20 / 36

第18話 理央の提案

 翌朝、高瀬の血は止まり、傷はほとんどわからなかった。  成瀬は血がついたベッドのシーツを洗濯機に入れて、スイッチを押す。 「悪かった……」 「大丈夫ですよ。洗濯すればすぐに落ちますから」  シーツのことを謝っているのではないことは分かっていたが、明るくそう言うしか成瀬にはできなかった。  高瀬が自分を傷つけてまで帰ってこなかったのは、成瀬のためだと思っていたが、どうも高瀬の様子がおかしい。 「気にしないでください」 「あ、あぁ……」  笑顔で高瀬の腕に触れようとしたら、サッと身をかわされた。  まただ……。  朝起きてから、触れようとしても、うまく避けられている。  これには、ジワジワと成瀬は傷つく。  少し前までは成瀬が我慢できなくなるからと言っていたが、高瀬が避ける理由がわからない。  また、傷つけると思っているのだろうか。 「シンさん、mignon……」 「……っ……あ、あぁ……」 「俺は怖くないですよ。シンさんと居られればそれで良いんです。我慢じゃない……」 「そう、だな……俺も、ケンと一緒にいたいんだ。でも、だから…………悪い……」  高瀬はそう言うと、食卓へ向かっていった。  成瀬は煮え切らない思いを抱えながら、乾燥機から出した理央の服を畳んで紙袋に入れた。  今日、理央の部屋の前を通る時にドアノブに引っ掛けて行こう。 「ケン、悪い、呼び出しだ。先に出るな」  高瀬は朝食に成瀬が作ったおにぎりを片手に、スマホ画面を見せて玄関に向かった。  神谷の名前が見えたから、成瀬も素直にわかりましたと言い、見送る。  いってらっしゃいのキスは出来なかった。 「じゃあ、満月、留守番頼むな」  成瀬は忘れずに鍵を閉めてエレベーターに向かおうと振り向く。  その瞬間、目の前に理央がいた。 「びっくりした……声かけろよ……」 「ごめん、気付いてると思って」 「俺はそんなに敏感じゃないの。何、今日は一限からなの?」 「あーうん」 「あ、お前さ、服はマンションに置いて行けって言ったけど共有スペースは無いだろ。これ、洗濯しといたから」 「ありがと」  理央は洗濯物を受け取るが、何か言いたそうな顔をして、口を開けては閉じていた。  随分とおとなしい様子に、いつもの理央らしくないと成瀬は不思議に思う。 「寝起きか?具合悪いとか?」 「ううん、違う。あのさ……シンさん、大丈夫かなって……」 「あ…………聞こえてた?」 「流石に話し声までは聞こえないよ、物音とか大声じゃないと……」 「そっか……大丈夫、だと思う……傷はもう治ってたみたいだし」 「傷っていうか……なんか、俺のせいかなって……」 「なんで?」  成瀬は心底わからないという顔をする。  理央と高瀬の間で知らないうちに何かあったのだろうか。 「……あー……いや、いいや。ケンチは何悩んでんの?」 「…………理央は鋭いよな……」  成瀬はエレベーターを降りて、駅へ向かう道すがら、高瀬になんとなく避けられている事を話す。 「シンさんが、何を考えているのかわからなくて」 「………………」 「俺に触るの怖くなっちゃったかな……」 「俺は、獣化の苦しみわからないんだけど、抑制剤も要らないし。でも……シンさんが距離を置きたいって思っているなら、今日は俺の部屋で寝る?」 「え……?」  理央は、昨晩見た高瀬の様子を思い出す。  苦しみながらも成瀬を求めていた。  だから、理央は帰ればいいと示したのだ。  それなのに、成瀬の言う高瀬の様子は少し違う。  高瀬は何と戦っているのだろうか。  よくわからないと、理央は思考を止めた。  隣を見れば、同じように思考が止まっている成瀬がいた。 「え……理央の部屋で?」  なんとなく顔が赤い。匂いを嗅がなくても何を考えているかわかる。 「変な想像しないでよ。うちベッドもソファーもないけどさ、もう凍えるほど寒い季節じゃないじゃん。離れて眠れるだろ」 「そ……そうだよな……わかってるよ」 「じゃあ、今日はうちに泊まりな」 「え……あ、いや…………」  成瀬は朝からめいいっぱい頭を働かせて考えた。  高瀬が距離を取りたいと思っているのならば、理央の提案を受けるべきだ。  しかし……。 「家に帰るよ。俺は、シンさんと一緒に居たい」 「……ふーん……そっか」  理央はニコリと笑うと、改札機にスマホをあてて駅へと入っていった。  そういえば、服を脱ぎ捨ててもスマホは無くさないよな。  鍵は持ち歩かないのに。 「なぁ理央、猫用のリュック買ってやるよ」 「は?」  理央の面倒そうな顔が帰ってきたが、成瀬は高瀬の営業を真似て、リュックのプレゼンを始めた。

ともだちにシェアしよう!