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第2話 あいつの本命

 その日、俺はいよいよ来週に迫った体育祭の実行委員の仕事で放課後ひとり教室に残っていたのだが。 「あれ、『ちゅんの』だけ?」  それを聞いて思わずゴンっと机に額をぶつけていた。  ……危うくメガネが割れるところだった。 「いつのあだ名だよ!」  ガバっと起き上がってツッコミを入れると、教室に入ってきた三鷹はハハと爽やかに笑った。 「小学生の頃、みんな雀野のことそう呼んでただろ?」  小学生の頃、俺が人気絶頂期だった頃だ。確かに俺は皆からそう呼ばれていた。  誰が言い出したかは覚えていないが、雀は「ちゅんちゅん」と鳴くから『ちゅんの』だ。 「そんなのもうお前しか覚えてないっつの」  ズレてしまったメガネの位置を直しながら言う。 (てか、よく覚えてたな……)  久しぶりの響き過ぎてマジでびっくりした。お蔭で顔が熱い。  三鷹がにこにこと笑いながらそんな俺の隣の席に着いた。 「可愛くて僕は好きだったけどなぁ。ちゅんの」 「他の奴の前でその名前で呼ぶなよ」 「えーどうしよっかな」 「おい」 「冗談。で、他のみんなは? 雀野だけ?」 「みんな先に帰った。俺ももう終わるとこ」 「そっか。ごめんね、今日こっち顔出せなくて」 「いや、お前も色々掛け持ちで大変だろ」 「君ほどじゃないよ」  そんな会話をしながら、そういえばこいつとこんなにたくさん話すのは久しぶりだと気付く。  そして俺はハっとした。 (これは、チャンスなのでは!?)  いつも誰かに囲まれている人気者の三鷹と2人きりなんてことそうそうない。  今こそ、本命の子の名前を聞き出すときだ。  しかしなんと切り出そうか。不自然じゃない訊ね方を思案していると。 「何か手伝うことある?」 「え? あー、じゃあこれ、ミスがないか確認してもらっていいか?」 「了解」  今学校のPCで作成していた書類を渡すと三鷹はすぐに目を通し始めた。  伏し目がちになると、こいつのまつ毛の長さがよくわかる。  本当に、腹が立つほどのイケメンだ。 「うん、大丈夫だと思う。さすが雀野」 「ありがと」  礼を言って受け取ると、三鷹は「んーっ」と反り返って伸びをした。  そのまま首を回しながらぼやくように言う。 「それにしても疲れるよねぇ、色々さ」 「え?」  なんだ、いきなり。 「雀野もそうだろ? 僕たちみたいなのってこういう面倒事を押しつけられやすいし」 「まぁ、な。でも内申点につながるし」 「はは、確かに」  笑った三鷹を見ながら俺は「ここだ」と思いつく。 「そんなに疲れてんなら、彼女でも作ればいいんじゃないか?」 「え?」  三鷹がまさに“ぽかん”という顔をした。  そんなに可笑しな発言だっただろうか。でももう後には引けない。  俺はそのままなるべく自然に、なんでもないことのように続ける。 「お前ならよりどりみどりだろ。そんで癒やしてもらえばいい」  すると奴は困ったように苦笑した。 「よりどりみどりって」 「そう見えるけどな。それとももういるのか? 彼女」 「いないよ」 「なら」 「好きな子に振り向いてもらえなきゃ意味ないよ」  ――かかった! そう思った。 「へぇ、好きな子いるのか」 「いるよ」  あっさりと三鷹は肯定した。 「コクらないのか?」 「うーん、多分僕嫌われてるから勇気が出ないんだよね」 「は?」  今度ぽかんとしてしまったのは俺の方だった。 (三鷹が、嫌われてる?)  そんな俺の顔を見て三鷹はくつくつと笑った。 「そんなに意外だった?」 「いや……お前の気のせいなんじゃないのか?」  三鷹のことを嫌いな女子なんているのだろうか。  こんなに顔が良くて、爽やかで、誰にでも優しい王子様みたいな三鷹を? 嫌う要素がどこにあるんだ? 「気のせいだったならいいんだけど」  でも奴のその少し寂し気な表情を見て、冗談ではないのだとわかった。  そして俺は俄然、その女子のことが知りたくなった。 「雀野は?」 「え?」  急にこちらに振られて小さく驚く。 「雀野は作らないの? 彼女」 「俺は別に」 「そうなの? 好きな子は?」 「いない」  即答する。  初恋で失恋して以来、三鷹がそばにいる限り好きな子は作らないと決めたのだ。  また同じような思いはしたくないからだ。  それに俺には今女子に現を抜かしている暇はないのだ。そんな時間があったらこいつに勝つための勉強やトレーニングをしたい。 「そうなんだ」  そう、俺の話なんかどうでもいい。今俺はお前のことが知りたいのだ。 「それで、そのお前の好きな子って誰だよ。俺も知ってるやつ?」 「教えないよ」 「なんで」 「だって、雀野何か企んでそうだし」 「え゛っ」  笑顔で言われて思いっきり顔が引きつってしまった。  三鷹が小首を傾げる。 「図星?」 「いやいやまさか。企むって何をだよ。昔っから知ってる奴の好きな子が気になるのは普通のことだろ」  内心めちゃくちゃ焦りながらも平静を装って誤魔化すと、三鷹はふぅんと呟いた。 「まぁ、いいけど。……じゃあ、ひとつだけヒント」 「え?」 「僕の好きな子を知ったら、雀野ものすごく驚くと思うよ」  そうして三鷹はお得意のイケメンスマイルを見せたのだった。   *** 「……というわけだ」  翌日、いつもの屋上のベンチでパックのカフェオレを飲みながら話すと鳶田は目を瞬いた。 「ずーっと片想いしてて、三鷹のことを嫌ってて、雀野が聞いたらものすごく驚く?」 「あぁ」  ――あの後、三鷹はそんな全然ヒントになっていないヒントを置いてさっさと先に帰ってしまった。  俺はそれからずっと答えがわからず悶々としている。 「俺が驚くってことは俺の知ってる子ってのは間違いなさそうなんだけど」 「……なぁ、それってさ」 「全っ然わかんねー! え? 悪い、なんて?」  声が被ってしまって良く聞こえず訊き返すと、鳶田はなんとも言えない妙な顔をしていた。 「や、俺、すげーことに気づいちゃったかもしんない」 「え?」 「それ、もしかして女子じゃないんじゃね?」  その言葉の意味に辿り着くまでに少しの間を要した。 「……男ってことか!?」  確かに、今俺はめちゃくちゃ驚いた。  そうか。その線は全く考えていなかった。  女子じゃなくて、男子!  可能性がないわけじゃない。  動揺しながらも俺は続ける。 「で、でも、あいつ男にも人気あるし、あいつを嫌いな奴なんて……」  鳶田が無言で俺を指さしてきた。 「へ?」 「お前、三鷹のこと嫌いだろ?」  俺は徐々に大きく目を見開いていく。 「ずーっと片想いしてて、三鷹のことを嫌ってて、雀野が聞いたらものすごく驚く」  もう一度、鳶田が先ほどと全く同じ台詞を復唱して、俺は震える指で己を指さした。 「……お、俺ぇ!?」  思わず強く握ってしまったせいでカフェオレがストローからちょっと飛び散ってしまった。

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