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第19話 治験の話
営業所に着くと、高瀬と神谷の話は終わっていたようで、いつも通りに朝礼が始まった。
朝礼中、チラリと高瀬が成瀬の方を見て、そっと目を伏せた。
良くない話だったのだろうか……。
「今日は神谷さんも一緒に実家へ行きたい。ケンも付き合ってくれ」
朝礼の後、高瀬にそう言われて、成瀬はわかりましたと答える。
神妙な表情の高瀬だが、どこか期待があるような目をしていた。
朝一番の表情よりも若干明るさが見えるのは、仕事が始まったからだろうか。
成瀬は高瀬の心配をしつつ、お客様カウンターへと向かった。
「いらっしゃい。みんなでご飯なんて久しぶりだね!」
「本当にシンシアは急なんだから、コウイチまで連れてくるなんて、何かあったの?お祝い?」
レオニアとコレットは歓迎しつつも、何があったのかと少し戸惑っていた。
全員の様子を見て、やはり良くない話なのかと成瀬は気を張る。
「急だったから、シェフは呼べなかったの。私が作るけど、ご飯までは少し時間が必要ね。大丈夫?」
「あ、じゃあ俺が作りますよ。その間にお話ししててください」
成瀬は話を聞きたい気持ちもあるが、実家に来たと言うことは、コレットに報告があるのだろうと、気を利かせた。
しかし、高瀬は難しい顔をする。
気の利かせ方が違ったのだろうかと、成瀬が神谷を見ると、口角を上げて面白そうに笑っていた。
誰も何も言わないので、成瀬は助けを求めるようにレオニアを見た。
「じゃあ、成瀬くんに作ってもらおうよ。この前のお鍋も美味しかったし」
「まぁ、お鍋?ケンイチのお鍋はなんの味なの?食べてみたいわ」
「Maman……」
レオニアとコレットが盛り上がってしまったので、成瀬は高瀬の不満そうな視線を受けながらキッチンへと向かった。
鍋でいいのかな……。
若干暑くなり始めた季節に、暖かい鍋料理で良いのかと思いつつも、簡単に出来るから助かったと、成瀬は食材を集め始めた。
ダイニングでは、神谷の声が聞こえてきた。
「日本の研究機関で、新しい獣化抑制剤が開発されて、その治験が始まるんです。シンシアにはそれに参加してもらおうと思っています」
「それは…………」
成瀬は、キャベツを切る手が止まった。
それは、シンさんの抑制剤が見つかるかもしれないということではないのか。
成瀬は手を止めたまま、コレットの言葉を待った。
「この前のような危険は無いの?」
以前、抑制剤で暴走した時のことを言っているのだろう。
副作用で半獣化した高瀬は暴走し、成瀬がそれを撫でて抑えたのだ。
コレットは高瀬の薬の使用には慎重なようだ。
「全く無いとは言い切れません。でも、今回は研究所内での治験なんで、街中で半獣化ないし、完全獣化することは無いです。それに、治験を行う施設には今、龍樹くんも来ている。シンシアを預けるには一番の環境だと思っています」
「タツキが……そう、それだったら……シンシアは行きたいのよね?」
コレットの声は、返事は決まっているだろう高瀬に向けて、少し諦めたような色をしていた。
「行きたい。そこでは、半獣化をコントロールする訓練もやっている。俺ほど被験体として合う者はいないと思っている」
「コントロールって……どんなことをするの?もしかして、無理に半獣化させられるんじゃないの?」
コレットは獣人の研究を少し知っているのだろう。
成瀬にはピンと来なかったが、コレットの話ぶりで高瀬が危険な研究に向かおうとしていることはなんとなくわかった。
「……それでも、俺は半獣化をコントロールしたい」
「ケンイチは?……あの子はなんて言っているの?」
「ケンには、まだ話せていない。だから一緒に聞いていてほしかったんだ」
高瀬はキッチンに向かって声を張っているが、成瀬とてすぐに答えの出せるものじゃない。
というか、よくわからない。
その治験に行くことが高瀬にとって良いことなのか悪いことなのかの判断ができない。
鍋に具材を入れながら、成瀬は考えた。
半獣化のコントロールができれば、今後、高瀬は満月で苦しまずに済むだろう。
抑制剤が効けば、それも高瀬の獣化に不安が減る。
けれど、危険なのかもしれない。
辛い思いをするのかもしれない。
それなら、自分が撫でて高瀬の抑制をしてやればいい。
今、すれ違っている心をちゃんと話し合って……。
でも……高瀬の願いは……。
成瀬は鍋の火を止めて、ダイニングへとやってきた。
全員の視線が集まる。
「ケン、聞いて欲しいことがある」
「聞こえていました」
「成瀬くんはどう思う?」
神谷の優しい声に促されて、成瀬は自分の気持ちを話す。
「俺は……行った方がいいと思います……」
本当は危険な治験で、苦しい思いなんてしてほしくない。
でも、高瀬が半獣化をコントロールしたいと言っている。
それならば、頑張れと送り出してやる方がいい。
「ケンイチ……シンシアと離れても良いの?あなたの力があれば……」
「……はい。でも、俺の力がなくても、シンさんが楽になるんです。それなら、その方がいいですよ。俺……俺の力が無くたって、シンさんは生きていけるようになります」
成瀬は言いながら、話の重点が変わっていくことに気が付いた。
「ケン……俺は……」
高瀬は離れないと言いたかったが、成瀬の暗い表情に言葉を続けられなかった。
昨晩、成瀬に衝動を抑えてもらっておいて、一人前にそんな事を言えるわけがない。
ダイニングにはしばらくの沈黙が続いた。
「じゃあ、僕が一緒に行くよ」
沈黙を破ったのは、レオニアの言葉だった。
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