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第15話

 走行音と一緒に、自分の息と心臓の音が耳のすぐそばで聞こえる。  アスファルトを蹴るたびに街の景色が流れて、自分だけが時間に逆らって走っているみたいだった。  信号の点滅。横断歩道のずれた誘導音。街行く人の声。その間を縫って、尊瑠は足を動かした。  体が前に進むたびに、大和と過ごした日々が堰を切ってあふれてくる。  桜の花も、夏の日差しや蝉の声も、秋の匂いや冬の寒さも、大和と一緒なら特別だった。  大和と一緒じゃないと意味ない。大和がいない世界なんて、想像できない。  写真を展示した理由が、自分と同じ気持ちじゃなくてもかまわない。  中学生まで綴ったページの先は真っ白で、大和じゃなければ続きは埋められない。  大和に会ってちゃんと気持ちを伝えたい。そうしなきゃだめだと、写真の自分が教えてくれた。  スマホを見ると、現在地は近い。道の往来で止まり、体を回転させて探した。流れる視界に、メモと同じ名前の看板を見つけると、足はまた駆け出す。  ホテルの自動ドアを抜け、フロントに向かったけれど誰もいない。  そのまま通り過ぎ、エレベーターに飛び乗って五階のボタンを押した。  ……遅い。  古い型の箱は速度が鈍い。階数表示を睨んでいると、空港行きのバスが渋滞に巻き込まれたことを思い出した。  ……なんで今、あのときのことを思い出すんだ。  頭を左右に振って、不安をかき消した。  早く、早く動いてくれ。じゃないと、また、間に合わない。  数字が点滅し、開き切る前のドアの隙間に体をねじ込むようにして降りた。  左右に分かれた通路の真ん中に立ってメモを確認し、左側の廊下を走る。  五〇二のプレートを見つけると、尊瑠は大きく息を吸った。  腕をゆっくり上げ、呼び鈴に人差し指を近づける。触れそうな手前で、小さく息を吐いた。ボタンをそっと押す。ドア越しに、軽快な音が微かに聞こえた。  ……神様、お願いします。大和がまだいますように。  バスの中で祈っていた昔の自分がフラッシュバックする。  両手を組んでぎゅっと目を閉じていると、鍵を開ける音が聞こえた。  はっとして顔を上げると、ドアがゆっくりと開かれる。 「た……ける、どうし──」 「……大和っ。大和、やま、と。俺、お……れ」  膝の力が抜け、その場に崩れそうになる。床に付く寸前で、大和の腕が支えてくれた。 「……とにかく中に入れ」  背中に手を添えられたまま、部屋に入った。中を見渡すと、ベッドの陰からスーツケースが目に入る。そばには畳まれた服が積んであった。 「もう、行くのか……」  気持ちとは反対の言葉が出てくる。伝えたい言葉とは違うのに、頭の中で文字が絡まってほどけない。大和に会えて嬉しいのに、旅支度が目の端に映って、話すのが怖い。  立ったまま動けずにいると、そっと肩を押されてベッドに腰掛けた。大和も隣に座る。  メモを握り締めたままの手を膝に置くと、そこに視線を感じた。 「そのメモ……文彌さんか」  顔も上げられず、黙ったままで頷いた。 「個展、行ってくれたんだな」  また、頷いた。個展の感想を言えばいいのに、文字が散らばってまとまらない。  ただ、隣に座っているだけなのに、体の右半分からじわじわと熱が広がってくる。 「写真、見たか?」 「……うん」  情けない声がかろうじて出た。  隣でベッドが小さく軋む。  顔を上げなくても、大和がこちらへ向き直ったのがわかった。 「……尊瑠。俺、お前に聞きたいことがあるんだ」  心臓が、とくんっと音をたてた。  咄嗟に手を握り締める。内側の柔らかい皮膚に爪が食い込んで、少し痛い。 「卒業式のあと、空港に来てくれたのか?」  また、心臓が鳴った。