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第6話 熊井蘭太

 マンションの近所の公園は広く、芝生の広場では子供から大人まで皆思い思いに寛ぎ過ごしている。  成瀬は大きく弧を描いて飛んでくるバレーボールの落下地点に走り込んでボールを打ち上げた。  対面する相手は、理央だ。  ササっとボールを追いかけて、軽い身のこなしでボールを返してくる。  もう何回目のラリーかはわからない。  二人ともに運動神経がいいから、ボールはずっと空を舞っていた。 「でさ、支店長の子守りのために営業所みんなでバーベキューになったんだよ。ま、来られる人たちだけだけどね」 「ふ〜ん。楽しい職場だね」 「まぁね。みんな仲良いから楽しいよ」 「そう?」 「え?」 「ん〜?シンさんは、バーベキュー嫌がりそ〜」 「え、なんでわかるの?」  理央とこうやってボールの打ち合いをするのはもう何回目だろうか。  最近の成瀬は、高瀬と休みが合わない日は必ずと言っていいほど理央を誘って公園に来ている。理央も大学の授業が無い時間は成瀬に会いにくるようになった。  成瀬がよく自分のことを話すから、理央は成瀬の周りの人間関係も、その人の人と成りも大体把握している。  恋人で一緒に住んでいる高瀬の話は特に毎回聞かされるし、マンションでもすれ違うから高瀬の成瀬への執着ぶりもなんとなくわかっていた。 「シンさん、甘えん坊なんでしょ?」 「ははっ、理央にまで言われるようになった」 「ケンチが言ったんじゃん」 「そうだっけ?」 「うん。昨日も玄関でイチャイチャしてたし」 「はっ?!」  昨日は一緒に帰宅して、玄関を入るなり高瀬が抱きしめてきたのだ。  思わず甘えん坊ですねと言ったことを成瀬は思い出す。  多分、満月が近いことで高瀬としては無意識の行動だろう。 「いや、あれは!え、聞こえてたの?!」 「うん。ちょうど俺も帰ってきたとこだったから」 「え、居たなら声かけてよ……あっ……」  動揺した成瀬は、ボールを取り損ね、コロコロと転がしていってしまう。 「ごめん、取ってくる……」 「はーい。…………声かけて良かったんだ……」  理央は、成瀬の背中を見送りながら太陽に向かって大きく伸びをして、ふわりとあくびをした。
 艶のある綺麗な黒髪が風に揺れて、その気持ちよさのままに芝生に寝転んだ。  成瀬が取りこぼしたボールは、芝生を抜けて、遊歩道まで入り込んでいった。  ボールを追って、低い植え込みを飛び越えようとジャンプをしたら、目の前に壁があった。 「うわっ!!」 「おぉっ!大丈夫か?」  その壁はふわりと成瀬を抱き止めそこで初めて人の背中だったのかと気付く。 「すいません!ボールしか見てなくて!」 「怪我はないか?」 「あ、はい。本当にすみません」  壁となっていた人は高瀬よりも大柄な男で、成瀬を優しく地面に下ろすと、頭を撫でた。 「結構背が高いな。バレー部か?君の体重と速度はかなりの運動エネルギーになるから、気をつけろ。走っている人間は急には止まれない。慣性の法則だ。もう授業で習ったか?」 「え……はい……たぶん、習った気がします……」 「じゃあ、今日はそれを実体験できたな」  爽やかに男は笑っているが、成瀬の頭の中はクエスチョンマークが浮かんでいた。    授業って、物理だよな……?  文系の成瀬には馴染みのない世界だった。  男はボールを成瀬に渡しながら、取りこぼさないためにはと、ボールの運動エネルギーを説明し始めるが、宅健の勉強以上に成瀬の頭はこんがらがっていった。 「ははっ、実際に実験で見た方がわかりやすいか。でも、今日はあまり時間がないんだ。また会うことがあったら、一緒に実験してみような。次のテストは満点取れるようになるぞ」 「あ、本当にすいませんでした。あ、ありがとうございました……」  男は時計を確認して、手を振り歩いていった。  成瀬は頭を下げて見送りながら、次のテストってなんだろうかと不思議に思った。  芝生に戻ると、理央が気持ちよさそうに日を浴びて丸くなって寝ていた。 「理央!こんなところで寝てたら風邪引くぞ」 「ん〜?おかえり〜」 「ごめん、時間かかって」 「そう?別に、気持ち良かったから。うとうとしてただけ」  理央は大きく体を伸ばして立ち上がる。  そして、成瀬に近づくと、すんすんと匂いを嗅いできた。 「な、なに?」  神谷やレオニアのようだと思いながらも成瀬は嫌がらない。 「ん?誰かとハグでもした?」 「あ、うん。さっきボール追いかけてたら人にぶつかって」 「シンさん、またヤキモチ妬くよ」  理央は楽しそうに笑いながら、家でゴロゴロしよと、成瀬の手を引っ張っていく。  時刻は昼をとっくに過ぎている。 「じゃあ、昼飯買ってこ」 「また、おにぎり?」 「いいだろ、別に」  理央の部屋、元成瀬の部屋に入るのも毎度のことだ。  成瀬は何度も自分の部屋に招待したが、理央は毎回少し目を細め自分の部屋でいいよと苦笑していた。  理央の部屋には、本当に何もない。  テーブルもなければ椅子も無い。  ラグにクッション、ふわふわの毛布があるくらいで、寝室にベッドも布団も無かった。  寝る場所は特に気にしてないと言う理央は、本当に適当なところで寝ていた。  自分が使っていた頃と比べ、全く生活感のない部屋に成瀬は少し心配になる。 「なあ、理央。ベッドくらいあってもいいんじゃないか?せめて布団」 「え〜、いいよ〜。クッションで十分」  理央はそう言いながら、クッションをポンポン叩いてその上に座り、床に直置きしたおにぎりを取って食べ始めた。 「あはっ、このおにぎり微妙〜」 「とり天タルタル?」 「美味しいと思ったんだけどな〜。ケンチも食べる?」 「うん、一口」  理央からもらったおにぎりは、コンビニの新商品だ。  見つけた瞬間にテンションが上がった理央は勢いで買っていた。 「ん、俺は結構好きかも」 「マジで!?」  意外にも成瀬の好みだった味に理央は爆笑し始める。  地元の友達に似た会話のテンポ感が成瀬には心地が良い。  成瀬にとり天タルタルおにぎりをあげた理央は、スマホの通知に気づいて操作を始めた。  多少嫌な顔をした後、別画面にしたのかパッと顔色が変わる。 「くまらんの番組、ネットニュースになってる。ウケる」 「え、何それ」 「知らない?くまらん。これ」  理央が見せてきた画面には、先ほど成瀬がぶつかった男が映っていた。 『前代未聞、ペットボトルロケットで飛びながら物理の楽しさを教える名物教師』  ネットニュースのタイトルからして不穏だった。

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