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第16話 満月の朝

 成瀬と高瀬は、表面上はいつも通りだった。  一緒に仕事へ行き、一緒に帰ってきて、一緒に食事をする。  しかし、まだベッドの距離は変わらない。  成瀬は自分の部屋を片付けて自分のベッドで眠るべきだろうかと考えたが、それをしてしまったら、このベッドには戻れないだろうと、高瀬との距離に耐えていた。  数日経ち、成瀬のスマホの画面に、大きな満月が現れた。  今日は満月だ。  朝、スマホを見た成瀬はまだ眠っている高瀬に近づくと、そっと頬を撫でた。 「今日は、ちゃんと抱きしめて眠りますから。ちゃんと、我慢します。だから、安心してくださいね」  それだけを言うと、キッチンへ味噌汁を作りに行く。  高瀬はそっと目を開けて、撫でられた頬に手を添える。  成瀬の手は、やっぱり心地良い。  しかし、我慢をすると言わせてしまった。 「ケンに、頼りすぎだろ……」  高瀬はザワつく心に満月の気配を感じながら、成瀬のいたシーツの上で身を丸めた。  高瀬は、味噌汁を啜りながら、意を決して口を開く。 「今日は残業になる」 「え……今日、満月ですよ?」 「あぁ、神谷さんも一緒だ。問題ない」 「いや……」  問題が無いわけがない。  そんなことは成瀬だってわかっている。 「大丈夫だ。今までもそうして来た」 「…………でも……」 「ケン、大丈夫だ……」  高瀬は強くそう言い切ると、味噌汁を飲み切ってお椀を下げに立ち上がった。  成瀬の表情を見てやる余裕は無かった。  見たら、決心が揺らぐからだ。  最寄駅の改札を出て、成瀬は空を見上げた。  まだ西の空にうっすらとオレンジの光が残っている。  今日の仕事は全く手につかなかった。  接客はできていたが、その他の事務仕事は、佐伯に熱でもあるのかと心配されるほどだ。  「今までもそうして来た」と言った高瀬の言葉がずっと頭の中で回っている。  俺は、もう要らないのか……。  考えてはいけない方向に思考が向くのを感じて、成瀬は首を振った。  肉屋のおじさんが声を掛けてくるが、ぎこちなく笑って、八百屋で小松菜だけを買って家に帰る。  気持ちが沈んだままだったが、マンションの廊下に脱ぎ捨てられた服を見つけ、成瀬は吹き出した。 「理央、また猫になってるな……」  最初こそ驚いたが、理央が猫になることにもう驚きは無い。  ただ、毎度服を脱ぎ捨てて好きなところで猫になるもんだから、せめて服を回収できる場所で猫になれと説得した。 「本当は鍵持って出て行って欲しいんだけど。猫でも持てるリュック買ってやろうかな」  成瀬は理央の服を拾いながら、以前ネットで見かけた動物用のリュックを思い出す。理央は煩わしいと言うだろうが、毎回オートロックを抜けるのに苦労するのなら、持って行ったほうが楽では無いのかと成瀬は思う。 「猫がオートロック開けてたらみんなビビるか」  黒猫がリュックを開けて鍵を操作している姿を想像して、可愛いと思いつつも、衝撃映像で投稿されそうだと成瀬は笑う。  理央の服を持って家に入ると、満月がリビングでカサカサと音を立てていた。 「ただいま、満月。小松菜買ってきたぞ」  満月は理央の匂いを確認しているのか、成瀬の手の匂いを嗅いで、すぐに小松菜に顔を向けた。  一枚葉をちぎってやると、勢いよく食べ始める。  夢中になっている満月の頭をそっと撫でてやれば、満月の目がトロンとし始めて、小松菜を食べ切ってから成瀬の膝に乗ってきた。  もっと撫でろということだ。 「俺の手、そんなに安心する?」  満月は目を瞑りながら、成瀬の膝におさまっている。  ウサギは警戒心が強い。目を瞑って眠ることがないと言われるほどだ。  そんなウサギがここまで気を許すのは、満月の性格だけではないだろう。  いつもなら、すかさず高瀬が擦り寄ってきて、満月と軽くバトルを始めるのだが、今日は居ない。  成瀬は暗くなった外を見ながら、高瀬を想い、不安になる。

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