さっきとは比べ物にならないほど、皮膚の下から強く叩きつけてくる。  俯いたまま何も言えず、尊瑠は膝の上のこぶしを握り直した。 「今年の正月に実家に帰ったとき、母さんに聞いたんだ、尊瑠が展望デッキにいたって」  ……え?  まさか、見られていた──? もしかして、あのとき、叫んだ言葉も…… 「い、行ったけど間に合わなかったんだ。ごめ──」 「尊瑠が俺の名前、泣きながら呼んでたって、聞いた」  取り繕った声に、大和の言葉が重なる。その瞬間、視界が揺れて、瞬く間に目の前が暗くなった。  飛び立つ飛行機を見上げながら吐き出した言葉を、よりにもよって大和の家族に見られていたなんて。恥ずかしいを通り越して、死にたい。  いろんな気持ちがぐちゃぐちゃに混ざって、顔を上げられない。 「母さん、すぐには俺に言わなかったんだ。ずっと話すの迷ってたらしい」  智代の笑顔がよぎった。小さなころから見てきた彼女の笑顔が、不意に遠ざかっていく。 「日本を離れたばかりの俺に伝えても、苦しませるだけだって。でも、お前の泣き声が忘れられなくて、おばさんに相談したらしい。知らせないのが本当に俺らのためなのかって」   ……母さんに知られた。  自分の息子が男を好きだと知って、ショックだったに違いない。それなのに、由香子は普段と変わらない態度で接してくれていた。 「なあ。尊瑠が泣いた理由を教えてくれ」 「……っ」  言葉が出ない。咄嗟にシャツの胸元を掴んで唇を噛んだ。 「なんで、泣いたんだ」  逃げたい……臆病な自分がまた尻込みしようとする。 「なあ、なんで──」 「ち、違っ……おばさんの勘違いだ」  咄嗟に否定した。そんな言い訳、自分でも苦しいのに。 「なら、ちゃんと俺の顔見てそれを言え」  俯いたまま首を左右に振る。激しく動かしたせいで、涙が飛び散った。 「俺には嘘つくな」  短く放たれた言葉で、一気に過去へ引き戻される。何度も交わした窓越しの会話が、堪えきれずにあふれ出した。 「俺、母さんに尊瑠のこと聞かされたとき、悔しかった。どうしてもっと早く教えてくれなかったんだって」  心に入ったヒビが大和の声で止まった。 「でも、本当に知りたかったのは母さんの話じゃない」  大和がふうーっと細い息を吐き、続きを口にした。 「俺は、尊瑠の本当の気持ちを聞きたい。尊瑠の口から」  すぐ横から聞こえる声が、振動となって全身に伝わった。  大和が話すごとに、息がうまくできなくなる。  心臓がさっきからうるさい。覚悟してきたのに、気持ちが揺らぎそうだ。 「それに夏に歩道橋で会ったとき、尊瑠が言った言葉。あの意味も聞きたい」 「歩道橋……」  大和が黙ったまま頷く。  夏の、オレンジから青へと変わる空の下で、思わず叫んでしまった言葉。  ずっとしがみついていた、二人の関係を壊す言葉が鼓膜の奥で震えた。 「幼馴染でなんかいられない──あのとき、尊瑠はこう言ったよな」  今、頷けばいい。そうすれば、このまま大和への思いへと繋げられる。 「あれは……」  言い淀んでいると、膝の上にあった手に大和の手が重なった。 「……でも、その答えを聞く前に、一つだけ話させてくれ」  掴まれている手に力がこもった。 「一年前の冬、俺、尊瑠のアパートに行ったんだ」  電話越しに聞いた光詞の言葉が頭をよぎった。 「尊瑠は留守だった。代わりにいたのは……」 「違う! 違うんだ、あれは──」  なんて言えばいい。  光詞は嘘をついた。でも、苦しんでもいた。  それを説明すれば済むはずなのに、光詞を悪者みたいには言いたくない。 「……彼、事故で足を怪我したんだろ」  その一言で、心が大きく揺さぶられた。  どうしてそれを……そう口にしたはずなのに声にならず、視線だけで問い返していた。 「順に話す。だから、尊瑠も話してくれ」  息を吸い込むかすかな音が聞こえ、大和が真っ直ぐ見つめてくる。