21 / 22

後日談 前編

「ただいまちゅんのー!」 「おかぐえっ」  空港の到着ロビーで目が合うなり駆け寄ってきた蓮に「おかえり」と言おうとしたのに想像以上の強さでハグされそれは呻き声に変わった。 「はぁ〜やっと会えた〜ちゅんのだ〜本物のちゅんのだぁ〜〜」 「わかったから! 少しは人目を気にしろバカ!」  俺だって一ヶ月ぶりに会えて嬉しくないわけがない。  しかし頬擦りまで始めた奴のお陰で周囲からの視線が痛いったらない。 「だって一ヶ月ぶりだよ? 一ヶ月ぶりに好きな人に会えたのに、人目なんか気にしていられないよ」 「なっ……ん!?」  熱っぽい瞳でぎゅっと両頬を挟まれたと思ったらそのまま強引にキスをされて、俺は流石にブチギレた。 「場所を考えろーーっ!」  パカーンという小気味良い音と共に俺の怒鳴り声がロビーに響き渡った。 「キスくらいいいじゃないか……向こうじゃ当たり前のようにみんなしてるよ」 「ここは日本だからな」  帰りの電車に揺られながら隣で口を尖らせブツブツ文句を言っている蓮にそう冷たく返す。  ――数日前、空港まで迎えに来て欲しいとお願いされ、特に用事もなかったし俺も早く会いたかったのでOKしたわけだが。 (全く、どれだけの人に見られたと思っているんだ)  多様性の時代になったとは言え、恥ずかしいものは恥ずかしい。  例えば俺が女だったとしても、同じ対応をしていた自信がある。 「あーあ、ちゅんのに会うのすごーく楽しみにしてたのになー」  更に今度は拗ねるように言われて、俺は窓の向こうの景色を見つめながら小声で言う。 「俺だって楽しみにしてたっつーの」 「えっ」  勢い良くこちらを向かれ、じわじわと顔が熱くなっていく。 「煩い!」 「何も言ってないけど!?」 「視線が煩い!」 「何それ酷い! だってちゅんのがデレたから!」 「デレてない!」  と、こつんと肩に奴の頭が乗ってドキリとする。 「おいっ」 「このくらいはいいだろ? 駅着いたら起こしてよ」  そう言って目を閉じた奴の顔は流石に疲れているように見えて、それ以上何も言えなくなってしまった。 (一ヶ月、異国の地で頑張ってきたんだもんな。飛行機だって長かっただろうし……)  俺は小さく息を吐いて、再び窓の向こうに視線をやった。  しかし。 「ねえ、ちゃんと勉強してた?」  早々に話しかけられ、寝るんじゃないのかよと思いつつ視線を合わせる。 「夏休みの課題ならもうとっくに終わったぞ。休み明けテストの勉強も完璧に」 「違うよ」 「え?」 「ご褒美の勉強」  耳元で囁かれ、俺は今度こそ自分の顔が真っ赤になるのを感じた。  にこぉ〜と満面の笑みで蓮はこちらを見上げていて。 「今ここでする話じゃねーだろ!?」 「じゃあまた後でね!」  そうして再びさっさと目を瞑ってしまった。 「~~っ」  ……勉強だって?  したさ。一応、念の為、男同士のカップルはどうやってイチャつくのか調べてみた。勿論ネットで。  検索するのさえむちゃくちゃ恥ずかしかったけどな。  そして俺はその内容を読んですぐに調べたことを後悔した。 (これを、俺と蓮がすんのか……?)  気が遠くなるのを感じた。 「ただいま!」 「お邪魔します」  一ヶ月ぶりの蓮の家だ。  今日家にまで上がるつもりはなかったのだが、飲み物くらい飲んでいってよと言われ断る理由もなく来てしまった。  しかし俺は妙な緊張を覚えていた。  なにせ、この間とは状況が違うのだ。  ……蓮のお母さんに、やっぱ言ったほうがいいのだろうか。  蓮とお付き合いさせてもらっています、と。 (いやいや、そんなの言えるわけねーだろ!)  そんな俺の緊張が伝わったのだろうか。  