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第5話 小さな嫉妬

 成瀬と付き合う前の高瀬の朝ごはんは、コーヒーのみだった。  気が向けば、喫茶店のモーニングを食べる。  その程度だ。  成瀬と付き合うようになり、今は一緒に暮らすようになり、朝食を抜かない成瀬に合わせて、高瀬は味噌汁をすすっていた。  成瀬の味噌汁は寝起きの体にとても沁み、ホッとする。  しかし、最近の成瀬は、もっぱら隣に越してきた男の話ばかりで、高瀬の心はざわついていた。 「ほんと、理央は身軽で、俺より小さいのにボールに届くなんてすごいですよ」  成瀬は嬉しそうに、先日公園でやったというバレーの練習の様子を話してきた。  高瀬の知らないうちに、その練習とやらは日程が組まれていて、成瀬だけの休みの日に、高瀬の知らない人たちと共に開催されているらしい。  初対面から相性が良く、急激に仲良くなったという隣人は、成瀬と同い年の大学生だった。  何かしらの理由で大学を休学していたようで、まだ学生なのだ。  そして、そんな彼を成瀬は気安く名前で呼ぶ。  小さなことだが、高瀬はその呼び方が何よりも気になっていた。 「ケン、早く食べないと遅れるぞ」 「あっ、こんな時間!」  成瀬は慌てて米をかき込んで、食器を片付ける。  満月をケージに入れて、優しく撫でてから歯を磨いて適当に髪をセットする。  高瀬は玄関へ向かい、ゆっくりと靴を履きながら、忙しく動き回る成瀬を見つめていた。  ネクタイを結ばず首にかけたまま、パタパタと急足で来た成瀬と共に扉を開けて外に出る。 「シンさんが言ってくれなかったらもっとのんびりしてました。遅刻でしたね」  成瀬は笑い、歩きながらネクタイを結ぶ。 「早送りの動画を見ているみたいだったぞ」 「え、そんな俊敏に動けてました?」 「あぁ、猫みたいだった」 「ははっ、あっ!この前の子かな?」  マンションのエントランスを出ると、以前見かけた黒猫を見つけた。  全身真っ黒で特徴の無い黒猫は、おそらく同じ猫だろうと、成瀬は近づいていく。  黒猫はジッと成瀬を見つめ、動かない。 「警戒してんのか?大丈夫だよ」 「手は出すなよ。引っかかれたりしたら……」 「大丈夫ですよ」 「ダメだ。それに、ネクタイがちゃんと結べていない」  高瀬は黒猫に優しく伸ばした成瀬の手を掴み引き寄せると、成瀬のネクタイを解いて綺麗に結んでやった。 「ありがとうございます。でも、多分猫ちゃんは大丈夫ですよ」 「俺が嫌なんだ」 「え?」  首を傾げる成瀬から顔を背け、高瀬は駅に向かって歩き出した。  少しだけその態度の理由がわかった成瀬は、ニヤニヤとしながら高瀬の後ろを着いていく。  黒猫はそんな二人をジッと見送りながら、植え込みの奥へと歩いていった。  営業所に着くと、神谷が珍しく椅子にもたれて天井を仰いでいた。 「支店長?どうしたんですか?」 「おはよ、成瀬くん。ちょっと困っていてね〜」  神谷はため息をつきながら、次の連休の定休日に、子どもたち全員を一人で見なくてはいけないのだと話した。 「それは楽しそうですね!」  神谷の子供たちとは、以前、抑制剤で暴走した高瀬を緊急搬送した際に、病院で会っている。  母親の周りをとにかく忙しなく動き回っていた印象だ。  動き回りすぎて、成瀬は何人いるのか把握できないほどだった。 「楽しい?……確かに、楽しいよ。一瞬だけね。でも、全員連れて出かけたら最後、収集がつかなくなる。それを一人で見るなんて、今から胃が痛いよ」 「あー、それ、俺も子供の頃に言われた記憶があります。うちも五人兄妹だったから」 「ははっ、成瀬くんの子供の頃は、さぞかし賑やかだっただろうね」 「そうですね。うちは米農家だったから、農繁期は家の手伝いですけど、それ以外は父親が兄妹五人を連れてバーベキューとかよくやってくれましたよ」  成瀬の言葉にピタリと神谷が動きを止めた。  目から鱗というような顔で、成瀬につかみかかる。 「それだよ、成瀬くん!ありがとう」 「え、なんですか?」  急に両腕を掴まれ、成瀬は困惑する。  神谷が腕を掴んでいることに、少し離れたデスクから高瀬の視線も感じて、成瀬は苦笑した。 「バーベキューしよう!みんなで!」  とっくに始業時間だが、朝礼を始めるはずの神谷のこの一言に、三浦が良いですねと同意したため、営業所のイベントとして出来上がることとなった。  高瀬は、盛り上がって仕切る三浦の声を聞きながら、そっと神谷の手を成瀬から引き剥がし、連休の定休日はバーベキューと子守りに付き合わされるのかと、心の中でため息をつく。  神谷から引き剥がした成瀬の顔がワクワクとしているから、まだ神谷を許せそうだ。

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