その視線から逃げられず、尊瑠は重ねられている手の下で力を込めた。 「尊瑠のアパートに行って、彼に色々聞かされた。でも、信じられなかった。俺の知っている尊瑠は、うまく言えないけど……同棲するとか思えなくて」  嬉しい……心からそう思った。  自分のことをわかってくれている。それだけで、充分だと思えるほどに。 「けどやっぱりショックで。その日、実家に帰って考えてたんだ」  それは幼馴染としてショックだったから? それとも──  喉の奥に苦いものが広がるのを感じてると、一拍置いて大和が続きを話す。 「高三のとき、図書館帰りのお前を待ってる彼を見て、あいつ、お前のこと好きなんだろうなって思ってた」  改札で待つ光詞の姿が浮かんだ。あのときから、大和には光詞の気持ちが見えていたんだ。 「それに、お前が毎日病院へ通ってたことも母さんづてに聞いた」 「そ、そっか……」  ……母さん、話してたんだ。    事故になれば警察も病院も避けられない。由香子には、何があったのか話すしかなかった。自分と光詞の間で何があったかも。告白されたことだけは隠して。  大和の肩が上下して、深く息を吐いたのが伝わる。 「毎日病院に行くほど、尊瑠は彼のことが好きなのかなって、そう思った」 「違う! 俺が病院に行ってたのは、光詞が怪我したのは俺のせいだから。……俺が追いかけなかったら光詞は事故に遭わなかった。だから全部、俺の責任──」  唇が音を置き去りにして、言葉が続かない。  光詞の気持ちに応えられなかったくせに、自分の感情を優先して追いかけた。そのせいで、光詞を期待させたかもしれない。苦しませて、それでも突き放しきれなかった。  中途半端な気持ちが光詞を── 「尊瑠は悪くない」  力強い言葉が、折れかけた気持ちを包み込む。大和の顔を見ると、両肩にそっと手が添えられ、向き合うかたちになった。 「お前は悪くない。その彼もだ」  もう一度、大和が言う。寄り添うような言葉と、手のひらの温もりに涙があふれた。 「尊瑠は、彼が元気になるまでそばにいてやったんだろ」  その言葉で、ずっと固まっていた気持ちがほどけてくる。膝の上に涙が落ちて止まらない。  肩を震わせていると、背中に温もりを感じた。ゆっくりと上下する手のひらから、大和の優しさが全身に沁み込んでいく。  不意に、光詞の言葉が浮かんだ。  ──戦うのは尊瑠と俺じゃない。尊瑠と尊瑠自身の心だ。  逃げてばかりだった弱い自分が、すっと霧のように消えていく。  もう、逃げたくない── 「大和……」  名前をそっと呼んだ。 「俺……話したいことがあるんだ」  背中に添えられていた手が止まる。  ゆっくり離れたその手がベッドに落ち、指が静かにこぶしを作った。  続きの言葉が言えず唇を引き結んでいると、急かすようにスーツケースが目に入った。  手の甲で目頭をこすり、浅く息を吐いて、大和を真っ直ぐ見た。  グリーンチーターの服で笑う自分が、背中を押してくれた気がする。 「……俺、大和のことがずっと……好きだった。きっと、初めて会ったときから。大和の幼馴染で嬉しいのに、それが辛くなってたんだ」  伝えたい言葉がかけらになって、唇からこぼれる。また、目の奥が熱くなった。  大和の目が細められ、困ったときの顔になった瞬間、後悔が頭をよぎる。  伝えるんじゃなかった──そんな絶望が胸に落ちかけた、そのとき。  大和の髪がふわりと自分の頬に触れ、吐息がすぐそばで聞こえてきた。背中に回された腕の熱が伝わって、大和に抱き締められていることが遅れて脳に届く。 「……俺だって、ずっと好きだ」  抱き締めてくれる腕に力がこもる。訴えかけるように囁く声が耳を通って胸を揺さぶる。  水が土に沁み込むように、大和の言葉が心をゆっくりと満たしていく。  けれど、それは大和の横で微笑む女子の顔で堰き止められた。 