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第11話 黒猫の正体

 今日は、高瀬は営業先から直帰だった。  成瀬は、英会話の学習アプリを聴きながら駅の改札を出た。 「兄ちゃん、今日はとんかつがお買い得だよ!今揚げたてだ!」  イヤホンをしていても、肉屋のおじさんの声は耳に入ってくる。 「とんかつかぁ」  思わず足を止めて眺めてしまったら、腹が鳴った。 「おじさん、2枚ください」 「2枚で良いのか?」 「うーん……」  成瀬は自分の腹を触り我慢をしようと思うが、やっぱりもう一枚と照れ笑いした。 「ディス・ルーム・ゲッツ・プレンティ・オブ・サンライト……この部屋は日当たりがいいです……」  英語を口ずさみながらマンションの敷地に入ると、また、オートロックの前に黒猫が居た。  成瀬はアプリを止めて、黒猫に近寄っていく。 「こんばんは。ご飯はちゃんと食べられてるか?お前、帰るところあるの?」  黒猫は、緑がかった金の瞳を輝かせてじっと成瀬を見つめる。  成瀬の持っている袋の匂いを嗅ぐと、ニャアと一声鳴いた。 「腹減ってるのか?なぁ、うちにおいでよ。ご飯、一緒に食べよ」  成瀬がそっと手を伸ばすと、黒猫はジリっと1歩後ろに下がった。 「大丈夫だよ。怖くないから」  優しく黒猫の頭に触れたら、一瞬驚いたような顔をした黒猫は、次第に大人しく撫でられ喉を鳴らし始めた。 「素直なやつだな。おいで」  成瀬は警戒心が溶けた黒猫をそっと抱き上げる。 「お前柔らかいな。手触りもいいし、可愛い」  黒猫の背を撫でると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らし始めた。  成瀬は満足そうに微笑むと、オートロックの扉を入っていく。  玄関前で鍵を出していると、大人しかった黒猫は腕から降りようと動き出した。 「ちょっと、危ないって。大人しくしててくれよ。美味しいご飯作ってやるから」  成瀬が優しく撫でれば、黒猫はすぐに大人しくなる。  玄関を入ってリビングまで行くと、満月が激しくスタンピングを始めた。 「満月、大丈夫だよ。みんなでご飯食べような」  ケージ越しに黒猫と満月を面会させたら、二人ともに鼻が付くくらい顔を寄せて匂いを嗅ぎあっていた。  興味があるようで良かったと、成瀬は黒猫を下ろす。 「さて、俺とシンさんはカツ丼にするけど、猫ちゃんは何が良いかな」  成瀬の呟きに満月はケージの中でカサカサと音を立てる。 「満月は小松菜だろ?わかってるって。そうだな〜。鶏肉も残ってるし、少し茹でてあげるか。どう?好き?」  成瀬が冷蔵庫を覗きながら呟き、黒猫を振り返ると、成瀬が出した玉ねぎを転がして遊んでいた。 「あっ、玉ねぎはダメだ。具合悪くなるんだぞ」  サッと黒猫を抱き上げると、さっきと同じように緑がかった金色の大きな目が見つめてくる。  その目がギュッと閉じられると、急に黒猫の重さが変わり、ふわふわの手触りから、しっとりとした人間の肌へと変わっていった。 「これだったら食べて良いでしょ?」  成瀬の腕の中にいた黒猫は理央へと変化したのだ。  成瀬は大きく目を見開き、口を開けたまま固まってしまった。  理央は成瀬の腕から落ちないよう、首に腕を回して、しがみつく。 「ケンチ?あ、シンさん帰ってきた」  理央が呟くと、リビングの扉が開かれた。 「ただい……ま……」 「おかえりシンさん。今日はカツ丼だって」  にこやかに理央は言う。  高瀬はキッチンを見て固まる。  目の前には裸の理央を横抱きにしている成瀬。  明らかに言い訳の出来ない状況だ。 「……何してる」  低い声に理央は思わず身を縮めた。  成瀬は驚いた顔のまま、高瀬に向いて、パニックになっている頭のままに口を動かした。 「し……シンさん!あの、今、今、猫で、あの黒猫だったんです!抱っこしたら理央になって!」 「はぁ?」  いつにも増して話の内容が掴めない説明に、高瀬の眉間に更に皺が寄った。  理央は慌てる成瀬の百面相を面白がって笑う。 「そんなに驚く?シンさんも出来るでしょ。あ、虎は流石に抱っこできないか」 「何の話だ……」 「ん?獣化だよ」  理央はそう言い、身を丸くするとピクリと身体を震わせてみるみるうちに小さくなり、黒猫の姿になった。 「なっ……えっ……り、理央!」  黒猫になった理央を成瀬は心配そうに抱き締め、高瀬に助けを求めるような視線を送る。  高瀬も驚いた顔のまま固まっており、言葉を失っていた。  理央はぴょんと成瀬の腕から抜け出すと、床で伸びをして、また人間に戻った。 「…………」 「…………」  成瀬と高瀬は、理央を見る目が更に大きくなる。 「シンさんも獣人でしょ?やっぱり虎だと街中で獣化は難しい?」 「い……いや……そんなことできる獣人はいないだろ」 「そうなの?」  成瀬は相変わらず素っ裸の理央に、適当に近くにあった自分のTシャツを押し付ける。 「とりあえず、服を着ろって」 「え、あぁ、そうか。あ……ごめん。だからシンさん怒ったんだ。俺帰るよ、ごめんね」 「えっ、おい、理央!」  一人で納得して、Tシャツを持ったまま、理央は玄関に向かっていく。 「待てって。服!着てから出てけよ」 「えーいいよ。隣だし」 「隣でも誰かに見られるかもしれないだろ」 「めんどくさいな……」  ブツブツと言う理央の頭に、成瀬はTシャツを被せる。  丈が少し長めのTシャツは、小さい理央の太ももまで隠れた。 「じゃあ、またね」 「あー、待って!とんかつやるよ。1枚多めに買ってあるから」  成瀬はさっき買ったとんかつを取りに行こうとするが、理央は首を振った。 「いいよ。シンさんと食べなよ」 「良いから、今度一緒に飯食おうな」 「また、おにぎり?」 「うちに来たらちゃんと作ってやるよ」  とんかつを押し付ける成瀬の言葉に、高瀬はピクリと反応する。  理央は敏感にその一瞬を感じ取ると、そっと上目遣いに高瀬を見上げた。 「……良いの?シンさん……」 「………………」  高瀬はまだ、信じられないという様子で理央を見つめている。  返事の無い高瀬に、成瀬も首を傾げた。 「……シンさん?」 「ん?あ、あぁ……」 「やった。じゃあ、今度な〜」  理央はパッと明るく笑うと、玄関を出ていった。ヒラリと揺れたTシャツの裾から尻が見え、成瀬は慌てて玄関を閉める。  背後から高瀬の鋭い視線を感じて、冷や汗をかきながらもゆっくりと振り向いた。

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