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第17話
初めて知る、大人になった大和の温もりだった。
抱き締められた胸から伝わる鼓動にせき立てられ、自分の心臓が破裂しそうになる。
でもその音はちゃんと二つあって、それがわかると、ふっと全身の力が抜けた。
大和が離れると、そっとベッドに横にされた。
自分の上を覆う瞳を見つめていると、不意に文彌の顔がよぎった。
唇を重ねられそうになり、大和の胸を軽く押し返す。
大和は「なんで?」と言いたげに首をかしげた。
「大和……その、文彌さんって、大和のこと、好きなの?」
「なんで、文彌さんが俺を好きなんだ?」
呆れたような顔で言われた。
「だ、だって、流星群を一緒に見た日、あの人、俺のこと睨んでた」
ぽろりと涙がこぼれた。あの夜に味わった寂しさがよみがえって胸を締め付ける。
二人だけの世界。二人にしか通じない言葉。何よりあの人は、大和の指針だ。
息をひそめて返ってくる言葉を待っていると、鼻をきゅっと摘まれた。
「……だからあの人に教えたくなかったんだ」
「なに、どういうこと?」
瞬きをして、目の前の瞳を見つめた。
「文彌さん、俺が尊瑠のこと好きだって知ってるから」
「え!」
思わず起き上がりそうになった身体を、大和がそっと宥めてくれる。
「な、何でそんな話になるんだ」
てっきり文彌は自分のことを疎ましい存在だと思っていた。それなのに、もう、文彌は自分の存在を知っていたなんて。
「ニューヨークの学校の話をしてくれたとき、流れでな」
そう言って、大和が額にキスをしてくる。
……じゃ、しなくてもいい誤解を自分はずっとしてたってこと?
放心状態になっていると、大和の頭が胸に落ちてきた。
「ずっと好きなやつがいるから、ニューヨークに行くのも悩んでた。それを、あの人には話してたから……」
低くて甘い声が肌を通って胸に響く。そんなわずかな振動だけで、胸の奥に残っていた不安が消えていく。
「それに、文彌さんには婚約者がいるしな。ギャラリーにいなかったか? 肩くらいまでの髪の女の人」
ふんわりと笑って、ハンカチを貸してくれた女性を思い出す。
「……俺、ずっと文彌さんに嫉妬してた。あんなかっこいい人が大和を好きなら、性別なんて関係なくて大和も好きになるかもって」
大和の背中に腕を回して呟いた。自分の中に生まれた醜い感情を熱で溶かすように。
「文彌さんは俺に写真家の道を教えてくれた人だけど、俺がずっと夢を諦めないでこれたのは、尊瑠がいたからだ」
「俺……」
ベッドに肘をつき、大和が体を起こした。長い指で頬を撫でられ、その手で髪をすいてくれる。
「ファインダーを覗くたび、尊瑠の笑顔や泣き顔が、自分の未来を輝かせてくれた。尊瑠が俺の写真を好きだって言ってくれたから、もっと撮りたいって思えたんだ」
ふと、智代の言葉が浮かんだ。
──人物は撮らないくせに、尊瑠君だけはよく撮ってたのよね。
あのとき何気なく聞いた言葉の意味が、今になって胸に落ちてくる。
「本当は俺、尊瑠から離れようと思ってたんだ」
一瞬、胸が潰れそうなくらいの痛みが走った。
「尊瑠のアパートに行ったとき、彼に言われた言葉が、結構キツかったからな……」
「大和……」
「でも、母さんに尊瑠の話を聞いたとき、絶対に離れるもんかって思った。だから、日本に帰るたびに、尊瑠に会いに行ったんだ」
本屋で出会ったときも、夏の歩道橋も、全部、自分を探して会いにきてくれてた。
自分は、智代の見舞いでも、文彌のついでもなかった。
愛しさがあふれて、胸の中で収まりきれない。
尊瑠はそっと腕を伸ばし、大和がしてくれたように頬へ触れた。そのまま手を滑らせ、首に絡めると唇を重ねたくて、そっと引き寄せた。
吐息が触れ合う距離で見つめ合うと、息を交わすような口づけをした。
啄むようなキスのあと、大和の重みを受け止めると、今度は深く唇を重ねた。
互いに顔を寄せ合い、何度も角度を変えて思いを伝えあう。
熱くなっていく体に翻弄されていると、ふっと自分の上から重みが消えた。
「……だめだ。これ以上尊瑠に触ったら──」
