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第15話 半月の誓い

 バー半月。  開店間もない時間から、高瀬はカウンターで項垂れていた。  今日は、営業先から直帰だ。  少し長引いていることになっている。  つく必要なんてないのに、嘘をついてしまった。  高瀬はその事実にも罪悪感でいっぱいになっている。 「あのおもちゃ、良くなかったんだって?」 「……Quoi!?」  ルルの言葉に驚く高瀬に、ルルはさらに驚いた。  どうして知られていないと思っていたのか。 「たっちゃんから聞いたの。だから疲れてるのかなって思ったけど、なんか違う感じ?」 「……………………」 「ほら、半月の誓いよ。話しなさい。聞いて欲しくて来たんでしょ?」  ルルに促され、高瀬はポツポツと言葉を発していった。 「なるほどね、ケンちゃんの為だったのに、ケンちゃんを傷つけちゃったと。謝れば良いんじゃない?」 「もう、謝った」 「そっか……じゃあ、今更ごめんなさいじゃないわね。ケンちゃん余計に我慢しちゃいそう」 「あぁ……」  高瀬のフランス語から日本語での謝罪で、成瀬はそれを受け入れてくれたはずだ。  しかし、本当に傷付けたのはその後だ。  それに対しては、今高瀬が謝れば余計に成瀬を傷つけると分かっている。「大丈夫です。俺が我慢しますから」と言われるのが関の山だ。  それでも、高瀬はベッドの距離を縮めたい。 「俺が……半獣化をコントロールできれば良いんだ」 「…………それって簡単なことなの?」 「……………………」  簡単なことではない。  抑制剤が使えないのだ。  無理に自分から半獣化をしようとすれば暴走することは目に見えている。  また、成瀬を傷つける。  今度は、骨折では済まないかもしれない。  高瀬はルルの二の腕を見つめる。  服に隠されたそこには、昔、高瀬が噛んでしまった跡が残ってしまっているのだ。  だから、ルルは袖の短い服を着ない。  ルルがそっと自分の二の腕を隠すように触れて、目を伏せた。 「痛むか……」 「まさか!……何年前だと思ってるのよ」 「悪かった」 「…………謝らないでほしいわね。多分、ケンちゃんもそう思ってるわ」  高瀬はカウンターに置いていた手をぎゅっと握る。  奥歯を噛み締めてゆっくりと息を吐いた。 「俺は、ケンのそばにいる資格があるのか……」 「あ、あるに決まってるじゃない。どうしてそんな……あっ、理央くん?」  ピクリと高瀬の肩が揺れた。  同じ獣人でも、明らかに能力が高い理央。  獣人としてのコンプレックスというよりかは、理央といる時の成瀬が楽しそうなことの方が気になっている。 「一緒に眠ることの出来ない俺よりかは、まだ楽しいだろ」  全く本心ではない言葉を自虐的に紡いだ。  ルルに否定してほしいからだ。 「…………私、そういう考えは嫌いよ」  ルルは低い声で怒ったように言う。  甘えさせてはくれない。   「悪い、本心じゃない……」 「だったら言わないの。まぁ、あの仲の良さは嫉妬しちゃうけどね。ウマが合うんじゃない?同い年だし、ケンちゃんは元々コミュ力高いじゃない」 「いや、そうじゃない」 「何?」  高瀬はルルの言葉を聞きながら、なんとなく心に沈み溜めていた気持ちが見えてきた。 「多分、気になるのは理央の感情の方だ」 「え?理央くんがケンちゃんをどう思ってるかって?あれはただの友情でしょ?」 「違う。あいつも獣人だ」 「え、そうなの?……あぁ……」  そう言われれば、あの身体能力の高さは納得できるかもしれないと、ルルは理央を思い出し頷いた。 「ケンは……獣人を抑えられる力を持っているのかもしれないだろ。現に、俺がそうだ」 「そんな仮説に至ったわね。仙吉さんもそうだったし」  高瀬は腕にある仙吉の腕輪に触れて、グッと込み上げるものを感じた。  全ては  その力に依存しているのかもしれない。  ずっと無意識に思っていた言葉が、明確に心に浮かんでしまった。  仙吉の腕輪が、いつもより軽く感じる。 「シンシア?」  自分の腕を掴んで身を丸めるように耐える姿に、ルルは、高瀬が考えていることを大方察した。  本当に、自己肯定感が低い。  そう思いながらも、鼻を啜る親友を慰めてやりたかった。 「ケンちゃんが、シンシアを思う気持ちは本物でしょ?ケンちゃんは、シンシアを選んでいる。シンシアだってそうでしょ?」  ルルがそっと高瀬の頭を撫でようとした瞬間、高瀬が反射的に大きく身を引いた。  ガタンとカウンターの椅子が鳴る。 「………………」 「………………」  ルルも高瀬もお互いに驚いた顔のまま見つめあった。  高瀬の頭に触れられなかったルルの手が空を掴むようにゆっくりと握られた。 「ご、ごめんね……驚かせちゃった?」 「…………いや、悪い……」  ルルを噛んでしまった時から、高瀬はルルに触れさせることも触れることもしないように気を付けていたのだ。    傷付けないために。  しかし、成瀬と思いが通じてからは、ルルに触れられることも怖く無くなっていたはずだった。  今の反応は、明らかに以前と同じ、それ以上にルルを避けていた。  自分は危険な存在なのだと、高瀬がまた思い始めてしまったのだろう。  ルルは悲しそうに顔を伏せながらも、もっと傷ついているだろう高瀬を見て、抱きしめてやりたくなるが、小さく大丈夫と呟き洗い物を始めた。

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