靴を脱いで先に上がった蓮が笑顔で言った。 「今誰もいないから、遠慮しないで上がってよ」 「え」  てっきりあの時のようにお母さんはいるのかと思ったが不在らしい。 「今日はふたりとも帰り遅いみたいだから」 「そ、そうなのか」  ほっとすると同時にハタと気づく。 (ってことは、ふたりっきりかよ!?)  今度は別の意味で緊張を覚える。  蓮は廊下の途中にあるドアを開いて言った。 「あっつ! 熱籠もってるなぁ。窓開けよ」  そうしてその部屋に入っていってしまった。  確か、あの部屋は蓮の部屋だ。昔入ったことがある。  と、蓮はひょこっと顔をのぞかせた。 「ちゅんの?」 「あ、ああ」  俺は漸く靴を脱いでその部屋へと向かった。  蓮の部屋は子供の頃とは大分変わっていた。と言ってもうろ覚えだが。  こいつらしい、シンプルでモダンな部屋だ。  でも本棚には大量の本が詰まっていた。そこは俺の部屋と変わらない。 「換気出来たら冷房入れるね。ちょっと暑いけど、適当に座って待ってて。飲み物持ってくるから」 「あぁ、ありがと」  そうして、蓮は自分の部屋を出て行った。  俺は適当にバッグを置いて白のローテーブル脇に腰掛ける。  だが全然落ち着かない。 (ど、どうしよう……)  先ほどの「ご褒美」の件を思い出してしまった。  蓮のことは好きだし、一ヶ月会えなくて寂しかったのも本当だ。  好きなら触れたいと思うのが普通だろう。  キスはもう何度かしている。深いキスもだ。  でもそれ以上のことはしていない。  おそらく蓮の言う「ご褒美」とはその、それ以上の行為だろう。  しかし。 (難易度高過ぎだろっ!)  全然うまくできる気がしない。  しかし、蓮がしたいというなら断る理由がない。  俺だって、蓮に触れたくないわけじゃない。……ただ。 (めちゃくちゃ恥ずかしいんだが!?) 「お待たせ!」 「お、おう!」  思わずビクッと肩が跳ねてしまった。  蓮はテーブルに麦茶と紅茶のペットボトルと氷の入ったグラスをふたつ置いた。 「これしか無かった。どっちがいい?」 「じゃあ、アイスティー」 「了解!」  そうして、蓮は俺のグラスに紅茶を注いだあと「僕もアイスティーにしよ」と言ってもうひとつのグラスにも紅茶を注いだ。  いただきますと言って冷たくてほんのりと甘いそれを一口飲んだときだった。 「なんか、緊張してる?」 「――っ」  ギクリとして、危うく飲んだものが変なところに入りそうになった。  向かいに座った蓮が上目遣いで俺を見ていた。  顔がまたじわりと熱を覚えて、俺は思わず視線を外していた。 「べ、別に緊張なんて」 「ごめんね」 (……え?)  急に謝られて顔を上げると、蓮が優しく苦笑していた。 「さっき僕がご褒美の話をしたからだよね?」  かぁっと更に顔の熱が上がる。  そんな俺を見て蓮はハハと笑って続けた。 「大丈夫だよ、無理強いなんてしないから。僕は今日ちゅんのが空港まで迎えに来てくれてすごく嬉しかったし、今もこうして傍にいられるだけで幸せなんだから」 「蓮……」 「だから、ご褒美はちゅんのが良いって思えるまでちゃんと待つよ」  そうして蓮は綺麗に笑った。  俺は膝の上でぐっと両手を握る。 「――俺だって」 「え?」  テーブルに身を乗り出し蓮の胸倉を掴んで引き寄せ奪うようなキスをする。  目をまん丸にしている蓮に俺は言う。 「俺だって、お前に触れたいと思ってるんだからな!」  好きな相手にここまで言われて引き下がったら男が廃るというもの。  もう覚悟を決めた。  一ヶ月の間、異国の地で頑張ってきた蓮に、とびきりのご褒美を贈ってやろうじゃないか。

ともだちにシェアしよう!