「う……そだ」  大和の腕の中で声を震わせた。 「嘘じゃない」 「だって! だって──」  大和の胸を押し、目の前の瞳を見つめた。 「だって……中学のとき、彼女ができたって、俺に紹介した!」  大和が眉間にしわを刻んだ。けれどそれは一瞬で、すぐ元に戻った。 「あれは、違う。理由があるんだ」 「付き合うのに何の理由がいるんだ!」  思わず叫んでいた。大和が困ったようにまた目を細める。 「あれは、尊瑠の気を引きたくて、付き合っただけなんだ」 「俺の気を引く? それ、どういうこと?」  大和の言っていることがわからない。 「尊瑠が、図書委員の先輩と仲よかったから……」  その言葉に、尊瑠は瞬きをした。  どこかで聞いたセリフだった。記憶をたどっていると、ふっと思い出した。 「それ、高三のとき、図書館でも言ってなかったか?」  建前は受験勉強。けれど本当は、大和から逃げるための避難場所だった。そこにふらっと本人がやって来た。そのとき、唐突に先輩の話をされたことを思い出す。 「いつも俺と一緒だったのに、中二になって、尊瑠はその先輩とばっかいた」  投げるように言った大和の顔は、小さな子どもみたいに口を尖らせている。 「それは委員会が一緒だったからって俺、言ったよな?」 「言ったけど……」  今度は大和の目が泳ぐ。 「それに、高校も俺と違うとこに行くし。受験先を知ったとき、俺がどれだけショックだったかわかるか」  口を開くごとに、大和が小さなころの大和に近づいていく。 「それは、大和が彼女ができたって嬉しそうにしてたから」 「嬉しそうになんかしてない。尊瑠の反応を期待してただけだ」 「そんなの悲しかったに決まってるだろ。でも、俺は大和の幸せを笑ってそばで見ることが辛かったんだ」  男の自分は大和の特別にはなれない。そう突きつけられた気がして、一大決心をして離れた。  幼馴染のくせに、おめでとうも言えない自分が嫌だった。 「尊瑠を誰にもとられたくなかった。だから、彼女を作れば気にしてくれるかと思ったんだ。でも失敗だった。逆に避けられて、尊瑠は俺から離れていった……」  手をそっと握られ、引き寄せるように大和が距離を詰めてくる。その胸に閉じ込められそうになったとき、頭に浮かんだ光景がそれを拒んだ。 「じゃ、高校のときの、あれは何だよ!」 「あれ?」 「高三の、大和が図書館に来たちょっと前。俺、見たんだからな」 「何を」  ……何を──って。しれっと言って。 「部屋の窓から外を見てたら、大和が女子に、その……抱きついてたとこをだよっ」 「女子に抱きつく? そんなことしてない」 「した! この目でちゃんと見たんだから」 「……待て。それ、本当に俺か?」  返事の代わりに、大和の腕を掴んだ。その腕を曲げ、大和の心臓の上に手のひらを重ねるように当てた。 「自分の胸に手を当てて思い出せ」  大和がされるがまま胸に手を当てている。天井を見上げ、何かを思い出そうと口を真一文字に結んでいた。  整った横顔を見つめながら、大和が口にした言葉を思い返していた。  ずっと好きだと言ってくれたけれど、自分の中にある不安が消えないと大和と向き合えない。  大和の言葉を素直に信じればいいのに、わだかまりを消さないと先に進めない。  しんっとした部屋に、小さな呟きが隣から聞こえてきた。 「もしかして、あれか」 「思い出したか?」  聞き返すと、謎が解けたみたいな顔でこっちを見た。 「虫だよ、虫」 「虫?」  言いながら尊瑠の頭に、もしかして、が浮かんだ。 「まさか、虫が急に飛んできてビビったって言うんじゃないよな」  ひそめた声で言うと、大和が照れくさそうに笑った。 「嘘だろ。あんとき、秋だぞ。虫なんていないのに」 「あー、あれは虫じゃなくて、虫かと思った枯葉だった」  空いた口が塞がらない。 「信じられない。