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第14話 ベッドの隙間
次の日、営業所はいつも通り業務が進んでいた。
成瀬はお客様カウンターで、接客をして、楽しそうに物件を紹介している。
高瀬も、新規の営業先から契約をとってきた。
しかし、いつも通りではないことは、支店長の神谷にだけは気付かれていた。
「高瀬くん…………シンシア?」
高瀬から営業の報告を受けて、神谷は上司としてはうなづくが、コッソリと高瀬のフランス名を呼んで、様子を伺ってしまった。
高瀬は仏頂面のまま、神谷の顔を見て、どうせわかっているのだろうという顔をする。
「聞かないでください」
「興味本位じゃないんだよ?」
「わかってます。だから、今は言いたくないです」
「うん、仕事中だしね。ごめん、戻っていいよ」
神谷は笑顔に少し翳りのある成瀬を遠くに見て、クルリと椅子を回転させた。
窓の外は清々しい晴天で、小さな鳥が二羽、仲良く飛んでいっている。
「恋愛の干渉はもう、過保護なんだよね……自分の子供より難しいな……」
神谷の脳裏に、ごめんなと笑う朔夜の顔が浮かんだ。
もう、覚えているその顔の年齢よりも、神谷の方が年上になった。
それなのに、未だわからないことだらけで親という存在の曖昧さに大きくため息が出る。
「シンシアの自己肯定感は本当に低いな……」
神谷はそう言うと、古くから付き合いのある獣人のコミュニティーにメッセージを送った。
成瀬はお客を見送ると、入り口の扉を閉めて、お客様カウンターの裏へ戻った。
そして、カシャンと音を立てて椅子へ体を沈める。
ドッと疲れを感じて、天井を仰いだ。
今、お客が入ってきたら態度の悪い営業マンだと思われるだろうが、あと数秒だけ許してほしい。
「ナル?休憩行くか?」
「……だい、じょう……」
「行こうね、成瀬くん」
成瀬の返事を待たずに言ってきたのは佐伯だった。
優しく、柔らかい言葉だが、有無を言わせない力がこもっていて、成瀬は素直に従った。
休憩室で、朝買ったコンビニのおにぎりを広げる。
あまり食欲は無かった。
眠れなかったわけでもないが、まぶたは異常に重たい。
泣き腫らした顔だと、朝、顔を洗った時に気付いたが、女性のように化粧をすることもないので、なんとか笑顔を作って午前中を乗り切っていた。
今朝は、高瀬とほとんど会話をしなかった。
申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだ。
いつもの通り、味噌汁と簡単に卵を焼いて、黙ったまま二人で食べた。
沈黙が辛いというよりは、重たかった。
しかし、このままで良いわけは無い。
それは成瀬にも分かっている。
高瀬のために自制しよう。
そして、今日は一緒に帰って、また肉屋で夕飯の材料を買おう。
牛肉でも良いかもしれない。
そこまで思い至って、成瀬は元気を出そうとおにぎりに齧り付いた。
高瀬のデスクに置いてあるスマホが鳴り、高瀬はメッセージを開いた。
送信元は龍樹からだ。
件名、例の件について
開いた瞬間見えた文字に、高瀬は辺りを見回した。
しかし、もう一度スマホの画面を見れば、全てフランス語で書かれている。
どこで開けても良いようにだろうと、龍樹の周到さにげんなりとした。
内容は、先日購入したアダルトグッズの使用についてのアンケートだ。
表情を変えずに淡々とこのメッセージを打ち込んでいる龍樹が目に浮かぶ。
ただの使用感だけではない。
獣人の研究者として、使用時の興奮状態や、獣化の予兆はあったかなど、事細かに質問があった。
そして、最後に獣人の意見を聞かせてくれと書いてある。
高瀬は何も答えてやるものかと、一言「良くなかった」とだけ日本語で返した。
最寄駅の改札を出て、成瀬は努めて明るい声で高瀬を見上げた。
「シンさん、今日はお肉にしましょう。牛肉にしちゃいますか?!」
「…………特別な日じゃ無いと食べないんじゃなかったのか?」
「そ、そうなんですけど、ほら、給料日だし!」
成瀬は少し無理に笑いながら、高瀬の手を引いて肉屋へと向かった。
いつも通り、肉屋のおじさんは元気に接客をしてくれた。
「今日は牛肉かい?何かお祝い?」
「いや……何も……給料日だから?」
ストレートにお祝いと言われると、全く祝えることじゃ無いのだが、成瀬は誤魔化すように笑ってステーキ用の牛肉を受け取った。
「はい、毎度。牛肉を食べれば元気になる!良いことあると良いな」
「そうですね!」
おじさんの言葉に、成瀬は少しだけしっかりと笑うことができた。
高瀬を見上げて笑顔を作ると、高瀬も少しはにかんでくれる。
昨日の傷は残っているけれど、以前のように避け合うものではない。
日常の中に溶け込ませて、また笑い合いたい。
二人が並んで歩く距離にはいつもよりも間が空いているが、距離を詰める一歩はそのうち出るだろうと、成瀬は高瀬と歩幅を合わせた。
しかし、夕飯を食べ終え二人で寝室のベッドに入って、認識が甘かったと成瀬は思い直した。
「おやすみ。ケン……ステーキ美味かった」
「店のようにはいかなかったですけど……」
「ケンの味だから、美味いんだ」
「なんですかそれ」
他愛のない話の掛け合いは、いつも通りだ。
成瀬は安心してベッドへ入ったが、高瀬が当たり前のように成瀬を抱きしめて眠ろうとした時、ザワリと体が反応したことに気がついた。
抱き寄せられた瞬間、その先を期待してしまった自分に気付いて、そっと高瀬から距離をとる。
「ごめんなさい……」
「………………」
「……我慢……できなくなります……」
高瀬は何も言わず、ゆっくりと成瀬から手を引いて、ベッドの端へと移動した。
どちらも悪くない。
それなのに、ベッドの隙間の距離は1日では縮まらなかった。
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