「いやだ! ……お願いだ、大和。今すぐ俺を、大和のものにしてほしい」
このまま大和がニューヨークに行ってしまったら、絶対に後悔する。離れ離れになる前に大和と繋がりたい。大和がほしい。
「でも、尊瑠を傷つけたくな──うわっ」
上半身を起こして大和に抱きついた。わざと首筋に唇を押しつけ、大和が離れないように必死でしがみついていた。
「た、尊瑠、そんなことされたら……」
宙を彷徨う大和の手を引き寄せると、指と指を絡ませた。幼いころにした、淡い感触じゃなく、もっと深くて、焦がれるような切なさを伝えるために。
「お願い、大和……」
耳元で囁いた途端、背中がシーツに深く沈む。一瞬、目を閉じて、次に開けたときには、大和の唇が瞼に触れていた。
髪や頬、唇に口づけされている間、一枚ずつ服が取り除かれていく。
朦朧としていると、大和も服を脱ぎ始めた。子どもの体から、成熟した大人の男になった姿に目がくらむ。
自分から仕掛けておきながら、恥ずかしさが押し寄せてくる。顔を背けると、顎を掴まれて、深いキスをされた。
初めて直に触れ合った肌は、泣きたくなるほど熱かった。
自分がどう動けばいいのかわからず、自分のものなのに、手も足も行き先を探していた。
戸惑っている間も、互いの指先は絡まり、肌の上には大和の唇でしるしをつけられていく。
「尊瑠、たける、好きだ。お前だけが、ずっと」
熱のこもった声で囁かれると、何も考えられなくなる。
大和が好きで、愛おしくて、もう離れたくないということしか。
高熱におかされたように思考がぼやけてくると、自分では触れたことのない場所に大和の手が触れた。荒々しい動きなのに乱暴なところはなく、薄いガラスを扱うみたいに知らない感覚を与えてくれる。
快感はわからない。でもそれ以上に、大和からの思いと優しさが伝わる。
薄目を開けて見上げると、二人がつながるための場所に触れられた。時間をかけて入り口をほぐされ、我慢していても、腰が跳ねて顔を歪めてしまう。
「痛いんだろ、尊瑠。やっぱ、今日はやめ──」
「いやだっ、今日がいい。お願いだ、大和……」
甘えるように、腕を伸ばす。大和の腕に触れる前に、指先を齧られた。先端に感じる甘い痛みで体の芯が緩み、目が合って口づけを交わすと、長い指を狭い入り口に受け入れた。
ゆっくり中を探られ、異物感に唇を噛んだ。その度に手を引こうとするから、それを引き止める。痛みより、大和を受け入れたい気持ちが優っていた。
何度も「痛い?」と聞かれ、同じ数だけ首を左右に振った。
そのうち、痛みを超える違和感を感じ、自分の体の内側の、自分では見つけられない場所に大和の指が掠める。性器じゃない場所なのに、勝手に腰が反応する。
自分の声なのに、違う人間みたいな声が耳を犯す。
力の抜けた下肢を持ち上げられ、このための器官じゃないところに熱いモノが押し入り、幸せな痛みに襲われた。圧迫感で、息をすることさえままならない。
「尊瑠……息、しろ」
大和の声が聞こえた。うんうん、と頷いたと思う。でも、できなかったかもしれない。大和についていくのが精一杯で、声すら出せない。
鼓膜に響く吐息に気づくと、そっと瞳を開けた。その途端、上から雫が落ちてくる。
大和の瞳から自分の頬に涙が落ちてくる。
「尊瑠……好きで、たまらない……」
涙で歪む声に、胸があふれそうになった。
「大和、大和……」
自分から腕を回し、何度も名前を呼んで大和を抱き締めた。
小さいころからたくさんの言葉を交わしてきたのに、今、この瞬間、初めて口にする言葉がある。それを何度も囁き、そのたびに体の奥で大和を感じた。
瞼の裏で火花のようなものが散ると、全力疾走したあとのように息が乱れる。
重なった心音が自分の中に流れ込んでくる。二つの鼓動が混ざって、苦しいのに嬉しい。
触れてもいい理由がないとできなかった自分たちは、もういない。
大和の胸に耳を寄せ、幸せを噛み締めていると、大和が汗で濡れた髪をかき分けてくれる。
「尊瑠。ずっと、俺のそばにいてくれ」
一番、ほしかった言葉が、涙を誘う。囁かれた言葉に浸っていると、尊瑠は上半身を勢いよく起こした。
「どうした、急に──」
「大和! ひ、飛行機って何時!」