枯葉にビビって女子に抱きつくなんて」  自分より体格がいいのに、大和は小さいころから虫が苦手だった。捕獲も退治も尊瑠の役目で、おまけに牛乳も苦手だった──は、置いといて。 「仕方ないだろ。茶色や黒が飛んできたら、まず疑う」  真剣な顔でそんなこと言うから、思わず吹き出してしまった。  肩を揺らして笑っていると、大和が真顔のままじっとこちらを見てくる。 「……大和?」 「俺さ。ずっと不安だった。尊瑠が俺を避けてたから」  静かな声音が胸に沁み込んでくる。自分が見えてなかった方の心を、大和が伝えようとしてくれている。 「高校も別だし、部屋の窓も覗かなくなった。カーテンも、いつも閉まってたし」 「だから、さっき言っただろ。大和が女子と──」 「尊瑠を失いたくなかったんだ」  自分の言葉に割り込むよう、大和が思いを吐き出す。  尊瑠は腰を浮かせ、大和へ体ごと向けるように座り直した。 「幼馴染としか思われてないって、諦めかけてた。でも無理で……」  大和が苦しそうに眉を寄せた。 「流星群を見た日からずっと尊瑠の気持ちを聞きたかった。俺と同じなら、ニューヨークでも頑張れるって思ったんだ。でも、尊瑠は俺を避けてばかりで。もしかして、俺が邪魔だったのかって──」 「邪魔なわけない。俺だって、俺の方がずっと……」  気づけば、大和の手を取っていた。 「でも、空港でのことを聞いて、諦めないでいいって思えたんだ」  手を握り返してくれる大和の口元が、ふっと緩んだ。 「でも、俺。これから母さんやおばさんにどんな顔していいか──」 「大丈夫だ、尊瑠」 「だって──」 「母さんが尊瑠にごめんって」 「え……」  謝ることはあっても、智代から謝られることは一つもない。不安でたまらないのに、大和は穏やかに笑ったままだ。 「尊瑠の気持ちを勝手に話したこと、ごめんねって。それと長い間、尊瑠の思いを蔑ろにしてたこと、申し訳なかったって」  咄嗟に口元を押さえた。そうしないと、子どもみたいに大声をあげて泣きそうだった。  いつも明るい智代の顔がよぎる。そんな彼女を苦しませてしまったことで涙があふれた。 「母さんさ、俺らのこと、おかしいって思ってたみたいだ」 「な、何を……?」 「ずっと一緒だった二人なのに遊ばなくなったし。あと、尊瑠が別の高校を選んだこととか。それが全部、繋がったって」  改めて言葉にされ、咄嗟に顔を伏せた。  由香子たちに気持ちが知られていたことも、大和のまっすぐな視線も、どう受け止めていいかわからなかった。  何かに耐えるよう、俯いたままでいると、背中に大和の手が触れ、頭ごと胸の中に閉じ込められた。 「や……まと?」  大和がもう一度背中をゆっくりさすってくれた。 「母さんたちのことは、大丈夫だ」  胸に当てた耳へ流れ込む声で、絡まった糸がゆっくりほどけていく。 「尊瑠、好きだ。初めて会ったときから」  その一言が、何度も胸の中で反響した。気づけば、大和の腕をぎゅっと掴んでいた。  自分の恋は叶わないと思っていた。  あふれる思いをひたすら隠して、自分を無理やり押さえつけてきた。  掴んでいた手に力を込め、大和の胸へ額をこすりつける。抱き締める腕が、さらに強くなる。  腕の中からそっと顔を出すと、大和と目が合った。  互いの鼻先をくっつけた瞬間、どちらともなく笑い合う。  笑った拍子に目尻へ残っていた涙がこぼれ、大和が親指でそっと拭った。 「もう泣くな」 「……そんなの、嬉しすぎて無理だよ」  泣きながら、また笑ってしまった。  泣いて、笑って。そんな時間が、ひどく愛おしかった。  どちらからともなく距離が縮まる。  息が触れ合うほど近づいても、もう逃げたいとは思わなかった。

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