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第10話 渡せなかった指輪

 高瀬は、スマホから成瀬にメッセージを送った。 『今日は、半月で待ってる。仕事は終わりそうか?』  すぐさまわかりましたと返信が来て、高瀬はそれを読んで満足そうにスマホをしまった。  スマホをしまった反対側のポケットには、成瀬のために買った指輪が入っている。  柔らかい巾着に入れて、特に包装をしてもらわなかったのは、サプライズの演出をしたかったからだ。  バー半月の扉を開けて、ウインドウチャイムを鳴らした高瀬は、カウンターに腰掛けると、ルルに向かって巾着袋を差し出した。 「何?指輪じゃない。え、くれるの?」 「違う。ケンのだ」 「はいはい。わかってるって。これどうするの?」  ルルは指輪を見て大方察しがついたのだろう。  ニヤニヤと高瀬を揶揄いつつも話を進めていく。 「サプライズで渡したい。ケンのカクテルに入れてくれ」 「カクテルに?」 「あぁ」 「キザじゃない?」  ルルはサラリとそんな事を言う高瀬の顔を見て、この容姿だったらキザにもならないかと苦笑した。  しかし、バーの店主としては出来かねる相談だ。少し悩みつつ指輪を高瀬へ返した。 「ん〜、でも出来ません」 「なんで」 「なんでって。ケンちゃんのことならシンシアが一番わかるでしょ。あの子、絶対気付かずにご馳走様ってグラスに指輪を残して帰るか、下手したら飲み込んじゃうわよ」 「………………確かに……」  ルルの指摘に、高瀬は納得した。  成瀬ならどちらもやりかねない。サプライズが危険な結果に終わることもある。 「シンシアが直接渡すのね。それで十分サプライズよ」 「…………それは……」 「照れくさいの?」 「………………」  高瀬は黙る。  婚約の意味で用意したわけではないから、さりげなくプレゼントをしたかったのだ。 「じゃあ、こんなのはどう?」  ルルは、代替え案だとカウンターに身を乗り出して、声を潜めて高瀬に近づいた。  成瀬はまだ居ないのだから普通に話せば良いのだが、なんとなく高瀬もルルに近づいて内緒話をするような格好になる。 「グラスの下に置くの。それなら、グラスを取った時に指輪に気付くでしょ?」 「気付くか?」 「……き……気付かないかもしれないけど……気付かせるように音を立てるわよ」 「……わかった。頼む」  ルルはカウンターの裏に指輪を隠し、成瀬が来るまでの間、高瀬に龍樹の愚痴を呟く。  山奥の研究所というのは日帰りができる距離ではないようだ。  自宅の最寄駅の改札を出て、商店街の美味しそうな香りを嗅ぎながら、成瀬は路地裏へと向かった。  高瀬のメッセージを読んでから、仕事を片付けるスピードを上げ、定時で帰ってきている。  優しく笑いながらおかえりと言ってくれるだろう高瀬の元へ、ニコニコとしながら歩いていく。  路地に入ったところで、一気に辺りが暗くなる。  その暗闇から、にゃーんと猫の声だけがした。 「この前の子かな。声が似てる気がする」  成瀬はキョロキョロと辺りを見回すが、以前マンションの前で出会った黒猫は見つけることが出来なかった。 「ケンチ、今帰り?」  突然、後ろから声をかけられ、多少驚いた成瀬だが、聞き馴染みのある声にやわらかく笑って振り向いた。 「理央。うん、ルルさんのお店に行くところ」 「あぁ、半月だっけ。この先なの?」 「そうだよ。行ったことなかったっけ?」 「この前のバーベキューで初めてルルさんに会ったから」 「じゃあ、一緒に行こうよ。シンさんもいるんだ」 「え……良いの?」 「良いよ」  一瞬だけ悩んだ理央だが、成瀬が即答した為、ついて行くことにした。  半月は目と鼻の先だから、わざわざメッセージを送って許可を取ることもないだろうと、成瀬は理央を引き連れて、店のウインドウチャイムを鳴らした。 「いらっしゃい。ケンちゃん、お帰り〜。あれ、理央くんも一緒なの?」  ルルの声に、高瀬は慌てたように立ち上がって、店の入り口を見る。  背の高い成瀬の後ろで姿は見えないが、微かに理央の匂いがした。  サッとルルに視線を送ると、残念ねと言うような表情が返ってくる。  ルルは指輪の入った巾着袋を、そっと高瀬の手に返した。   「…………おかえり、ケン……理央も一緒か……」 「あ……猫を探してたら理央に会って。一緒に良いですか?」  若干声が低い高瀬に、やはり事前に確認した方が良かったかと成瀬は申し訳なさそうに言った。  高瀬は一瞬だけ理央に視線を送ったが、次の瞬きで成瀬に優しく視線を合わせた。 「まぁ、良い……仕事はどうだった?忙しかったか?」 「いえ、そこまでは。三浦さんにフォローしてもらって、定時に終わらせました!」  若干のドヤ顔になる成瀬に、高瀬は大きくため息を吐きたい衝動を抑え、柔らかい笑顔を作る。  指輪が返ってきたポケットの重さを感じ、同時に感じた腕輪の重さもポケットに手を突っ込むことで誤魔化した。  それでも、目の前で嬉しそうに笑う成瀬の顔に、ホッとする。  抱きしめたい気持ちを堪えて、成瀬の頭を撫でてやった。  理央はそんな二人を放っておいて、カウンターへと座りモスコミュールを注文する。 「あら、理央くんはお酒飲んでいいの?」 「もう22ですよ」 「そうだったわね〜。休学明けの大学は卒業できそう?」 「多分、大丈夫です」  ルルは理央の童顔を揶揄いつつ、ジンジャーエールを取り出し、未だ見つめあって甘い空気を作っている二人を見る。 「モスコミュール好きなの?」 「なんか俺が引き金になりそうかなって。別に良いんだけど」 「あら、結構お酒知ってるのね。ケンちゃんもモスコミュールにしてあげようかしら」 「うん。それが良いと思います。シンさんには伝わるでしょ」 「そうね、どうかしら……」  カウンターにやってきて、並んで座った二人は何の話だと会話に入ってきた。  ルルは何も言わずにモスコミュールを作り、成瀬の前へそっと置いた。  そして、高瀬に視線を送る。  高瀬は一瞬眉間に皺を寄せたが、ポケットの重さを再確認して、乾杯とグラスを傾けた。  サプライズは成功しなかったが、成瀬は今日も機嫌よく飲んで帰るだろう。  きっとそれは、高瀬が一番見たかった成瀬の表情なのだろうとルルは思った。 (※モスコミュールのカクテル言葉は、「その日の内に仲直り」)

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