自分の勝手な願望かもしれない。
「み……こと、ごめん。でも、俺と一緒に行こう」
もう一度、真っ直ぐ手を差し出した。
視線が自分の手に落ちる。光詞の指先がわずかに動いた。
この手を取ってくれるかもしれない。一瞬、そう思った。けれど──
パシッ。
手のひらが弾かれた。
そのまま勢いよく光詞が立ち上がり、机や椅子にぶつかりながら教室を飛び出した。
「光詞! どこ行くんだよ!」
追いかけて廊下に出ると、階段を降りていく姿が見えた。
「光詞!」
廊下を歩く生徒をかき分け、背中を追いかけた。階段を駆け降りると、正門に向かって走る後ろ姿を見つけた。
「待って、光詞!」
門のそばで立ち止まった光詞がゆっくり振り返る。髪を乱暴にかき上げると、そのままこちらを見てきた。
「どこ行く──」
「お前だって、俺と……俺と、同じなくせに!」
吐き捨てるように叫ぶと、光詞は門を乗り越えて走って行った。慌てて尊瑠も門をよじ登るように越えて道路に飛び出す。
周りを見渡すと、大通りに向かって走る後ろ姿を見つけた。
地面を蹴って追いかけたけれど、上靴だと滑って思うように進めない。それでも必死で追いかけた。
見失わないよう、目を凝らして背中を追っていると、通りの向こう側へ渡ろうとしているのか、光詞が横断歩道に向かっている。
信号を見ると、赤から青に変わった。光詞が駆け出す。
引き止めたい一心で、前のめりになりながら全力疾走した。光詞の息遣いが段々と近づく。
「光詞!」
光詞が振り返った。この瞬間、時間が引き延ばされたように遅くなる。
一瞬だけこちらを見たあと、背を向けて横断歩道に飛び出してしまった。
「光詞!」
叫んだと同時に腕を伸ばした。指先が光詞のシャツを掠める。
そのとき──
道路の向こうから、エンジン音が一気に膨れ上がった。
赤信号の車道から、バイクが猛スピードで直進して来るのが視界に飛び込んできた。
光詞の体に直撃する寸前、尊瑠は腕を思いっきり伸ばし、光詞の腕を掴んだ。そのままの勢いで後ろに引き倒す。
バイクから急ブレーキの音がし、後輪を振って火花を散らしながら横滑りしていった。
光詞の腕を掴んだままスピードに引っ張られ、尊瑠の体はアスファルトの上を転がった。
視界がぐるりと反転する。
遠くで、悲鳴が上がった。誰かが救急車を呼べと叫んでいる。
痛みをこらえて起き上がると、離れた場所で倒れている光詞の背中が見えた。
「み、光詞……」
何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
四つん這いのまま光詞に近づき、恐る恐る名前を呼ぶ。喉を絞るような呻き声が返ってきた。
……生きてる。
ほっと小さく息をこぼした、その直後。視線が、足に吸い寄せられた。
膝から下が、内側へ不自然に折れ曲がっていた。
頭が追いつかない。理解だけが遅れていく。
さっきまで、あの脚で走っていたのに。
「み……こと……光詞、光詞!」
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