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第17話 撫でてくれ
高瀬はマンションの外から、自分の部屋に灯りがついたのを見て、そっと公園の林に身を隠した。
今日は一人で満月を乗り切る。
成瀬に会う前はずっとそうしてきたのだ。
何も問題ないと、高瀬は丸い光を睨んだ。
体が疼き、息苦しい。
衝動的に木に爪を立てたくなるが、必死に我慢をする。
木の根元にしゃがみ込んだら、ズクリと体が震えて耳と尻尾が現れた。
そうなると、さらに衝動が強くなる。
手当たり次第にそれをぶつけて、壊してしまいたい。
それは性衝動にも繋がり、下半身に熱が集まるのも感じる。
必死に抑えようと唸り、木にしがみつく。
息が苦しい。
体が熱い。
苦しい。
ケン……
成瀬の手が、どうしようもなく恋しくなる。
あの温もりで安心したい。
しかし、それに頼り切ってはいけない。
自分で抑え、コントロールできなければ、成瀬を本当に愛してると言えないだろう。
「俺は……ケンのそばに……いたい……」
高瀬の呟きに、ニャンと猫が鳴いた。
高瀬はバッと顔を上げるが、猫の姿は見つけられない。
理央が成瀬に懐いている姿を思い出す。
「……俺が……俺がケンを愛しているんだ……本能じゃない……」
グルルと唸る自分の声を聞きたくなくて、耳を塞いだ。
塞いでも聞こえる虎の声は、高瀬の心を抉っていく。
強く握りすぎた虎の耳からは、血が滲み始めた。
「ニャーン……」
遠くに聞こえた猫の声にまた顔をあげる。
マンションの外階段を伝って、黒猫が高瀬の部屋の隣の部屋までたどり着いた。
チラリとこちらを振り返ってから、理央の姿に戻っていく。
心配そうな視線は、成瀬のいる部屋を見てから、自分の部屋へと入っていった。
「ケン…………」
その時、高瀬のスマホが鳴って、通知画面にメッセージが現れた。
『シンさん、大丈夫ですか?迎えにいきましょうか?』
その文字の上に、ポタリと水滴が落ちる。
『大丈夫だ。心配せずに眠れ』
全く本心とは違うことを打ち込んで、送信する。
震える指先の鋭い爪には、自分の血が滲んでいた。
この手は、傷をつける手なのだと、ルルと朔夜の顔が浮かんできた。
そして、振り飛ばした成瀬のことも……。
「……ケン……撫でてくれ……」
「大丈夫……」
成瀬は高瀬のベッドの上でメッセージを読み、大きく息を吐いた。
神谷が一緒だということは、帰りは心配ないだろうが、確実に半獣化して苦しんでいることはわかる。
でも、返信があった。
「大丈夫、なんだろうな……」
高瀬が無事なことは嬉しいが、同時に、自分の存在価値が少し薄くなった気がして、成瀬は軽くため息を吐いた。
「シンさん……ごめんなさい……」
おそらく、今日、無理に残業と称して帰ってこないのは自分のためだ。
成瀬は、高瀬の匂いを探すようにシーツに埋まると、胸いっぱいに息を吸い込んでゆっくりと吐いた。
「俺……シンさんと一緒なら、エッチなんてしなくても良いんです……」
成瀬の呟きは、部屋の無音に溶け、後から満月の寝息が平和に聞こえてきた。
なんのきっかけも無かったが、成瀬は目を覚ました。
覚ました瞬間に、やってしまったと飛び起きる。
そして、辺りがまだ暗い事と、それなのに隣にいるはずの高瀬がいないことを確認して焦った。
スマホを見れば、もうとっくに終電もない時間だ。
高瀬からのメッセージもない。
「シンさん……」
成瀬は慌てて通話画面を開いて、履歴のトップにいる高瀬の番号に発信する。
しばらくしてから、呼び出し音が近くに聞こえた。
「シンさん、帰ってきてる!?」
成瀬はリビングへ走るが、成瀬の足音に驚いた満月だけしか居なかった。
「なんで……シンさん、どこですか?」
風呂場やトイレ、ベランダにも高瀬の姿は無かった。
玄関の外だろうかと、廊下に出た時、成瀬の部屋から、グルグルという唸り声が聞こえた。
成瀬は勢いよく扉を開ける。
「シンさん!」
乱雑に物が置かれた部屋の奥、服やカバンで埋まっているベッドに高瀬はもたれ、苦しそうに息を繰り返していた。
「シンさん、大丈夫ですか!?」
成瀬は駆け寄るが、高瀬は弱々しく逃げようとした。
「なんで?シンさん、大丈夫です。俺、何もしませんから……」
動きが緩慢な高瀬を簡単に捕まえて、成瀬は抱きしめた。
高瀬はそれでも逃れようと抵抗する。
高瀬の腕の力の弱さに、だいぶ疲弊しているのがよくわかる。
そっと背中を撫で、自分にもたれさせると、高瀬は顔を上げた。
困惑して、泣きそうな顔には、赤い筋が付いている。
満月の光が差し込んで、それが血であると成瀬は気付いた。
「怪我、してるじゃないですか……」
衝動で掻きむしったのか……。
「どうして無理するんですか……」
成瀬の目に涙が浮かぶ。
強く強く高瀬を抱きしめて、大きな背中をゆっくりと撫でてやった。
次第に大人しく体重を預けてくれるようになった高瀬は、呼吸も整ってくる。
成瀬はホッとするが、その姿は痛々しい。
「すまない……ケン……すまない……」
成瀬に縋って泣く高瀬は子供のようで、虎の耳と尻尾は消えていった。
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