大和の腕を掴むと、ベッドに横になったままの体を起こそうとした。
「飛行機?」
「お、俺。今度こそ、ちゃんと、見送るから!」
自分が口にした言葉で、心が追い込まれる。
ようやく想いを伝えられたのに、また離れてしまう。けれど、今度はちゃんと笑顔で送り出したい。
「俺、飛行機は乗らないけど」
「な、乗らない? だって文彌さんが出発したかもって。だから俺、ニューヨークに戻ってしまう前に、どうしても大和に会って気持ちを伝えようって」
大和が何度も瞬きをして、不思議そうな顔で見上げてくる。
「と、とにかく服。服、着よう。ほら、大和も早く」
ベッドから降りようとしたら、大和に手首を掴まれ、腕の中に引き戻された。
「ちょ、ちょっと、大和。何するんだよ。ほら、荷造り手伝ってやるから!」
大和の胸の中で身体を捻り、起き上がろうとしたら、大和が涅槃像 スタイルでニヤニヤしてこっちを見ている。
「……なんでそんな顔してるんだよ」
「俺、もう日本に帰って来てるんだけど。行くのは実家だ」
一瞬、時間が止まった。
静かな湖面に巨石を叩き込まれたみたいな衝撃が、遅れて全身を貫く。
「い……ま、なんて?」
「だから、俺はもう、日本に帰ってるって」
……ちょっと待って。
確かに文彌は「出発する」と言った。でも、行き先は言ってなかった。
「や……まと。もう、ニューヨーク、行かない?」
肩に置かれていた大和の腕をそっと外し、言葉を覚え始めた子どものように呟く。
「四月から途中入学だったし、一年半で卒業するために休み返上で学校は大変だったんだ。隙間時間は、文彌さんの働く会社でアシスタントさせてもらったりして」
大和が手足をぐんっと伸ばしたあと、うつ伏せになると、組んだ腕に顔を乗せてこっちを見てくる。
「だから日本にも中々帰ってこれなかったんだ。でも、それも今回の個展で終わり」
「それじゃ、ニューヨークには──」
「行かない」
……行かない?
その一言が、頭の中で何度も繰り返される。
ぐるぐる悩んでいると、大和が起き上がって両腕を広げた。
多分、今、大和は笑っている。でも、視界がだんだん滲んできてよく見えない。
「これからはずっと尊瑠のそばにい──」
最後まで聞けなかった。気づけば、大和の胸に飛び込んでいたから。
「……また泣いてる」
呆れたみたいに笑いながら、大和が髪を撫でてくれる。
「俺、尊瑠に出会ってから、人は尊瑠しか撮ってないんだぞ」
耳元で囁かれた言葉に、また、涙が止まらなくなった。
顔を上げて涙を拭い、大和をちゃんと真正面から見つめた。
今、大和の手にはカメラがない。なのに、シャッターを切る音が聞こえた。
小さな大和がファインダーを覗いている。その姿が今の大和に重なって、自然と笑みがこぼれた。
「尊瑠には俺がいる。俺ら、二人で一つだろ」
幼いころから何度も聞いてきた言葉は、苦しみでもあり絆でもあった。
何度も諦めようとしたのに、思う気持ちは簡単に身体から離れなかった。
気持ちを言葉にしたくても、涙ばかりがあふれる。
泣きすぎてぐしゃぐしゃになった顔を、大和の指がまた優しく拭ってくれる。
これからはまた、自然と横に並んで歩ける。
「また明日な」は、永遠の約束になった。それが何より嬉しい。
「これからも、尊瑠だけだ」
そう言って大和は両手で小さな四角を作り、その向こうからファインダーを覗き込むようにこっちを見つめた。
近すぎて、もう焦点が合わない。それでも、大和のまなざしだけははっきりとわかった。
ずっと昔から、自分だけを見つめていた瞳。
窓から差し込むオレンジの光が、蜂蜜色のフィルターをかけたみたいに、世界を柔らかく包んでいた。
尊瑠の耳に、もう一度、小さなシャッターの音が聞こえた。
📷読んでくださったみなさまへ
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。短いですが、エピローグを書きました。それでヤマトタケルのお話は終わりです。読んでくださったみなさまに、このお話が優しく伝わればいいなと願ってます。
ありがとうございました😊
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